24. グレる秘訣
ヘベルハスが戻ってきたことでドライドが権利の返却を行い、部隊としてしっかりとした形を取り戻す。ピッカピカの鎧の値段を想像して、ヤヨイは少し背筋が寒くなった。
ヘベルハスがヤヨイの視線に気づくと、首を傾げて尋ねる。
「どうした?」
「いや…その、弟がご迷惑をおかけしました…」
「ん?あぁ、その事か。構わん、俺としても楽しかったぞ。少しは加減して欲しかったがな」
ガッハッハ!と豪快に笑うヘベルハスに、ヤヨイとシモツキは頭が上がらない。気になるのは値段だが、直接聞いても答えてはくれないだろう。技師を訪ねて回るのが一番手っ取り早い。
「まぁ、本調子に戻るまで多少は時間がかかる。身体を動かすのには付き合ってもらうぞ、ヤヨイ」
「もちろん」
「それで金もチャラな、弁償しようだのなんだのとは考えるなよ」
「ぐっ…」
早々にバレていた様である。ヘベルハスはもう一度、楽しそうに言った。
「俺はな、ヤヨイ。いや、ヤヨイだけじゃなく、ここにいる新兵達よ、同じ事を繰り返す様だがな、俺とドライドは、途中袂を分かったとはいえ、常人では潜り抜けられない様な死線を幾つも掻い潜ってきた。隣で死んでいく奴も五万と見てきた。だからこそ、今のうちに、お前達には俺たちの技術を学んで欲しい、奪って欲しい。その為に出来る近道があるなら、いっくらでも通れ、それがもし俺たち上司をボコボコにする事でも一向に構わない。今の俺たちの役目は、お前達を育て上げ、後のこの国を、そして、お前達自身を、守る事だ」
残りの二人にもな、と付け加えた後で、彼の雰囲気が少し重くなる。
「当然だが、お前達が育ちきるまで、クラウディオ・ニッセンは待たない」
その名前が出た途端にヤヨイはキュッ、と拳を握った。それを見たヘベルハスは、ヤヨイに向けて言った。
「総帥から話は聞いた。お前達の出生の経緯や、行われた事、お前がカタルに出会うまで脇目も振らずに任務をこなし続けてきた理由、その訳。よくもまぁ、そんな決意が出来たもんだ。とてもじゃないが、十歳そこらのガキができる覚悟じゃない。そして、それを貫き続けた。お前はすごい奴だ。誰がどう見ても、お前は兄以上の事をやってきた。だが、そのおかげで、お前の兄弟達は戦う術を知らん。お前は頼りにしていると言ったが、お前の赴く戦場にこいつらを放り込んだらどうなる?考えるまでもないな。ならどうするか」
コンコン、と真新しい鎧を叩く。
「俺たちを使え。俺たちじゃなくてもいい、お前達よりは人脈もツテもある。良さそうな奴がいたら率先して紹介する。だから使え、どう足掻いても俺たちはお前達よりは先に死ぬ。後世を支えるのはお前達だと思っている。今だからこそできる事を、各々やるんだ、いいな」
全員がヘベルハスの顔を見てうなづいた後、それぞれが少しずつ動き始める。ドライドも手伝って、紹介できそうな伝にメールを送って時間が取れれば弟子入りさせる。どうせ特殊部隊に来る指令など数は知れている。今来ているような依頼だって殆どは他の部隊の手伝いばかりだ。
ならば、手伝いとして入れる代わりに、いろいろ仕込んでもらうのが手っ取り早い。
(シモツキ、カンナヅキはここで育てられるとして、残りをどうするか。ミナヅキは弓、フミヅキは鞭、ハヅキは鎌、ナガツキは銃。フミヅキはシャーロットに任せてもいい気がするな)
残りの三人をどうしようかとヘベルハスが考えていた所で、思い出す。
(いたわ、俺の部隊に。今はもう何処にいるのか知らねえけど、検索かけりゃヒットすんだろ)
ディスプレイのキーボードホログラムを叩いて検索をかける。すぐにヒットした三人にメールを送って自分の兜と同期させる。それから肩をぐるりと回して立ち上がると、ヤヨイに声をかける。
「よっしゃ、ヤヨイ付き合え、馴染むまでやってもらうぞ」
「わかりました、付き合いますよ」
その背中を追って、シモツキがエレベーターに乗り込んだ。それを見送った残りの者達はそれぞれ資料を漁ったり、自分の武器に関して精通してそうなものをデータベースから漁る。
ミカグラ達は、自分の身を守る為、兄の足を引っ張らないようにする為、リウノは後の世を背負う為に、できる事を出来るうちに。
§
ヒュパッ!ドッ!
放った矢は、人の形を模した的の頭の中心に突き刺さり、最後の的が廃棄される。透明の光化学アイマスクに、カウントが表示される。もう一度腕の感触を確かめながら弓を構える。
そのカウントが終わるとおびただしい数の的が不規則に動きながらミナヅキの前に現れる。
「フッ…!」
ユニットが一気に矢を作り出し、それぞれをそれぞれの的に向けて一度に放つ。空を切る音が銃声に掻き消されながら、頭を射抜く。それを見ていた男がミナヅキに拍手を送った。
ミナヅキはその拍手で初めて自分が見られていたことに気付いて振り返った。銃声が響き渡る中、男はミナヅキに近づいて親指で外を指した。
「ここじゃ喋りにきーから、外いこーぜぃ」
制服を着崩し、無精髭を生やした男が軽く言う。その親指を見て、ミナヅキはうなづいた。だが、弓をしまう前に、もう一度構える。
ヒュパッ!
先ほど射抜ききれなかった一体を貫いて、矢は消えた。
弓は腕に格納され、壁に掛けていた制服に袖を通して、男の前に立った。
「よっし、喫煙所でもいいか?」
「えぇ、大丈夫です」
男に付いて喫煙所に入ると、自然と入ってくる煙にむせ返る。男はそれを見て場所を変えるか、と提案するが、ミナヅキはそれを断って空いているベンチを指した。男は苦笑いしつつもそこに腰掛けて、懐から名刺を取り出してミナヅキに渡した。
ミナヅキは受け取ってそれに目を通す。
『第一騎士団副団長 タイタス・アッカー大将』
「大将っ?!」
ギョッとして座りかけたベンチから飛び跳ねる。
「あー、階級は気にしなくていい。俺も昔クライスさんに世話になったもんだ。アンタ、今クライスさんのとこにいるんだろ?」
おずおずといった風に隣に腰掛けたミナヅキは、うなづいてそれに答える。
「今は威力強襲部隊に所属してます」
「聞ーたよ、約半分が新兵で構成されてるくせに、中身は粒揃いの最強部隊だそうじゃねーか」
「そんな…!僕達にはまだ何の実力もないですよ!」
「何戯けたこと抜かしてんだぃ、さっきの射撃訓練、俺を含めて何人見てたと思ってんだ?」
「え?…いや、わからないです」
「少なくとも15人、俺を含めて少佐以上の上官がお前を見てた。射撃場ってのはな、格好のヘッドハンティングの場なんだよ。今の戦場で使えるのは銃の腕と、キレる頭だ。その片方を、ここで見ることができる。その中で群を抜いてお前の腕は光ってたって話だ」
「…まだ足りないです。どうしても、あと一つ、見えない」
「みてーだな、それでも、20出てきて19は確実に仕留められる。然も同時にだ。目をつけない奴はいねえよ。更に言やぁ…」
アッカーは弓を構える。
(っ!)
持っていない筈の弓が見えた。それだけ彼が弓を熟知している事を示している。
「俺とおんなじ、弓使いだ」
三つ指を開き、口で空を切る音を再現する。
「お前さん、弓と銃の違いって何だと思う?」
「…?射程…ですか?」
「おいおい、どんだけ損してるんだお前さん。一番の違いがあるだろう?」
ミナヅキが首をかしげると、アッカーは指で山を描いた。
「軌道だ」
「軌道…ですか?」
「そう。銃は直線的なんだが、弓は弧を描くことで、威力を上げたり、緩急をつける事ができる。相手の位置さえ分かってりゃ、上からの強襲も可能だ。これが、弓の変態軌道を可能にさせる」
「変態…軌道…?」
「そうだ。弓は銃とは違う、曲線という強みがある。指先一つで、弓の軌道は自在に変えることができる。そうすれば、物を通り越して対象を射抜くことだって出来る」
三つ指を擦り、喫煙所から見える的に目を向ける。
「一つ、矢を曲げるにゃお前の心を曲げる事。二つ、コンマミリで変化する軌道を指先に叩き込む事。三つ、風を作り出す事。お前さんは今、的を射抜く事に囚われすぎている。実際弓持って銃持った相手と正面で対峙するなんて自殺行為だぞ?」
「まぁ…確かに…」
「だから、正面で射抜こうったって俺たちに勝ち目はねえ。遮蔽物を使って、見えない距離から、正確に矢の雨を降らせてやる事が俺たちの勝ち筋なんだわ」
タバコを口の端で咥え、火をつける。それから、ミナヅキに一本差し出した。
「って事で、ここは一つ、心を捻じ曲げる所からどうよ」
「…が、頑張ります」
その一本を貰って、ライターを借り、見様見真似で点けてみる。鼻呼吸をしている分には、何ともないのだが…。
「ぅぶぇっ!げほっごぼっ!!」
「はっはっ!まー最初はそーなるわな!」
笑いながらタバコを蒸すアッカーを恨めしそうな目で見ながら、ミナヅキはタバコを二本指で摘むように持って、また咳き込んだ。
「でも…けほっ、そしたら真っ直ぐな矢が射れなくなりそうです」
「ま、全部ひん曲げたらそうなるわな。そっからお前の問題だ。お前さんが何でまだ足りないと感じてるのか、芯の通った答えを持ってりゃ弓も矢もお前に応えるさ。弓の道は心だ」
「弓の道は心…」
それからミナヅキは、アッカーと共にタバコを吸う訓練(?)をして別れた。貰った一箱のタバコを眺めながら、兄妹になんて言ったらいいのか迷いつつも、一旦執務室に戻る。ミナヅキは明日早番で今日はもうないのだが、一応挨拶に、と思い、エレベーターから降りる。
すると、ドライドがミナヅキを見て腕を組んで言った。
「慣れない事はする物じゃない」
「あ、あはは、慣れろって事で捉えさせてもらいます」
「なら、消臭剤と携帯灰皿は持ち歩く事だ」
「え、あ、はい」
先程まで自分も喫煙所にいたため、自分の臭いはわからないのだが、それなりに臭うようだ。隣のカンナヅキも怪訝な顔を浮かべている。
「何をしたんだ?ミナヅキ」
「凄い偉い人に声掛けられてさ。第一騎士団の副団長さんなんだけど、その人に吸うように言われてね」
「あのジャンキーか…」
「やっぱりご存知でしたか。隊長にお世話になったって言ってたので、もしかしたらって思ったんですが」
「俺の部下でもあったからな。そういえば、奴も弓を使っていたな」
「ミナ兄ちゃんおかえくっさ!何これ、タバコ?ミナ兄ちゃんタバコ始めたの?」
「あぁ、勧められてね。タバコでも吸って心を捻じ曲げなきゃ、矢は曲げられないそうだ」
「あのジャンキーがいいそうな事だ。だが的を射ている。それを続けるかどうかは勝手にしろ。ただ喫煙所に行け、行ったら消臭しろ。俺まで吸いたくなる」
「よかったら一本」
「フンスっ」
カンナヅキが高速で弾き飛ばしゴミ箱に落とした。この臭いは好かないようだ。実のところ、ミナヅキもこの臭いは好きと言うわけではない。嫌いでもないが、好んで吸う事も余りないだろう。吸うとしたら…矢を曲げたい時か、ヘソを曲げたい時だろう。




