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転生騎士  作者: 如月厄人
第二章 邂逅
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20.階級≠実力

 書類に目を通し、サインを書き込んでいく。代理書類監査申請は先程受理されているので文句は言われる事は無いだろう。


 無言が続く。執務室にはドライドが書類に滑らせるペンの音だけが活き活きとしていた。しかしそれも三十分とかからずに終了し、書類をヘベルハスのデスクに戻した後で、シモツキに言った。


「俺も演習場に向かう。任務の受諾などはこちらでも出来るから、何か通知が来てもその場で待機しておけ」


「うっす」


 映像に注目したまま返事が返ってくる。己を高めるのは良いことだ、と頷いてエレベーターに乗り込む。別段、ドライドが身体を動かすわけではないのでそのまま演習場へ。


「………っ!!」

「………………」


 真面目に訓練しているのかと思えば、ヤヨイは誰かと言い争いをしており、戸惑ったようにカンナヅキか隣で右往左往していた。言い争い、といっても、ヤヨイは笑みを浮かべており、相手側の二人が声を大にして叫んでいるようだ。


 その面子も見たことはある。確か第一騎士団の殲滅部隊で大尉だったか。流線形のフォルムが特徴の細身の鎧で、スピードを重視してるとかなんとか…。声を上げている他の二人は恐らくそのとりまきだろう。他の部隊のことはあまり詳しくないため、うろ覚えのまま声をかけた。


「曹長、何をしている」


「あれ、副隊長、珍しいですね」


「おい!こっちの話が終わってないだろう!」


「だって言ってること無茶苦茶なんですから、取り合っても無駄でしょう。演習場の枠は四つ。俺たちが使っても後三枠ある。そこを使えば良いでしょう?」


「大演習を行うんだ!選抜演習!貴様らの様な下々の者が邪魔していいものではない!」


 ヤヨイとドライドの眉が同時に動いた。


「失礼、えー…大尉、でしたかな?申し訳ない、貴方の名前は私には興味が無さすぎて思い出せないのだが、良ければその選抜、我々が選りすぐって差し上げよう」


「なっ!貴様誰に向かって口を…!」


「良い。フォルクローレ・ドライド中尉。噂はかねがね。なら先に私の側近を選りすぐって貰いましょう。因みに私少佐です」


 一度制し、落ち着かせた男をドライドの前に立たせる。身体が大きいわけではないが、角ばった鎧と各関節に取り付けられた増強アタッチメントで、パワー型のサイボーグだというのはすぐにわかった。


 ドライドは構いません、と上着だけを脱いで腕をまくった。白いワイシャツの第一ボタンを外して白線の上に立つ。そして忘れたようにその男に言った。


「すまない、頭は割らないようにはするが、他の部分に関しては保障出来ん」


「…?何を言っている。早く鎧をつけてこい」


 男は他の者が白線の外へ出たのを確認しながら、アタッチメントを起動させる。


「そんなものはいらん。さぁ、始めよう」


「この期に及んでまだ愚弄するきか貴様ぁ!」


 踏み込んだ鉄拳はドライドの前でピタッと止まる。


 いや、止まったのではなく、止められた。


「アタッチメントを付けてこれか。技術開発部もまだまだ甘い」


 ドライドが片手で拳を受け止める。それは拮抗しているというよりも、いくら押しても進めない、つまり完全にパワーで負けているということだった。


 肘関節のアタッチメントが蒸気を吐き出して更に出力を上げる。だが動かない。微塵も動く気配はない。


 ドライドは冷ややかな目で男に言った。


「我々が下々だというなら、その下々に負けるあなたもたかが知れている」


 もう片方の手で腕を掴んで投げる。身体を浮かさせず、地面に叩きつける。ゴシャァ! と硬い音が演習場に響く。


「レベルの低い側近をもって大変だな、少佐殿」


「そのようですね。確かに、『貴方』は強い。ではその二人は如何でしょう?」


 馬鹿がいる。呆れるほどの馬鹿がいる。


 部隊開設には各騎士団長の了承がいる。そしてそれは騎士団長を通じて、各部隊の隊長へ、隊長から各員へ伝達される。名のある騎士なら恐らく部隊長から聞きそうなものだが、彼は知らないらしい。


 ただのうつけか、それとも無知か。


 どちらにせよ、彼は二人に喧嘩を売ったことになる。ヤヨイは薄い笑みを浮かべたまま特に言い返そうとはしなかった。カンナヅキはそもそと彼の言葉など聞こえていなかったかのようにぶつぶつと顎に手を当てながら呟いていた。


 むしろ反応が無いことに苛立ちを覚えたのか、少佐はもう一人の側近を枠の中に入れた。


「さぁ、どうなんですか?強者を盾にしているただの弱者なのか、ハッキリしていただきたい」


 ドライドは二人を見比べて、ヤヨイを指名した。ヤヨイは肩を竦めて枠の中に入る。ドライドは呆然と天井を眺めているガラクタを枠線の外へと引きずり出した。


「君の名前は良く聞いているよ、ヤヨイ・ミカグラ曹長。黒騎士とか呼ばれてるそうじゃないか」


「らしいですね。まぁ鎧黒く塗ったらみんな黒騎士になれますけどね」


「はは、確かにな。だが、黒騎士の実戦を見た人は誰もいないらしいじゃないか。手柄を横取りしてるんじゃないのか?」


「それは実際に確かめてみりゃわかるのでは?」


「それもそうだ」


 手首に仕込まれた剣が光を反射する。


「その大口、叩けなく…」

「そいやー」

「ゴブァッ!!」


 言い終わる前にラリアットを受けて床に後頭部を打った。


「??! ひ、卑怯だぞ!」


「いや、前口上が長過ぎてつい」


「くっ!貴様っ!」


 腕の力を利用し、倒れている状態から蹴りを放つ。


「えいやー」

「うおぉぉおへぶ!」


 それを軽々と避け、ピンと伸びたその身体を回転させ、顔面から床に落とした。


「もういい?まだ?あそう」


 至近距離からの攻撃をことごとくかわし、その騎士を弄ぶヤヨイに、ドライドはため息をついた。性格の悪いやつだ。純粋にそう思ってしまった。一思いにやってしまえばいいものを、わざわざ攻撃を受けやすい位置に陣取り、敢えて攻撃をさせている。


 しかしそれは同時に相手の攻撃の幅を狭めることも出来る。もっとも、それに反応出来る反射神経が無ければただの油断した阿呆と変わりない。


「人を馬鹿にするのもいい加減にしていただきたい!」


「最初に馬鹿にしてきたのはどっちかなー? 人のことを下々と呼び捨てた癖に、自分のことは棚にあげるのか?」


「階級は下だろう!」


「階級は、な。でもその実力は?下の階級に延々と負け続けている貴方には、その階級は見合わないのでは?」


 煽る煽る。もし彼が人間のままだったなら、顔を真っ赤にしていたことだろう。だがそこで柏手が打たれる。響いた音に、二人はその方向を見た。


「おやめなさい、見苦しいですよ」


「くっ……、失礼…しました」


「流石は中尉だ。部下もよく鍛えてらっしゃる。なら、今日は諦めましょう。演習場は予約を取ることにします」


「それがいいかと」


「では、退散しますかね」


 側近二人が肩を落として、その後ろをついていく。


 ヤヨイはドライドに尋ねる。


「知り合いですか?」


「いや知らん。多少名があるくらいにしか印象がない。だから名前もわからん」


「それはそれでかわいそうになってくるレベル」


「それより、打ち込みはどうだ」


「まずまず、ですかね。経験の浅さがバリバリ出てます。そうだな、思考が偏っているって言ったらいいのかな」


「具体的には」


「目先にとらわれ過ぎている」


「先読みの訓練か」


「そんな所ですかね。一応、自分が行動をした後に、次の行動への選択肢を幾つか用意するように、とは言いましたけど」


「十分だ」


 カンナヅキが二人に近づく。何だかヤヨイよりもドライドに近い位置に立つ。


 ヤヨイはやはり少し寂しく思いながらも二人を見守る事にした。


「先読みのコツって何ですか?」


「無い」


「えー…」


「強いて言うなら、動作観察をする事だ。微細な動きにこそ目を光らせろ、相手の癖を読んでどんな行動に出るかを見切れ」


「…わかりました。ありがとうございます、フォル」


「構わん」


(おい今素で名前呼ばなかったかカンナのやつ)


 ヤヨイはドライドに頭を下げた。


「不束者の妹ですが宜しくお願い申し上げます」

「ちょ!兄さん?!何を突然!」


「そうだな、今朝責任を取ってくれと言われたばかりだしな」

「フォルまで!?」


「あー…、カンナが遠くに見える。そこまで行ったかー、兄ちゃんまだチューもまともにした事無いのになー」


「そういう事一切して無いから!チューならナガツキに頼めばいくらでもしてくれるじゃないか!」


 ヤヨイはげんなりした顔でカンナヅキを見る。


「わかっちゃいねぇなぁおめえ…。初チューが妹って…しかもこの歳で妹に頼んでチューとか、お前頭沸いてんじゃねえのか?」


「そこまで言うか?!」


「今のは私でもちょっと引くぞ」

「フォールー!裏切り者ー!!」


「私は最初から味方をしたつもりはないが」

「そういえば発端は貴方でしたね!」


 もう知らない! と拗ねて枠線の外で体育座りをしてしまったカンナヅキの背中を見て、二人は握手した。


 可愛かったな。お互いの顔にそう書いてあった。

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