36. from S to C
ヤヨイの驚いた顔を見て、ブラックはニヤつきながら手の甲で鼻血を拭う。
「驚いているな、そうだろう、そりゃあそうだ。俺はな、転生者だが、転生者じゃあない。試験運用の段階で計画が破棄されたゴミなんだよ。判るか」
「…どういう…事だ」
「俺の体は、人と同じ成分で出来ている。骨と脳味噌と心臓だけを置き換えて、俺の体は須らく人間と同じなんだよ。あり得ないだろう?サイボーグ至上主義が、人間を作ろうとして、失敗した結果が俺なんだよ。面白い話じゃあねえか、結局サイボーグが、神の真似事をして、人間を作り始めて気付いたんだぜ。何故人の身体に戻ろうとしてるんだ、ってなぁ」
鼻血は止まらない。彼の言葉に熱が入る程にその量は増していく。
「そして俺は捨てられた!作られた奴らに捨てられた!そのまま知らん顔だ!俺なんかいなかったみたいに!!どうしてこんな事が許される!何故俺を作った!なんで俺の体をこんな姿にした!!だから俺は始めた。俺は失敗なんかじゃない、それを思い知らせるために、サイボーグ至上主義だろうが人間至上主義だろうが関係ない、俺は生きてる、転生者と同じ事が出来るんだって思い知らせるために」
現出した夥しい数の剣が宙に浮いたままこちらを見ている。ヤヨイは、拳を構えた。
「そして貴様にくれてやる理由は、俺の業だ。俺と同じ様に、国になかった事にされたミカグラ計画の生き残りでありながら、成功例であるお前は、それを忘れさせる事は許さない。お前が、しっかりと生きているという事実を、全ての人間に思い知らせてやらねばならない」
近くの一本を掴み取り、一歩を踏み出す。
「お前がミカグラである限り、黒騎士である限り、そして、お前がお前である限り、それは消えてなくならない事実なのだからな」
踏み込む。
「ぬぅおおおおおおお!!!」
走り出したブラックカラーを追い越して、剣が飛来する。
(重い…!質量がホンモノに近づいてきている!)
剣を次々と弾き飛ばす。眼前に迫ったブラックの斬撃を、カウンターでやり過ごす。だがカウンターは何かに阻まれ、ブラックは吹き飛んだ。
手応えはない。飛来する剣を凌ぎながら軽やかに着地したブラックの様子を確認する。傷がついた様子はない。
だが、その頬には、銀色の装甲が一瞬だけ見えた。
ミカグラユニットは、まだ青い。
(まさか…本当に…!)
剣を紙一重で躱し、前に踏み出す。ブラックも少し様子の違うヤヨイに気づきながらも、先程自分を守った何かに戸惑っていた。
だが、手を止める事はしない。もう一度剣を掴み取り、粒子を撒き散らしながらヤヨイと正面からぶつかる。武器を吹き飛ばされながら新しく剣を掴み、何度も何度も繰り返し剣を交わす。
対するヤヨイも、戸惑いは隠せない。ミカグラユニットが進化しかけている。それはこれ以上の戦闘を行う事で完全に進化してしまう可能性を秘めており、さらに言えば、ニッセンのばら撒きが本当に適合者を探している事の裏付けが取れてしまった訳でもある。
どうすればいいかはわからない。だが今拳を止める事は出来ない。
「っラァッ!!」
「…!」
背後から飛来する剣を掻い潜り、サイボーグの一人が持っていた斧を振り下ろす。ブラックのと手合いに集中していたヤヨイが不意を突かれリズムを崩しながらもそれを躱す。
(不味い…!)
足並みが乱れる。次の一撃は防げない…!
「邪魔をするなァッ!!」
「な…ぐぉあ!」
絶対的な隙を作った功労者であるサイボーグを、何本もの剣が串刺しにする。そして、ブラックの剣がその首を刎ねた。
「良いか!俺は今決闘をしている!邪魔をするなら貴様らから先にブチ殺すぞ!」
武器を持って構えていた黒の軍勢は驚きと戸惑いを隠せない。分が悪いと言っていたのは彼なのだ。何故手伝う事が許されないのだろうか、と。
「黒騎士、貴様、まだ全力じゃないな…!俺を殺しに来たんだろう、なら全力で殺しに来い!」
落ち着いていた排熱量が一気に増える。蒸気に包まれながら、彼の心臓が徐々に色を変えていく。
自ら、追い込んでいる。きっと彼の中でも何かが掴めそうなのだろう。それを掴ませるわけにはいかない。
(博士が何処で見ているかわからないから本当なら使いたくないが…)
そんな事を言っている暇はない。ユニットが完全に進化する前に、 破壊しなくては。
ヤヨイの心臓の色が変わる。白色の光から、粒子が吐き出される。それらはヤヨイの身体を包み込み、装甲が現出する。
それは装甲と呼ぶには余りにもしなやかで、綺麗だった。
『災厄の装甲』
巨大なフレームではなく身体に密着した鎧は何の模様も無く、フルフェイスの兜には目線すらない。水晶を思わせるほど滑らかなフェイスから、流れるように粒子が波を作り、長い白髪がなびく。スラリと平たい胸部装甲、激しい動きを邪魔しないコンパクトな肩周り、彼を象徴するガンドレッドは、指まで動かせるように伸縮する造りになっており、一の腕から肘までを覆う腕部は腕の内側以外の外側、側面にヒレのような刃が伸びている。腰周りには短く纏められた佩楯と草摺、その下からはまた真白な袴が覗き、具足の膝から下はハイ・ゴシックを思わせる重厚な造りになっていた。
真逆の色に染まったヤヨイを見て、ブラックは口元を歪めた。
「なぁにが黒騎士だ詐欺師め。思い切り正義の味方してるじゃねえか」
ヤヨイは何も言わずに腰を落として構えを取る。具足から粒子が漏れ出す。
ブラックは剣を交差させる。
(こっから大体10m…、コンマ5秒が俺の最速…だが、こいつは…)
ドッ!
「はぇ…!」
滑走。
回転。
粒子を爆発させ地面を横滑りしながら、遠心力をかける。一回転で眼前に拳が迫った。
ガギャッ!
交差した剣を盾に、拳を少しだけズラす。全力で首を傾けて躱す。
だが、これはただの拳に過ぎない。
ヤヨイの回転は止まらない。
裏拳が続けざまにブラックを襲う。先ほどの一撃で完全に体勢が崩れたブラックは、裏拳が遅くなるのがわかった。
恐ろしく頭が回る。
(死…!)
目の前を何かが覆う。金属がぶつかり合う音がして、衝撃だけがブラックに伝わってくる。その衝撃だけで吹っ飛ばされる。
「………、」
ヤヨイは、また感じられなかった手応えに、確信めいたものを感じていた。それは吹き飛ばされたブラックも同様で、倒壊したビルの瓦礫から無傷のまま這い出てくる。
「….俺も黒を卒業する時が来たのかもしれねえな」
「………、こんな事、考えた事も無かった」
「どんな事だ?」
「…俺はこの装甲を出せるようになってから、本気になれた事がない。正直…、いや、この作戦というか、上の考えというか、そういうところからするとな、不味いんだよ。あんたが進化しちまうと。だけどさ、俺個人というか、俺の心臓がさ、疼いてんだよ。早くしてくれって、煩いんだ」
稼働し続ける白いユニットをなぞる。
「それは、昂ぶっているという事だな?」
ブラックが、敢えて問う。
ヤヨイは、敢えて答える。
「あぁ、昂ぶってる。今までにないほど、最高に、俺は昂ぶってる」
ブラックが笑う。
「俺もだ」
ブァッ!
ユニットから白い粒子が放出される。止めどなく溢れ出すそれは、ヤヨイのように身体に纏われる事はなく、新たな形を作っていく。
宙に浮かぶ、四本の巨大な剣。
これが、彼の【災厄の装甲】。
守る事を考えない、只管敵を斬り刻む為の剣は、恐らく彼がダメージを受ける際に自動的に彼を守った装甲を鑑みたものだろう。五階建てのビルよりも大きいその剣は、ブラックの合図で刃をヤヨイに向けた。
ブラックは真白い剣を掴み取り、両手で構える。
刺突の構え。
「行くぞミカグラァ!」
ボッ!!
四本の刃が空気の壁をぶち破り、ヤヨイに直進する。
ヤヨイは、躱さない。
拳を大きく振りかぶり、踏み込み、上体を思い切り捻る。
ゴッ!と踏み込んだ足がめり込む。拳に粒子が乗る。
轟ッッッッ!!!!
炸裂音と共に粒子が拳となり放たれる。拳は刃を全て弾きとばす。だが、その拳を切り裂きながら、ブラックはヤヨイに迫る。
その姿は、騎士だった。角ばったフェイスが拳を突き抜け、ヤヨイとかち合う。ヤヨイは拳を振り切った勢いで回転する。
ギギャッ!
刺突を裏拳で弾く。吹き飛んだ剣を構いもせず、新たに剣を二本掴み取る。
弾け飛んでさらにビルを倒壊させていた巨大な刃も手繰り、小型化、ロングソードと同じ長さに変え、自分の近くに展開する。
手数は三倍、ならば、ヤヨイは三倍速く動くのみ。
拳と剣が交差する。時に躱し、弾き、踏み込み、跳ねる。
目にも留まらぬ速さの手合いはやがて、傷という形で目に見えてくる。生半可な兵器や衝撃では傷一つつく事の無かった真白い装甲が、砕け、切り裂かれ、地面に落ちたそれはまた粒子となり別の形で使われる。
だが、己の得物に傷は一つも無かった。再生と変形を繰り返し、互いのそれは更に洗練されたものへと形を変える。
ブラックの四本の刃は、更に斬れ味を研ぎ澄ませた刀、点で関節を狙うレイピア、大きく隙を作る為のツヴァイヘンダー、ガードをすり抜けるショーテルへ。二本のロングソードは変わらず、手に持たれている。
対するヤヨイは、レイピアを弾く為に手の甲に小円盾を小さく作り、更に拳の速度を上げるために刃を無くし、体術を円滑に使うために装甲全体の伸縮性を上げた。
お互いに最適化された得物は、余波だけで周囲を破壊する。弾き飛ばされた剣がビルを崩し、放出された粒子が整備されていた地面を荒野へと変えていく。
しなやかで美しかった装甲は無惨に裂け、千切れた。力強く無骨だった装甲は砕け、抉れた。それでも二人は止まらない。
だが、限界は唐突に訪れる。
ガッ!
膠着した状況で、二人の手合いが止まる。ヤヨイがブラックの剣を掴み、ブラックはヤヨイの拳を剣の腹で受け止める。
荒い呼吸の音が数秒流れる。ブラックの砕けて丸見えになった右目が笑う。
「名はなんという、ミカグラ」
「ヤヨイだ。お前は?」
「シュバルツ。なぁヤヨイ」
「なんだ、シュバルツ」
「楽しいな」
「…あぁ、楽しい」
「いつも、そうだ。楽しい時間ってのはすげえ速さで終わっちまう」
ザ…、とシュバルツの四本の剣が地面に刺さり、粒子となって消える。
「そう…だな…」
ヤヨイは、それが何を意味するかを理解した。
「ヤヨイ。お前は、理由を見つけてたじゃねえか、戦いに赴く理由」
「俺の…理由?」
「本気でやり合える奴、探してたんだよ。お前はずっと。だから、こんなに楽しいんだ。だから、お前はそのままでいい。俺の業なんて背負う必要はない。お前のその理由を、なんと言われようが、貫けよ」
ヤヨイの拳を弾き、掴まれていた剣を手放して、また一つ、掴み取る。トン、と少し後ろに下がり、両腕を広げた。ボロボロになった装甲に、真白い剣が伸びる。
「さぁ、最後まで楽しもうぜ。どうかお前を、出し切ってくれ」
ヤヨイは何も言わずに構えを取る。
(粒子を使い過ぎたな、ここのブースター分しかもう残ってねえや)
足のバネがギリギリとたまっていく。
ヤヨイが、拳を握った。
ドッ!
粒子を爆発させ、ヤヨイと直線でぶつかる。力を入れることすら難しくなってきた腕を奮う。
カカッ!
ヤヨイは弾くことすらしなかったが、彼の剣は装甲に弾かれる。ヤヨイは拳を突き上げる。アッパーカットが腹部に直撃し、打ち上げられたシュバルツは首を巡らせる。ドッ、という音と共に、ヤヨイがシュバルツの上へ跳び上がる。
シュバルツは最後の力を振り絞り、剣を投げる。だが、それはあらぬ方向へと飛び去り、シュバルツはその方向に首を向けた。そして、彼は口を開いた。
「やぁぁぁれええええええええええええええええええ!!!!ヤヨイィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
上から降ってくるヤヨイは鎧を外し、巨大な拳を作り上げていた。その質量と相まって、そのスピードは加速し続ける。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
雄叫びと共に、拳が振り下ろされた。
爆音と地鳴りが同時に響き渡り、辛うじて建っていたビルを巻き込んで大きな窪みを作り上げた。其処に、シュバルツの姿はなく、見えていた赤い何かも、崩れてきたビルに隠されてしまった。
最後に、シュバルツが剣を投げた方向に目をやり、立ち竦んだままの疎らに残った黒の軍勢を無視して、ヤヨイは博物館のある方向へと歩き出した。
軍勢は、それをただ見送った。




