17.歓迎(2)
カンナヅキはまたハッとして顔を上げる。ずっと見ていたドライドと目が合う。スッと、顔が燃え上がった。
「ち、違うんです!いつもはこんな風じゃ…!」
「わかっている。だが、たまには良いんじゃないか、少なくとも、俺が見るくらいなら」
「…まぁ…その、ふくたい…ふぉ…フォルクローレ…さん…だけ…なら……」
スプーンを咥えて少し顔を伏せる。燃え上がった炎は収まるところを知らず、瞳の揺らめきが、見上げるようにドライドを捉える。
(名前…か。まぁ、良いだろう)
ドライドはリラックスした口調で言った。
「フォルでいい。さん付けもしなくていい。それと、俺もこんなに顔が弛んだのは久々だ」
背中の猫は相変わらずだが、肩に別の猫が乗る。その喉を撫でながら、ドライドはカンナヅキを見る。
「私も、ふ…フォル…さん…じゃなくて、フォル…が、そんな顔するのを見たのは初めてです」
「普段はする様な顔でもないからな」
「で、でも、私だけ…ですよね。少なくとも、今は…」
「あぁ、そうだな」
パッと顔が明るくなる。スプーンを咥えたまま、左右に揺れる。それに合わせて、彼女のポニーテールも揺れた。
やはり、酒が入ったせいか、彼女は少し大胆でもあり、恥ずかしがりでもあり、愛らしくもあった。
彼女のグラスにワインを注ぐ。それと同時にチン、とオーブンが焼きあがりを知らせてくれる。立ち上がってトングで魚を皿の上に乗せ、小さなお玉でソースを回しかける。
「どうしたの?あなたも食べたい?」
ドライドがカンナヅキを見ると、足下にすり寄った白猫の顎を撫で微笑んでいた。
「この子たちはもうご飯食べたんですか?」
「あぁ、ボットが大体の世話をしてくれる。それに、この時間は散歩の時間だ。大体の奴らは外に繰り出しているだろう」
「そうなんだ」
よしよし、と猫の額を撫でる。その間にドライドはカンナヅキの前にメインを出し終える。
「真鯛の塩焼きだ。そのままでも十分だが、ソースが一緒だとなお良いぞ」
「美味しそう…、いただきます」
ワインと一緒に頬張るカンナヅキを見ながら、ドライドも食事に手をつけた。
時々、酒を酌み交わしながら、魚を食べ終わる頃には、カンナヅキは少し酔ってしまっていた様だった。一応、デザートも用意していたのだが、この様子では寝かせた方が良さそうだ。
ドライドはボトルにコルクを半分程押し込み、ワインセラーに戻す。
「あれぇ…?もう呑まないんれすかぁ?」
「あぁ、余り飲み過ぎると次の日が大変だからな。さて、寝室に案内しよう」
「やー!フォルと一緒に寝る」
「そういうな、それに、今ならお前も食っちまうぞ」
冗談のつもりで口が発した言葉に思いもかけぬ言葉が返ってきた。
「それでフォルの心が軽くなるなら、私は構いません」
皿を片付ける手が止まる。動きを止めたドライドに、カンナヅキはそっと、身を寄せる。
「それで独りじゃないと思えるなら私はいくらでも…」
「…カンナヅキ、俺もそんな軽い男では…カンナヅキ?」
首を回すと、ドライドに寄り掛かって安らかな寝息を立てるカンナヅキの顔が見える。
ドライドは少し安心した様に息を吐き、皿を片付けるのを後回しにしてカンナヅキを抱き上げた。
ズシリとした重みが伝わる。やはり体の半分が機械とだけあって、重さは人間のそれではない。
書斎の扉を開け、以前使っていた簡易ベッドに寝かせてみる。ギシ、と音はしたものの、壊れることは無さそうだ。其処に寝かせて片付けを再開しようと立ち上がる。だが、何かに引かれた。見ると、カンナヅキがドライドのシャツを掴んでいる。
ドライドは大きくため息を吐いてはいたが、その顔は柔らかかった。淵に腰掛け、その髪を撫でた。
「俺の嫁はな、カンナヅキ、俺の幼馴染だった」
彼女は寝ているから聞こえるはずなど無いのに、彼はポツリ、ポツリと口を開く。
「あいつは、何一つ出来ない奴だった。出来なかったから、人一倍頑張って、頑張って、肩を並べようとしていた。俺はずっとそれを隣で見てきた。だから俺は、あいつの頑張りを誰よりも知っていた」
胸のざらつく感触を、カンナヅキの髪の感触で誤魔化しながら、ただ独り、喋り続ける。
「俺は高校出てからすぐに騎士団に入った。とっとと一人前の騎士になって、彼女を守り続けたかった。あいつは大学に行って、エンジニアになると言っていたな。大学を卒業した時に、俺の方からプロポーズしたんだっけ」
胸のざらつきが大きくなる。気づけばカンナヅキを撫でる手も止まっていた。
「それから、トントンで結婚して…それから……それから………!」
ごり、と大きな塊にぶつかった。
「15年前、俺が24の時、第二区画を丸々戦場にした戦役があった。俺たちは、その第二区画に住んでいた。間に合わなかった、俺が向かった時にはもう、家は焼けていた。遺体を見ても、もう、誰だかわからなかった」
その塊は黒く、見上げるほどに大きく、硬かった。その黒い塊には、穴が空いていた。その穴に、何度も何度も吸い込まれそうになる。
「俺はその頃からおかしくなった」
その中に、彼女はいるのだろうか。覗こうにも、見える気配はなく、穴は彼を取り込もうとする。
「俺は騎士だ。人間にもサイボーグにも貴賤はない。ないはずなのに、身体は言うことを聞いちゃくれない、頭の中も、吸い込まれそうになる」
覆いかぶさるようにカンナヅキの顔のそばに手をついた。
「お前は、俺を独りにしたくないといった。なら、お前は…この胸にある塊を、砕いてくれるのか。お前が、取り除いてくれるのか」
酒のせいで上気した頰、すらりと伸びた長い脚、ブラウスの隙間から覗く彼女の本物の肌。
吸い込まれるように、胸元に顔を近づけた。
「………、」
「…んっ……」
彼女の匂いが頭の中を満たす。
「…犬か俺は」
ただ、彼女の鎖骨の少し下に出来た赤い点に、少し心が満たされた。




