30.円卓
騎士団庁内に侵入した男、黒の貴公子ことブラックカラーの事は、すぐに騎士団中に広がった。その内容に嘘偽りも、不可能では無いことも、すぐにわかった。その解決に真っ先に手を挙げたのは、ヘベルハス率いる、威力強襲部隊だった。
怪訝な顔をする者も当然多かった。新しく出来たばかりで新兵が多いその隊を、あの惨事を引き起こした作戦に参加させるべきなのか、意見が割れると思われたが、思わぬ人物から賛同の声が上がる。
「俺は良いと思います。これだけ大規模の宣戦だし、人員は多いほうが良い。クライス中尉もフォルクローレ中尉も、前回の作戦を既に経験済み、その経験と知識は存分に活かせるでしょう」
第一騎士団副団長、タイタス・アッカー。その後ろには、まだ若い男が背筋を伸ばして立っている。緊張した面持ちではあるが、何処か決意を固めた強い目だった。
その言葉を聞いて、総帥、ギフレイス・リウノは頷いた。彼もまた、威力強襲部隊が参加を望む理由を理解している。
「では、威力強襲部隊は第一騎士団の指揮下に…」
「異議あり。新兵をこの作戦に参加させて、足を引っ張られても困ります。ここは経験豊富な部隊を多く投入し、新兵は避難誘導に当てるべきでは?」
口を挟んだのは、第二騎士団団長、ヨセフ・イェートシュテット。輝かしい勲章を幾つも胸に輝かせ、遂にはその頭皮も輝かせることに成功した、カニサレス曰く『ポンコツ』である。
総帥とアッカー、第一騎士団団長クリストフェル・ノイマンを除き円卓会議に参加していた、各騎士団の団長、副団長はそれに頷いた。この円卓会議には、作戦参加を希望したヘベルハス、ドライドも参加している。
圧倒的な反対票の中、ノイマンは彼等に問うた。
「では、その経験豊富な部隊が壊滅した場合、誰が後を継ぐ」
「そ、それは…、そもそも前提として、壊滅するというのがおかしいのでは?」
「ヨセフ団長、よもや、先の作戦を忘れた訳ではあるまいな」
「ぐ…!」
ノイマンの言葉に、彼は言葉を詰まらせた。
「型にはまった戦術の穴をブチ抜かれ、貴様が指揮をとっていた部隊は壊滅、貴様だけ生き永らえた上に、苦し紛れに出したクライス中尉のいた部隊に救われた。当時中尉は伍長だった。中尉だけではない、その部隊にいたのは彼を含め、まだ入って日の浅い隊員達ばかりだった」
ノイマンの言葉が重くなっていく。イェートシュテットの額に汗が滲む。
「もう一度聞く、誰が、後の世を護るのだ」
「………、」
「毎年やってくる根性無し共を鍛え上げるのは、上に立つ者の使命!上無くして下は育たぬ。どれだけうず高く、断崖絶壁を有したピラミッドだろうが、下からケツを叩き上げるのは、何時何時でも、死線を潜り抜けてきた猛者たちだ。その上の者無くしてしまっては、下の者はどこを目指せばいい」
ノイマンは腕を組んで鼻でため息を吐いた。
「無論、下の者を使い潰せばいいというわけではない。貴重な人材もいる、育てれば光る者もいる。だが頭を硬くして、手練れだけを仕込むべきではないだろう。それに、よくよく考えたまえ、部隊長はクライス中尉、副隊長にフォルクローレ中尉、この二人だけでも、我々は幾つもの作戦で助けられている。例えそれが命令違反だとしてもだ」
ノイマンだけでなく、他の団長も、それぞれ心当たりがあるようで、頷いた。
「に加えて、だ」
ノイマンはヘベルハスを見る。ヘベルハスは物怖じする事なく視線を返した。
「任務に失敗した事のない問題児もいると聞く。つい先程もデモンストレーションとはいえ、素晴らしい成績をおっ立ててくれたじゃないか」
「さて、なんの事やら」
「ふふふ、自部隊には通知は来ないものな」
ノイマンは嬉しそうに口の端を吊り上げる。大量にこさえられたヒゲも合わせて動いた。
「総帥、貴殿の記録が、久々に破られたようですぞ」
「…ほぉ」
余り表情の変わらない総帥に、ノイマンは少し面白くなさそうだった。
「食えないお方だ。嬉しいでしょうに」
「なに、帰ってから何をご馳走してやろうかと考えておるところです」
「おぉ、それがいい」
「クリス団長、会議中ですぞ!今は記録は関係ないでしょう!」
尚も吠えるイェートシュテットに、ノイマンは呆れたように首を振った。
「ヤヨイ・ミカグラ、先程演習場にて、五百対一のデモンストレーションを行い、28分19秒で制圧。この数字が何を意味しているのか判るかね?」
「っ?!っ!!!」
記録に耳を疑い、思わずデータベースに目を通すイェートシュテット。他の団長格達も、その記録を思わず二度見したのち、ノイマンに問うた。
「彼一人で、一個大隊に匹敵する…と?」
「何を言っている、一個大隊など30分もかからんではないか。正しく一騎当千。彼の力は、この作戦で大きな力をもたらすだろう」
ノイマンは更に続ける。
「もちろん彼一人に頼り切るほど、我々も落ちぶれてはいない。そして、15年前と同じ事を、もう繰り返してはならない。使えるものは使う、潰せるものは徹底的に潰す。さもなくば、我々はまた、守るべき民を失う事になるだろう」
彼の言葉に、円卓は満場の同意を表明した。そう騎士団とは、彼等とは、本来そのためにいるのだから。
彼等の本分は、国を守る事ではない。国とは、彼等を含め、ヒトが集まる事で出来る。ヒトがいなければ国は成り立たない。彼等はそのヒトを守るためにいる。ヒトを守る事で国を守り、国を守る事で、ヒトを救う事ができる。
中立であるという事は、双方から狙われる存在でありながら、双方を救う事ができる、唯一の存在。
ならばこの国、守らぬ訳にはいかない。
「騎士たる我々がすべきは、虐げられし弱者を救い、守る事。今、弱者は脅かされている」
ならばその民、守らぬ訳にはいかない。
「ならば我々がすべき事は決まっている。武器を取れ、己が身を盾に、民を守るのだ。号令」
「民を守る最強の盾であれ!」
「以上、解散!」
それぞれが改めて意志を固める中、イェートシュテットだけは、悔しそうに歯軋りをしていた。自分の意見が通らなかった事が悔しいのではない、自分ではない誰かが評価される事が気に入らないのだ。
(ヤヨイ・ミカグラ…!貴様許さんぞ…!)
「ヨセフ」
「…!な、なんだクリス」
「一つ、警告をしてやろう。お前のその勲章は、お前のものではない。己の力を過信しない事だ」
「貴様…私を侮辱するきかッ!クリストフェル!」
「侮辱ではない、事実だ」
ぞろぞろと席を立ち、部屋から出ようとしていた者達も足を止めた。ノイマンは気にすることなく続ける。
「何度救って貰えば気が済むのだ。貴様の団の副団長はどうした」
「…負傷だ」
「何故」
「わ、私を庇った」
「何故」
「私が指揮を取り、前に出たからだ」
「何故」
「…いい加減にしてくれ!」
「そのままお前に返してやろう。指揮を取るべき者が、前に出るだと?どうしたら貴様はそんな阿呆なことが出来る。囮になるにしろ、もう少し考えたらどうだ」
「く…ぅうう…!!」
低いうなり声と握られた拳に、誰もがノイマンの言葉のトゲの多さに閉口した。言い過ぎだ。口にはせずとも、視線が語る。アッカーがため息と共に、ノイマンの肩に肘を乗せた。
「だーんちょ、会議終わったんで、一服どうすか?クールミントありますぜ」
「む、…そうだな、そうしよう。ミナヅキくん、君もどうかね?」
「ぼ、僕もですか?いいんでしょうかそんな…」
「いいっていいって、ほら行くぞ」
アッカーがノイマンとミナヅキを引き連れて会議室を後にする。それに倣って、他の者も席を立った。イェートシュテットは机を殴りつけた後、足早に去っていった。それら全てを見送った後、総帥は背もたれに寄りかかり、一息ついた。




