39. White Burn
爆炎、最早炎風など生温い。爆風が巻き起こる。熱と熱によって溶けた残骸、極限まで温度を高められた風が、揃いも揃って周囲を蹂躙する。
シモツキは、それを受けた。
粒子で己を守ること無く。ただの薄いプレート一枚で、それを全身に浴びた。
熱い。己が灼ける音が聞こえてきそうなほど、熱い。
唯一生身を守っていたプレートを引き剥がして投げ捨てる。
「あっちぃなクソッタレ」
「…なんやお前、人のこと言えへんキチガイやんけ」
「ハッ!そうかもな。ただよ、このユニット、先に進むには一個不便なことがあってよ」
身を低く、棍を構えた。
「いっぺん三途の河見に行かねえと行けねえんだよ」
突っ込む。
レッドの知覚速度の限界ギリギリのスピードで、棍が突き出される。
ボゥ!
「?!」
「貰うで」
レッドの右腕が棍を受けて霧散した。身体が炎となり棍が通り抜けてしまったのだ。レッドは霧散したはずの右腕はいつの間にか体と繋がっており、驚きで一瞬動きが止まったシモツキの兜掴み取る。
「チッ!」
兜のロックを外し、レッドの勢いに合わせて後ろに仰け反る。そのまま兜が取れ、一瞬でその形を失った。溶けた鋼が地面に落ちて黒い塊を作る。
(どうやってやがる…!)
棍を支えに体勢を整える。
確かに、棍は腕に当たった。手応えは無かったが、当たったのだ。その腕が、千切れた。と思えば、次の瞬間には元に戻っているではないか。
黒い塊を踏みながら、レッドは手を握り、離す。青い炎が掌を包んでいた。
それを両手に作りながらレッドはゆっくりと歩いてくる。
一歩進めば、空気が歪む。
二歩進めば、熱気が溢れる。
こんな相手、ゲームでなければ出会えないと思っていた。
だが、現実に、目の前に、ソレはいた。
炎の魔人。
シモツキは迷わず棍を撃ち出す。
(ユニットなら…!)
ガチィッ!
レッドが棍を受け止める。
「目が慣れたわ」
「棍ってのは、いろんな種類があるんだぜ」
カチ、ジャララ…!
棍が三つに分かれ、間を鎖が繋ぎ止める。
三節棍。シモツキは掴まれた棍をそのまま力任せに引っ張る。グンッ、と離すのが間に合わずに腕が持って行かれた。
音もなく、腕だけが棍を握っていた。
「流石に卑怯だろうがよぉ!」
棍を離れた腕が意思を持っているかのように動き出す。さながらロケットパンチとでも言ったところだろうか。棍を元に戻したシモツキは猛スピードで迫るパンチを体を捻って躱し、前に出る。
(ガードしたって事はあそこがやられたらマズイんだろ…!)
執拗に、何度でも、棍を突き出す。
「しつこい男は嫌われんで…!」
ガードをしながらも、自在に腕を手繰り、攻撃と防御を易々と熟す様子を見る限り、順応されてしまっている。
(どっかで崩さねえとジリ貧か…)
炎を纏った拳を完全に交わす事は難しい。火傷が至る所に出来始めている。
だが、相手も攻め手が他に無いのかも知れない。他の行動を起こすようには見えない。表情が無い分それも当然ではあるのだが、あちらもあちらで、慣れないながらも打開できる手を探しているのかもしれない。
ならば。
一度後ろに下がり、もう一度深く腰を落とす。密かに、先端を尖らせる。
「これで、決める」
「やってみぃ、いてこましたる」
足のバネを爆発させる。
ドッ!!
(踏み込みが浅い…、あれならここまでは…)
グシャァ!
「っ!?」
自分の胸にめり込んだ棍を見て、思考回路が停止する。
「八寸の延金って知ってっか」
八寸の延金、剣や矛を振るう際に、柄の根元を握り、勢いに乗せて手を緩め、柄の底近くに手を滑らせる事で、相手に間合いを計らせない技法である。
今まで散々踏み込んできたシモツキの足下には、幾つも凹みが出来ていた。それを見慣れてしまったせいで、レッドは棍を振るうならあの位置だと記憶していた。
それを逆手に、シモツキの棍は延びたのだ。
だが、破壊するには至らず
「ぉ…ご…あが…!」
ユニットは、急速に変化する。
黒い鎧に浮かんでいた青は、急激にその色を変える。
青から、白へ
それはレッドが感じ取った生命の危機。
レッドの身体はユニットが生成している粒子のおかげで今の身体を維持している。そのユニットが破壊されれば、当然レッドは無事では済まない。
思考が死へと直結した時、彼の心臓は、さらなる力を生み出した。
滝のように溢れ出す白い粒子は、破損したユニットを補強し、燃え上がる。
咄嗟に下がったシモツキは、直後に起こった爆発に目を疑った。
「白い…炎…!」
その炎は徐々に形を作り始める。
これが進化。
これが完成。
災厄の装甲
そして、炎は実体化する。
真白い、炎の鎧。鎧の隙間からは絶えず炎が漏れ出しており、鎧自体も小さく揺れ動いている。鉄格子のような隙間の空いたフェイスに、レッドの面影は無く、何も言わずに此方を見ていた。
見上げる。遥か頭上、小さく見える、ユニット。距離、凡そ50m、だが、この巨体は、自分よりも早い。
それでも、引きたくは無い。
全身を弓のように引き絞る。
ブォッン!!
一直線に投げ出された棍は空気の壁を突き抜け正確にユニットに向けて進む。だが、レッドは息を吐くだけだった。
吐いた息はレーザーのように直線を保って容易に棍を吹き飛ばし、シモツキに襲いかかる。粒子の壁を作り上げ、身を守る。粒子の壁に当たったブレスはその場で四散し、至る所を溶かした。シモツキのいるところだけを残し、溶岩地帯が出来上がった。
レッドが一旦息を止め、様子を見る。ぼろ、と粒子の壁が崩れると、熱で蒸され、膝をつくシモツキの姿があった。肩で息をしながら、手を掲げる。そこへ、先ほど吹き飛ばされた棍が戻ってきた。
「っつ!」
思わず、落とす。棍は溶ける事こそ無くとも、持っていた熱は尋常ではなかった。そして、彼らの金属の身体がその熱を伝え肩周りの肉を焼いたのだ。
握り続ければ、肩は焦げるだろう。二度と握れなくなるかもしれない。だが、それでも、
「くぅ…ぅ、ぉぉ…!」
痛みに顔を歪め、肩から蒸気が出て来ても、
「負けねえ…」
カンナヅキとの勝負が出来なくなったとしても、
「俺は」
諦めない。
「負けられねえんだよぉぉおおおおおおおおおお!!!」
諦めたくない!
棍を両手で握り、前方に粒子の盾を円錐状に広げながら、正面から突っ込む。
レッドは、それに応えた。
炎の拳を振りかぶり、一気に振り下ろす。
ヴォォフッ!!
炎が軌跡をのこしながら、勇敢な戦士に対し、敬意を込めた渾身の一撃を。
「ぉぉおおおおおおおおお!!!」
轟ッッッッッッッ!!
シモツキのすぐ脇から白銀の拳が白炎の鎧を打ち飛ばす。
「っ!!」
直ぐに拳は霧散する。殴り飛ばされたレッドの巨大な鎧が崩れる。着地したシモツキのそばに、ヤヨイが立っていた。
「大丈夫かシモツキ」
「………すんじゃねえよ…」
「シモツ…」
ゴッ!
「サシの邪魔すんじゃねえ!クソ野郎!!」
本気の拳がヤヨイの頬を捉える。一歩、下がったヤヨイが驚いたようにシモツキを見た。
シモツキは肩で息をしながらも、少し落ち着いたようで、改めて、ヤヨイに言った。
「頼む。こんなんじゃダメなんだ。俺が先に進むには、兄ィの手は借りちゃダメなんだ」
「………、それで、死んでもか」
「そんなら、俺はそこまでの奴だったって事だ。後悔したくない。ここで兄ィの手を借りたら、俺はこの先絶対後悔する」
シモツキはヤヨイを見透かして、その先を見る。
ヤヨイは頷くしかなかった。
あれだけ兄弟が離れ離れになる事を嫌がったシモツキが、彼らから離れ、一人の男として歩き出そうとしている。
(でも、それでお前がいなくなったら意味がないんだからな)
崩れた鎧の中からマトリョーシカよろしく、全く同じ姿のレッドが現れた。首をコキコキ、と鳴らしながらシモツキに文句を垂れる。
「ったく、KYやなぁお宅の兄ちゃんは」
「あぁ、悪い。だから同じこともっかい、ってのは面白くねえよな」
「そらそうや、もうちっと燃えさせてくれや、今ヤル気に満ちとんねん」
「だよな」
「あー、そや、名前は?」
「俺?シモツキだ。あんたは?」
「ワイか?まんまや、燃やせ。さぁ、やろかい、シモツキ」
炎が燃え上がる。四肢から止めどなく溢れる炎は、凄まじい推進力を生み出す。
(ブレーキ)
キィィィイイイイイイイ!!!
(まだブレーキ)
ブースターが金切音を上げる。
(まだまだ…)
バーンの足元が融ける。
(行くで…!)
足場が全て解ける。
ボシュゥッッッ!!!
堪える場所を失った推進力は、空気の壁を破壊する!
直線、ブレーキはもう必要ない。進むべきは一つ。シモツキただ一人。
「っ!」
その一人が、きえていた。ふとした一瞬で、彼の姿は見えなくなっていた。
否。
いなくなった訳ではない。
脇にずれただけだった。
そして脇にずれたシモツキは、どストレートをかましたバーンに合わせ、棍を振るう。
ガッ!!
火花が弾ける。思い切り振った棍はバーンの頭部とかちあった瞬間にその形を変える。
柔らかく、だが、強靭に。
レッドからの熱が伝わり、また肩が焼けていく。だが、決して手を離すことも、力を緩めることもしなかった。
そして元に戻ろうとする力が推進力を上回った時、バーンは炎を噴くのを止めた。
(なんやねんお前…)
進んでいた方向と逆方向に身体が動き始めた所で、彼は笑った。
(ごっつおもろいやんけ!!)
白い光が胸に宿る。
「ダァラァァァァァァあああアアアアアアああああ!!!!!!」
逆転、サヨナラ、ホームラン。
ヤヨイの心配とは裏腹に、あっさりと、シモツキは自分の手で勝利を掴み取った。
ビルを突き抜け、バーンは隣の通路へと突き抜けた。
悲鳴が聞こえる。
もしかして、巻き込んだかもしれない。ヤヨイとシモツキは急いでビルのトンネルを走り抜ける。大きな通りに出ると、ハヅキとナガツキが向かい合ってへたり込んでいた。その二人の間にあったのは、黄色いカラーリングの下半身が火花を散らして佇んでいた。
「大丈夫か?」
「う、うん、びっくりしただけ」
「い、今のは何ですの?」
「俺が殴り飛ばした。どっかに転がってたりしねえかな」
シモツキがとぼとぼと歩くのを見送って、ヤヨイは一つ、安堵の息を漏らした。




