32.前夜(1)
その後騎士団による避難指示、誘導、及び迎撃態勢の強化が行われた。それにより、第五区画は騎士団庁に繋がる施設を残してもぬけの殻となり、活気に溢れていた街は閑散とした廃墟の様相を呈した。
ブラックカラーから指名されたヤヨイ・ミカグラ曹長、通称黒騎士を有する威力強襲部隊は、新部隊でありながら作戦の最前線に配置された。それは部隊長であるクライス・ヘベルハス、副隊長であるフォルクローレ・ドライドの経験とその知識を存分に発揮してもらうための最良の配置であると言えた。
市街地戦に置いて先陣を切るということは、敵のターゲットを絞らせる事に他ならない。尚且つ指名された黒騎士が矢面に立つとなれば、リーダー格であるブラックカラーを引きずり出す事も出来るかもしれない。更に少数で先行する事で、相手の罠、待ち伏せの被害を最小限に抑え、本部隊の到着と同時に、殲滅作戦を行う事が容易になる。
当然、先行隊の危険度は計り知れず、新兵ばかりの部隊にはそぐわない立ち位置と言えよう。それでも彼等がその位置で起用する必要があった。
それが、ミカグラユニットの存在である。
国民には発表されなかったが、ギフレイス・リウノ総帥、クリストフェル・ノイマン第一騎士団長、ヘベルハス、ドライドは、騎士総会に置いて、その存在を明らかにした。未だ全容が明らかになっていない爆発的なパワーを持ったエンジンは、用意された避難シェルターと同じ厚さ10mにも及ぶ超合金の壁を、ヤヨイが粒子を用いて拳で貫いたことで、その危険性は提示された。
回収されていたミカグラユニットの性能はそれとは数段劣るとはいえ、一般騎士に与えられている転生者用エンジンユニットとは根本的な馬力が違う。相手の数がわかっていない以上、やはり先行隊は必須と言えた。
ブラックカラーが指定した日は、明日。前日でも、先行する威力強襲部隊の特訓は続いていた。演習場では、ハヅキ、カンナヅキ、シモツキが、射撃場では、ミナヅキ、ナガツキが最後の調整を行っている。
そんな中、ヤヨイはというと、騎士団庁直上の隠れ蓑として使っている博物館の屋上にいた。静かな風を受けながら、遠くの方を眺めている。
「ここにいたんだ」
「カタル…、あんまり体動かす気になれなくてな」
「珍しいね」
「そうか?」
「ヤヨイは身体動かすタイプだと思ってたから」
「まぁ…間違っちゃいねえけどさ」
手すりに肘をついてもたれていたヤヨイの横で、リウノも同じように手をついた。
「私とリチウムさんとシャーロットさんは別の隊に一時的に配属されるそうです。やっぱり、まだまだ足手まといなんでしょうね、私」
「そういう訳じゃないだろ」
「そうですかね…」
「あと、今はオフだから敬語じゃなくていい」
「はーい」
柔らかな風に、リウノの髪がなびいた。涼しそうにリウノが髪を抑える。ボブカットの髪は手入れが行き届いており、サラサラと毛先が踊っていた。
ヤヨイは身体を起こして、その頭を撫でる。
「…?」
首を傾げたリウノに、ヤヨイは首を振って手を離した。
「なんていうかさ、俺はどうして戦ってんのかなって…ちょっと考えちまったんだよな…」
リウノがヤヨイの顔を見る。街を見ているようで、何も見ていないような、遠い目をしていた。
「俺はさ、剣兄と槍姉を亡くした時に…頼まれたんだ、兄妹の事を…。俺がやっちまった事だから…二人に託されたから…、それに、俺は兄ちゃんだからさ、だから、今までやってこれたんだと思うんだ。だけど…何て言えばいいのかな…、結局、俺はウヅキとサツキを守れなかったし、ミナヅキ達も…一人立ちし始めてさ、俺は…どうすればいいのかなって…」
リウノは以前退勤前にナガツキが言っていた事を改めて理解した。
『お兄ちゃんは背負い過ぎなんだよ。だから、見失っちゃってるんだ、やりたいこと』
10年という長い月日は、彼の願望や本来持つはずだった夢、将来についての悩み、葛藤、喜び、それら全てをまとめて押し潰してしまった。そしてそれは、兄という重責によって蓋をされ、開けられることは無かった。その蓋が取れた今、彼はその中身が何なのかがわからなくなってしまった。何のためにあって、何をするためにあって、何をしたかったのか、表面にはしっかりと書いてあるはずなのだ。あの頃の自分がしたかったこともなりたかったことも、全て書いてあるはずなのに、わからない。それは、自分には不要だと、自分自身の手で塗り潰したから。
剥がす術のない心のペンキは、色濃く、分厚く、塗り固められていた。
なればこそ、リウノは思う。
コレはチャンスだ。塗り固められたそれらは、素晴らしい巨大な一つのキャンバスと成り得る代物と化している。
過去の乾いたペンキは、もう無い。
「ねぇ、ヤヨイ」
「?」
「ヒトって、いつに生きてると思う?」
「いつ…って?どういう事だ?今を生きてるとか、そういう事?」
「そう、そんな感じ。ヤヨイはいつだと思う?」
「そりゃあ…やっぱり今じゃねえの?」
リウノは微笑んで、首を振った。
「ヒトはね、いつだって未来に生きてるの。ヤヨイは、訓練で何か直した方がいいなって事、ない?」
「まぁ、幾つか出てくるけど…」
「何で直す必要があるの? 今やった訓練ならもう終わったじゃない」
「いや、でも次もあるかもしれないし…」
「そう、次の事を考えるよね。それって、今じゃない未来の事だよね。ヤヨイだけじゃなくて、皆んなもそう。いつか、ヤヨイと一緒に、ヤヨイと肩を並べて、ヤヨイと生きるために、訓練してる。ヤヨイは、未来にどうしたい?」
「どうしたい…どうしたい…か…」
「そう、次はもう始まってるんだよ。だから、ヤヨイはやりたい事をやってていいんだよ。考える事も悩む事もない、ヤヨイはヤヨイの思う事を、やって欲しいな」
リウノは少し困ったように笑いながら言った。
「何も知らない私が言うのも、おかしな話なんだけどね。でもね、私にもちょっと悩みがあったりして…。聞いてくれる?」
頷く。リウノはありがと、と言って、ヤヨイに尋ねた。
「私達ってさ、恋人なのかな、姉弟なのかな」
「うっ…!それは…その…」
「わかんない?」
「わかんないって言うかさ、俺もよくわかってないんだよな。カタルは俺の姉ちゃんになるって言ってくれた。けど、俺の中のカタルって言うのは、姉じゃなくてもっと別の人で…でも、カタルからしたら、俺は弟なのかなーって…」
「ヤヨイは…どっちがいい?」
思っていたよりも直球な問い掛けにたじろぐヤヨイ。だが、ここで引けぬことは、リウノの目を見れば明らかだった。
彼女は、どちらを望んでいるのだろう。もし、弟としていて欲しいなら、この感情を彼女はどう思うんだろう。
ヤヨイは、その感情の名前は知っているし、言葉にする事も出来る。しかし、それは兄姉弟妹には不要な感情であり、彼女は気味悪がってしまうかもしれない。
思うことをやって欲しいと言う彼女は、コレを受け入れてくれるのだろうか。
(わからないことがここまで怖いとは思わなかった…)
普段なら即座にできる自己分析が上手くいかない。
(どうすればいい、そこがわからない。分析?今して何の意味がある。俺は…俺はどうしたいんだ?カタルとどうしたい?)
頭に血がのぼる。何もしてないはずなのにのぼせていく。爆発しそうな頭が叩き出した答えは
「ちゅーしたいです」
ガンッ!!
言った瞬間に手すりに頭を叩きつけた。カタルはダブルで状況についていけず、取り敢えず手すりを凹ませたヤヨイの心配をする。
「だ、大丈夫?!」
「ぁー…うん、大丈夫、多分、さっきの忘れて」
額に大きなコブを作って顔を上げた。ヒリヒリした額が思考回路を直していく。
(何を血迷ったことを抜かしてんだ俺は。冷静に考えろ、今はそっちじゃないだろ…)
「ヤヨイ」
「ん?………、」
「………、ぷは…」
「これで…いい?」
「………、」
頬を赤らめ、片手で口許を隠しながら、見上げてくる。
「………、」
何か、何か言わなければ、と口を動かしても、空気だけが吐き出されていく。言葉が出てこない。最早何も考えられなくなり、先ほどよりも凄まじい勢いで頭に血が上っていく。
「ぅ…」
「…?」
ぷち、と何かが切れた。
「ぅぉぉぉあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン………………!!!!!
「や、ヤヨイ?!ちょっ!ちょっとストップ!止まって!!ヤヨイー!」




