15.成長
その執務室を通り過ぎ、フロア中を駆け巡る二人は、ドライドのスタミナ切れで決着となった。
「お前…俺はもうすぐ四十路だぞ…?殺す気か…?」
「だったら…サッサと…止まって下さい…」
互いに汗だくで荒い呼吸を繰り返しながら、ドライドの腕を掴んだカンナヅキは、先ほど言ったことをもう一度言った。
「私が、副隊長の宿舎に住む許可を」
「だから…ダメだと言っているだろう。何度言えばわかる」
「副隊長こそ。私は何度でも言います。あなたの全てを、私は奪ってモノにすると言ったはずです」
「だからって一緒に住む必要はないだろう」
「あります。少なくとも、貴方にはその必要性がある。独りでいる事にいい事なんてない」
「…根拠は?」
「私です。二年前、私達はまた、博士達によって実験体に逆戻りしました。その時、吹き込まれた言葉に、私は負けそうになった。一人いる時というのは、悪い事が膨らんでいく、不安が膨らんでいく。副隊長、貴方もそうなんじゃないですか、独りでいたから、そこまで…」
「言うな。あれは私の汚点だ。だが、私が解決しなければならない事でもある。だから手を出すな」
「違う…違うんです」
カンナヅキは俯きながら、溢した。
「一人で背負わないでください。貴方と兄は違います。でも、やっている事は同じです。私はもう、一人に背負わせたくない。貴方と私は、もう他人ではないんです。貴方は私の仲間です、助けたいんです。お願いです…、一人にならないでください」
「………、はぁ」
大きなため息の後、長く、深呼吸をする声が聞こえる。
「言ってる事が支離滅裂だぞ。だが、言いたい事はなんとなくわかった。仕方ない、俺の方から許可はしておく」
「…っ!それじゃあ…」
「ただし、お前達の兄妹から満場一致の許可を取れ。話はそれからだ」
「………、方法は何でも良いですか」
「…構わん。それだけお前が本気ならな」
「わかりました」
カンナヅキは兄妹達の顔を思い浮かべ、可能性を考える。
恐らくミナヅキ、フミヅキ、ナガツキは了承をくれるはず。ハヅキは…、言い方次第で何とかなりそうだ。丸め込むのは容易い。問題は、シモツキと、ヤヨイだ。
シモツキは何となくわかる。口は悪いが純情だ。兄妹の事となれば尚のこと、彼は兄妹達が散り散りになる事を嫌う。彼は反対する。間違いない。
だが、ヤヨイは完全に未知数だった。彼は、この事について何というだろうか。彼の心情としては、兄というよりも父のポジションのはずだ。一人にさせない為とはいえ、一つ屋根の下に男女がいるのは、彼としても許せないのだろうか。
カンナヅキもわかっている。男女が一つ屋根の下にいれば、何かしら起こる可能性があるという事も。だが、それでもドライドを放っておく事は彼女には出来なかった。
(なら、直接決を取った早い)
カンナヅキは踵を返して、執務室に向かった。
執務室には先に戻っていたフミヅキとヤヨイ、その他の兄妹達に加え、ヘベルハス、ロートス、リウノ、シャーロイド達も揃っている。
兄妹達の顔を見回し、口を開いた。
「話がある、演習場に来てくれないか。兄さんも一緒に」
「お?わかった。行こうか」
兄妹達は不思議そうにカンナヅキとお互いの顔を見比べ、先に立ったヤヨイの後ろにくっついていった。
エレベーターに乗り込み、演習場に下る。その途中で、シモツキが声を上げた。
「ってか、初任務はどーだったんだよ、役立たずだったか?」
「抜かせ、戦果は上々だ。だが、もっと成長する必要がある」
「…? どーすっきだよ」
「………、」
演習場に到着し、カンナヅキが先に降りる。全員が降りてカンナヅキに視線が集まったところで、彼女は口を開いた。
「私はこれから、副隊長の所に居候しようと思う」
「…は?はぁぁぁあああああ?!!何言ってんだテメエ!」
予想通り、シモツキが噛み付く。先頭のヤヨイは何かを察したようで、落ち着いた雰囲気で彼女に尋ねる。
「許可は?」
「副隊長からはとりました。ただ条件として、兄妹達全員の了承を取れと」
「そうかい。いいよ、行ってこい。それが近道だと思うならそうすればいい」
「おい兄ィ!」
「落ち着けシモツキ。騎士団に来て何か得るものがあるんだったら、俺はそれを全力で応援したい。兄妹の枠組みに囚われ続けても、成長は無いんじゃないか?」
「んだよそれ…!折角、折角全員揃ったってのに!何だってんだよ!!」
声を荒げるシモツキを他所に、他の兄妹は冷静だった。
「僕は良いと思います。兄さんの言う通り、とは言いませんけど、カンナが久々に言ってくれたわがままですしね」
僕もお兄さんですから、とカンナヅキに向かって笑みを向けた。
「私も、別に良い。私も、成長する機会、もっと欲しいから」
「ナガツキもさんせー、副隊長カッコイイし、良いんじゃない? ちょーっと歳離れてるけど」
「私も、良いと思いますわ。隊長から、色々と聞けましたしね」
ヤヨイの方をちらっと見た後で、カンナヅキに頷く。
カンナヅキはシモツキを見る。拳を握り、カンナヅキを睨む。
「そんなに本気だっつーんならよ、俺をぶっ倒してから行けや」
「…お前ならそう言うと思っていたよ。だからここに移動した。気が済むまで打ち込んでやる」
カンナヅキが枠の中心に移動する。シモツキは背中から己の武器を掴む。
『撃旋棍の装甲』と、『猛棍の装甲』。二人は、元々似ている。
カンナヅキはそれぞれ手首の取っ手を掴み、トンファーを構える。
「来い」
「言われなくてもやってやらぁぁぁ!!」
突進。鋭い突きが、カンナヅキの中心を狙う。
「シュッ…!」
身を地面すれすれにまで下げ、カンナヅキが突っ込む。
ダッキング。ドライドが最初に教えた事の一つだ。
『お前は上体が高い、敵に突っ込む時に身体を上げてちゃ、撃ってくれと言っているようなものだ。だから、地面に擦れるイメージで、地を這え。そして間合いに入った時、身体を思い切り捻れ』
ギュ、と、身体を捻る。拳が背後に回るほど、思い切り。
(そこからエネルギーを…っ!)
『次の一歩に総て注ぎ込み』
「上へッッッ!!!」
ガッ!!
踏み込んだ足が演習場の地面にめり込む。
ボッ!!
「ぐぉ…ぉあ!!」
シモツキの身体がくの字に折れる。そのまま、シモツキの身体が宙を舞う。
カンナヅキは、開いていた手を握る。
それを見ていたヤヨイは、そうか、と納得する。
(武装は違えど、俺とカンナの間合いはほぼ同じだから、最初に教わるのも同じか)
隠すように握った手を見てから、シモツキを見る。背中から地面に落ちたものの、あまりダメージは無さそうだった。
(インパクトの直前で拳をやめたか。平で押し上げた形になるのかな。シモツキ悔しいだろうなぁ…)