15.二人
シモツキは身体を起こすと、棍を投げ捨てた。
「行けよ、クソ。好きにしやがれ」
「…良いのか」
「今ので十分わかる。確かに、内輪の喧嘩じゃ、俺らは成長出来っこねぇ…」
「ありがとう」
「るせぇ、とっととどっか行っちまえ、根上げて戻ってくんじゃねえぞ」
カンナヅキは大きくうなづき、エレベーターに駆け込んだ。
余りにも呆気ない終わりに、ヤヨイを除いた兄妹達の反応は微妙だった。
「シモツキ、良かったの?気が済むまで殴り合いすればいいのに、前みたいにさ」
「それが出来たらとっくにやってる。出来ないから、出来ないのがわかったから行かせたんだよ」
シモツキは自分で投げ捨てた棍を拾い、背中に押し込む。それから、ヤヨイに向かって、言った。
「兄ィ、俺を強くして欲しい。カンナに負けっぱなしは嫌だ」
ヤヨイは、少し笑ってシモツキに言った。
「俺が教えられるのは基礎中の基礎だけだ。なんせ、俺とお前じゃやる事が全く違う。いい先生が上にいるはずだぜ」
「それって…」
「クライス・ヘベルハス中尉。あの人ならお前に合った力のつけ方を教えてくれるはずだ。お前が今みたいに棍を使えるようになったのは誰のおかげだ?」
「…槍姉」
「中尉も槍を使う。しかも、全ての戦役においてあの人は前に立っている。その経験を、お前もモノにしてこい」
シモツキは今まで見た事のない真剣な表情で、ヤヨイに頷いた。
「俺も、頭下げてくる」
駆け出したシモツキの背中を見送って、ヤヨイは大きく一息ついた。
「巣立ってくなぁ…そっか、もう18か…。そういう時期だよな」
「兄様には私達が付いてますわよ」
「お兄ちゃんはもう一人じゃないよ」
「そうですよ、僕達も僕達なりに頑張りますから!」
「ヤヨイも、楽していい」
嬉しいこと言ってくれるねぇ、としみじみ言いながら、ヤヨイ達もエレベーターに乗り込んだ。
「ちゃんと退勤するんだぞ。宿舎でも仲良くな」
「わかってるよお兄ちゃん。お兄ちゃんこそ、お姉ちゃんと仲良くね?」
「ぐ…、槍姉以外を姉ちゃんって呼ぶのは…ちょっと無理かな。まぁ、名前でいいだろ」
「そう…だね。でも、早く呼べるようになるといいね」
「ん、そうだな」
執務室に戻ると、ヘベルハスとシモツキの姿が無い。他の三人と顔を合わせると、ロートスが口を開いた。
「今入れ違いで演習場に行ったぞ。特訓だそうだ。それと、言伝がある」
机に映像を映す。ヘベルハスの顔が映った。
『威力強襲部隊の今後の方針だが、様々な部隊に混じって様々な経験を積んでもらおうと思う。どのタイミングでどの部隊に混じるかは不確定だが、出来るだけ均等に振り分けるつもりだ。なので、各自あまり自分のデスクから離れないようにな』
其処で映像は終了し、ロートスは口を開く。
「ということらしい。だが、今日はもう退勤だ。夜勤は俺とミナヅキ、それから隊長の三人だ。それ以外はもう帰っていいぞ」
「了解。頑張れよ、ミナヅキ」
「はい。じゃあまた明日」
「またな」
「ばいばーい」
「頑張りなさいね」
退勤して騎士団街に出る。ヤヨイ以外の兄妹達は、住んでいるところが近いらしいので、揃ってヤヨイに手を振った。それを振り返して、シャーロイドとリウノに振り返る。
「私も行くね」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
「お疲れ様ー」
シャーロイドも去っていくと、リウノは大きく伸びをした。
「じゃあ、帰ろっか」
「おう」
総帥の家に二人並んで歩いていく。まだ慣れないのか、ヤヨイは視線が定まらない。あっちを見たり、こっちを見たり、リウノを少し見たと思えば、ふいと顔を背けるのだった。
リウノは見ているだけで楽しくなってしまう。
「まだ緊張する?」
「緊張するっていうか…、なれないんだよな」
「そうなの?」
「うん。姉っていう感覚が、わからないっていうか…」
「私もね、ヤヨイが弟っていう感じはしないかな」
リウノは少し視線をあげ、塞がれた空を見上げる。
「最初にあった時から、ヤヨイにはお世話になりっぱなしな気がするよ」
「世話したつもりもないんだけどな」
「君にはなくても、私にはあるよ」
そうだ、と手を打ち、手を差し出した。
「手でも繋いでみる?兄妹らしく」
「なんだそれ。こんな歳の兄妹なら手なんて繋がねえよ」
「兄妹としてじゃなくても…私はいいよ」
未だ差し出されたままの手を見つめ、ぱし、とその手を取った。驚きつつも、リウノは笑う。
「もう、乱暴なんだから」
「うるさいな。恥ずかしいんだよ」
先ほどよりもずっと近く、肩を並べる。心地よさと、安心感と。彼女が隣にいてくれることで感じられる暖かさが、ヤヨイには嬉しかった。
ただ、少し不安でもあった。
彼女は至極普通の人間だ。ヤヨイも、半分は人であるとはいえ、人間のそれとは身体が大きく異なる。彼女は、それでもいいのだろうか。
いや、と頭の中の不安を振り落とす。
彼女ならきっと、こう言うだろう。ヤヨイはヤヨイだから、と。
「そういえば、カンナちゃんは何の話だったの?」
「あぁ、なんか、副隊長の所に居候したいんだと。それで許可が欲しかったんだってさ」
「え、なんで副隊長の所に?」
「さぁな。でも、何かしら見えたんだと思うよ、副隊長の所にいる事の意味が」
「へぇ…。良かったの?それでも一応、男の人と二人なんて」
「あぁ、それに関しては心配してない。副隊長は一人じゃないからな」
「? どういう事?」
「あの人な、猫大好きなんだ」
「え?!そうなの?!」
「そう、家に20匹くらいいるらしい。前の部隊の時に聞いた話だけど」
「うわぁ…、逆にカンナちゃん大丈夫かな」
大丈夫っしょ、と楽観的に返して、二人は歩を進めた。




