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転生騎士  作者: 如月厄人
第二章 邂逅
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27. 上に立つ

 それから、ふぅ、と息を吐く声が聞こえる。ヤヨイは不思議そうにヘベルハスを見た。視線に気づいたヘベルハスがヒラヒラと手を振る。


「いやなに、そんな大した事じゃない。いつかシモツキもお前と同等になる日が来ると思うと、ちょっとな。育つのは結構だが、新しい鎧も存外金がかかるもんだ」


「うっ、やっぱ弁償さしてください。これから何回あるかわからないですし…」


「いや、それならシモツキに出世払いで返してもらうさ。さて、次行くぞ、後はナガツキの師匠だ」


 エレベーターを操作し、次の場所へ向かう。


 エレベーターの中で、ヤヨイはじっ、とハヅキにメールを送っていたヘベルハスを見る。今度はヘベルハスが首を傾げた。


「やっぱり、隊長も副隊長も中尉っていうのはおかしな話だなぁ」


「そうでもないぞ。俺たちは名前こそ売れちゃいるが、命令違反しかしてないからな」


「へ?」


「俺たちが部隊に配属されてた頃ってのは、まぁ今も大して変わっちゃいないが、上層部が腐っててな。よく俺とフォルが反発して、今の総帥、カタルの父ちゃんだな、がそれを宥めてたって感じだ。だから、ギフレイスさんが部隊長になった後で、やっと俺たちの階級がちょっとずつ上がってったって形。それまではずーっと伍長とかそこら辺にされてた」


 踏んだ場数は誰よりも多いけどな、と愚痴をこぼす様に言うと、開いたエレベーターから降りながら続けた。


「それから、ギフレイスさんが総帥になって、俺たちが受け持ったのが彼奴らだ」


「中将、大将の二人ですか?」


「他にもいるが、目立って出世したのは三人だ。ミナヅキを頼んだタイタス、ハヅキを頼んだレメイ、それから、これから会いに行く…」


「ハッ!クライス中尉?!中尉!!中尉ぃぃいいいいいいいいい!!!!」


 隣のヘベルハスが突進を受けて後ろにすっ飛んでいく。すぐそこにあった突き当たりにぶつかり、大きな凹みを作って、取り敢えずは止まったようだ。ヤヨイはヘベルハスにぶつかってきた少し小さめのアンドロイドに目をやった。


 パワージェネレーターやアタッチメントを付けた様子はない。ヤヨイは今のタックルを思い出す。


(体の使い方か…。潜り込んで、若干浮かせたな)


 分析が終わった後で、ヤヨイはヘベルハスに声をかけた。


「大丈夫すか?」


「お前今の間はなんだよ、絶対心配してないだろ」


「まぁ隊長なら大丈夫かなって」


「大丈夫だけど、大丈夫だけど!もう少し心配して欲しいぞ!それよりも…コーネリア!こんな道端でこんな事するんじゃない!他の人を巻き込んだらどうする!」


(あ、タックルされるのは別にいいんだ)


「あは、すみませぬ、中尉を見てテンションが上がってしまって」


 怪しい呂律で言葉を返し、頬擦りしまくる彼女が、今回会いに来た人でいいのだろうか。ヤヨイは少し不安になりつつ、ヘベルハスに尋ねた。


「この人が?」


「あぁ、そうだ。コーネリア・リチャーズ、階級は…どこまで行ったっけ」


「今は少将ですな。ところでフォルクローレ中尉は?」


「来てないぞ」


「ぇー、久々にお二人とお目見え出来ると思ったのにぃ…」


「まぁそう言うな。ところでメールは読んでくれたか?」


「読みましたよー。その子れすか?」


「違う、この下りはさっきもやったな」


「俺が付いてきたのが間違いなんですかね…?」


「兄としては当然なんだがな」


「察するに、弟さんか妹さんですか?」


「妹で、ナガツキと言います。俺はヤヨイです」


「ほうほう、どうせなら連れて来ればいいのに」


 リチャーズはようやくヘベルハスから離れて顔を見せる。


「………、随分と特化させてるんですね」


「ふふ、悲鳴をあげなかったことは評価してあげます」


 四つの目がヤヨイを捉える。左目は人間に寄せた目だが、恐らく利き目である右眼には、三つのレンズが覗いていた。それぞれ長さが若干違うことから、違う倍率のスコープをそれぞれ備えているのだろう。


 その右眼のお陰で、彼女の顔は凡そ人間とは言いづらいものとなっていた。だが、それは転生者という立場を最大限に活かした顔でもある。彼女はそうなる事で生き残っているのだから。


「悲鳴をあげるなんてとんでもない、貴女は十分、人間らしいと思います」


「…ありゃ?私今口説かれてるんれすか?」


「いや…っと、そういう事じゃあないだろ」


 立ち上がったヘベルハスが体の調子を確認する。折角新しくしたばかりなのだから、余り傷をつけたくもないだろう。


「あんれぇ?そうですか、残念です。男性経験も欲しいんですけろね」


「難しいだろうな。それより、引き受けてくれるか」


「さらっとひどい。いいですよー?最近若い子と話せてないんで楽しくやらせていただきますねぇ」


「随分アッサリだな」


「まぁ、…そうですね」


 少し曖昧な返事に、ヤヨイは何だか似たものを感じた。だがそれは言葉にはできなかった。しない方がいいと思ってしまった。


 仮にもし彼女とヤヨイが言われている内容は同じだとしても、彼女はヤヨイではない。


 同情は、時に毒となる。


「じゃあ、それだけだからよ。たまに遊びに来いや、異動してきてもいい。お前なら簡単だろ」


 ヘベルハスの言葉に、リチャーズは困ったように笑いながら言った。


「逃げ道だけですか?」


「使うかどうかはお前の勝手だ。別に使わなきゃいけない道理はねえよ。でも、俺の中に部下を見捨てる道理もねえんだ。だから、好きにしな」


 ヤヨイは心の中で感嘆した。上手いなぁ…と聞こえない程度に呟いて、背を向けたヘベルハスの後ろをついていった。


 ヘベルハスはエレベーターに乗り込み、執務室へと戻るルートへ操作しながら、ため息をついた。


「優しいんですね」


「優しさよりも負い目だな」


「負い目?」


「そう、負い目」


 ヘベルハスは方向転換の度に揺れるエレベータの中で、口を開いた。


「俺の部隊にいた時、あいつはまだ人間だった。ある時、俺の援護の為にスナイパーとして物陰に隠れていたはずなんだがな、相手のスナイパーの方が一枚上手で、逆にあいつがやられちまったんだ。考えても見りゃ、物陰が多いところってのは逆に潜みやすい、潜みやすい所に山を張れば、自ずと奇襲は防げる。だからあいつが見つかるのは必然で、負傷するのも当然だった」


 ヘベルハスは顔の右半分を隠した。


「あいつは顔の右半分を吹き飛ばされた。兜のお陰で、脳までは損傷しなかったみたいだが、一時期三途の川を渡り掛けたもんだ。任務中止して、俺たちはあいつの救助を行った」


 隠した手を下ろして、天井を見上げる。


「それから、あいつが目覚めて開口一番にこう言った。『転生がしたい、もっと丈夫な体が欲しい』。俺は止めなかった。騎士としてまだやりたい事があるなら、負傷したままではやりにくいだろうし、何より、利き目である右眼の視力は戻る見込みがなかった。でも今思えば、止めるべきだったのかも知れない」


 もう一度大きくため息を吐いた。


「あいつは自分そっくりのモデルに、凡そ人間にはそぐわないであろうあのスコープをつけた。誰もが聞いたよ、アタッチメントが有るはずなのに、何故体に直接埋め込んだのかって、あいつはあっけらかんと言ったよ。任務失敗の責任を負う為だって」


 止まったエレベーターから降りる前に、彼はヤヨイにこう残した。


「これが、上に立つものの難しさだ。俺は、あいつの命を救う代わりに、生きづらい人生を与えてしまった」


 ヤヨイは彼を追いながら言った。


「それは結果論です。事実、彼女は少将まで登りつめたじゃないですか」


「それも結果論だ」


 イスにどっ、と体を預け、ヤヨイに言った。


「お前も感じたんだろ?あいつが負ってる心の傷を、癒す言葉が毒になる事を。それは、本当に良かったのか?いい結果なのか?成果を上げて、上に登る事が本当に幸せなのか?」


 ヘベルハスはデスクを確認し、退勤した者たちを確認しながら、言った。


「お前もいずれ上に立つ。これは宿題にしておく。お前にとっての最良を見つけるんだな」


「………、体、動かしてきます」


 一人執務室から出て行ったヤヨイを見送って、事務処理をしていたカタルは気まずそうに尋ねた。


「喧嘩…ですか?」


「誰もが一度は通る道だ。上司とぶつかる事は悪い事じゃない。上司の言葉が必ず正しいとは限らないからな」


「隊長…」


「お前もぶつかってきていいんだぞ?」


「いえ、私は…そこまで自分が持てていないので…」


「なーに言ってんだ、お前がいたから、あいつはあそこまで堂々といられんだよ。お前という存在は確かにある。存在があれば、お前の考え方も、意志も、変わらないものが必ずある。自信を持て、お前は立派だ」


「………、ありがとうございます」


 机の上でぺこりと頭を下げたリウノは、一旦手を止めて、ヤヨイが出て行った扉を見つめた。


「気になるか?」


「…えぇ。でも、考えてみると、私ってヤヨイの事を知り切れてないんですよね。まだ怒った顔も見た事ないし、心を開ききってないって感じがして…」


「人間誰でもそんなもんだ。むしろ、好きな人にこそ隠しておきたい事とかあったりすんだろ?エロ画像フォルダの場所とか」


「それは何か違うと思います」


 ヘベルハスは肩で笑って、背凭れに深く身を預けた。


「疲れたからちっと寝るわ。お前も、悩める内にいっぱい悩んどけ。人は生きてるうちが華だからな」


 目線カメラの発光が落ち着き、静かに明滅を始める。スリープモードに移行したようだ。恐らく任務が入れば目をさますだろうが、夜通しシモツキの訓練に付き合ってから今まで休息をほとんど取らなかったのだから、その精神力には恐れ入る。

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