11.黒緑の心
一度正面入り口から出て、吹き飛んだ壁から中に侵入する。
『副隊長、聞こえますか』
『なんだ』
『敵性サイボーグにミカグラユニットを確認、リウノ一等、シャーロイド軍曹及びフミヅキを一階に待機させました。恐らくリウノ一等は先程の乱戦で負傷しています』
『ミカグラユニットに関してはこちらも把握している。ここのサイボーグ全てその改造を受けているらしい。もっとも、使いこなせている訳では無いらしいがな』
視界マップ上のドライドの方へ向かいながら、ヤヨイはドライドに尋ねた。
『カンナヅキはどうすか?迷惑掛けてないっすか?』
『上等。今一人で三人をノックアウトしたところだ。お前に似て、力加減の覚えは良いな』
『よかった。俺としては、あんまり前に立たせたくは無いんですけどね』
『親心、いや、兄心か。だが、巣立ちとしては良い頃合いだろう』
『そのようです』
ヤヨイがドライドを見つけ、合流する。その先にカンナヅキの姿も見つけた。
「上手くやれてるみたいだな」
「副隊長の教え方が良いんだ。多対一の戦術は中々に面白いよ」
「そっか。俺は教えられるほどじゃないからなー」
少し寂しそうにしながらも、拳を構える。それと同時に、ドライドが息を飲んだ。
「おーおー、久しぶりじゃないのドライドくーん。カミさん元気ー?あ、ごっめ、わすれてたわ〜、俺が殺したんだったわ〜」
「….グリーン…カラー…!」
全身に緑色の蛇を巻きつかせ、心底楽しんでいるような口調でグリーンカラーと呼ばれたサイボーグは笑った。
グリーンカラー。サイボーグ至上主義ですら指名手配を出す程の危険人物。S級指名手配犯、通称、アバドン。彼が関わったテロは全て、敵も、味方も、民間人すら巻き込んでその命を彼に飲み込まれた。
「貴様は俺が殺したはずだが」
「バッカだな、あんなの俺なわけないじゃん!アレは分体!いやあん時は困ったね、一応アレも俺の魂の一部使ってんだよ? 内臓だった部分だけどな!っひゃっひゃっひゃ!!」
「貴様ッ…!」
「おーっと、待ちな。今のあんたじゃお話にならねーんだよ。そうだな…、黒騎士、お前、ちょっと相手になってくれや」
「………」
ドライドに視線を向ける。当然、兜からは見えないため、ドライドの指示を待つ形になる。
「ミカグラユニット、クラウディオ・ニッセンからいくらで買った」
「あん?なんだよ知ってんのかよ。しかもおっさんの名前も知ってるとか、マジで有名人だなあのおっさん」
「答えろ」
「やだよ。なんでお前の命令なんぞきかにゃいけねーんだよ」
「なら一つ教えてやる。俺もあの時のままではない」
グローブがバリバリと音を立て、青白い光を放つ。
グリーンカラーはやれやれと言ったように肩をすくめてため息をついた。
「仕方ねえ野郎だ。ちょっくら相手してやるよ」
ドライドは待機の命令を下し、腰を落とす。
踏み込み。
ゴッ!
「ッ?!」
「シッ!!」
頭に向かって放った拳はグリーンカラーの腕に阻まれるものの、その衝撃でグリーンカラーの体が浮き上がる。
「フッ!!」
ガッ!!
「こいつ…!」
浮き上がった体に回し蹴りを叩き込む。
グリーンカラーが着地と同時に地面を抉る。
(サイボーグ化したのか…?いや、そんな情報は無かった。だがこの威力はなんだ?パワードスーツか?どう見ても薄着じゃねえか)
「お前に妻を殺された後で、私は色々と変わったよ。ただひたすら、ひたすらサイボーグを憎み続けてきた。一度お前を殺した時は、逆に辛くなったものだ」
ぞわりと、感じないはずの悪寒がグリーンカラーの全身を駆け巡る。
笑っている。唯一見える口許が、醜悪な曲線を描いていた。
「あぁ、嬉しいよグリーンカラー。また俺に殺されに来てくれたのか。分体があるんならそう言ってくれ。お前は永遠に生き続けてもらわねばならん、生きて、俺に殺され続けてもらわねばならん。だから今も死んでくれるなよ」
『副隊長!深追いは危険です!』
「今の内に聞いておこう。お前は分体か?いや、どうでもいい、お前はどれくらい持つのかな」
「まっ…!」
グリーンカラーの本能が叫ぶ。こいつは不味い。余りにも危険すぎる。だが今逃げる手段はない。確かにこの身体は分体だ。生きている組織の面子は全て別のところに逃がしている。
だが、これは予想外過ぎた。
ドライドがワイヤーで腕を取る。
「まさか、逃げようなんて考えちゃいないだろうな」
ヤヨイの言葉を無視してドライドはグリーンカラーを追い詰めていく。
ドライドの蹴りが空を切る。
「…?」
指を折る。
ドガッ!
「うぉぁぁあっ!あし!あしがっ…!」
「つけられるだろ」
もつれて倒れこんだグリーンカラーに近づき、もう一つの足を掴む。
ブチブチブチ………!!!
「ひぃ…!ぃぃいいいい!!」
「うるさい」
打ち込まれた拳によって、脳殻が破壊される。これでこのサイボーグは息を引き取った。だが、ドライドは止まらない。
ゴッ! ガッ! ギャン!
『副隊長…』
「副隊長!」
堪えられなくなったカンナヅキがドライドの振り被った腕を掴んで止める。力の強さはカンナヅキの方が確実に上のはずが、思い切り踏ん張らないと止めることさえ難しい。
ドライドはゆっくりとカンナヅキに首を向ける。口許は、まだ歪んだままだった。
カンナヅキは止める足にグッと力を込めたまま、ゆっくりと首を横に振った。だんだんと、ドライドの口許の歪みが消え、きゅっと結んだ横一文字が拳の力を抜いた。
「…取り乱して済まなかった。撤収する。恐らくそれも分体だ。奴は臆病者だ、直接姿を現すことは殆どあるまい。無事なミカグラユニットは回収して解析に回せ。俺は…私は先に戻る」
カンナヅキがドライドの背中を見つめる。ヤヨイはその背中を押した。
「ついてってやってくれ、後は俺がやっておく」
「兄さん…、わかった」
カンナヅキは足早に去るドライドの背中を追いかけた。
ヤヨイはグリーンカラーだったモノを振り返る。両足はなく、腕はひしゃげ、頭は原型をとどめていない。
(これは…なんて弁解したもんかなー…)
残念ながら他人に見せられるようなものではない。だが、ヤヨイには上手く処理する術は思いつかない。
仕方ない、とポーチからプラスチック爆弾を中心に貼り付け、少し離れて爆破する。
これなら爆発に巻き込まれてバラバラになったとでも言っておけばいい。ヤヨイはユニット部分が無事なサイボーグを拾いながら来た道を戻っていった。
ヤヨイは他人の過去に深入りしない。それは自分が深入りされたくないという思いから来ている。そもそも、ミカグラユニットを知る者が少ないこの世界では、彼はただの兄妹殺しに過ぎない。理由がどうであれ、それは他人にとって決していい顔ができるものではない。
グリーンカラーの言葉を信じるならば、ドライドには妻がいて、それをグリーンカラーが殺害、その復讐として、ドライドはグリーンカラーを殺した事になる。
指名手配犯を騎士が殺すことに、恐らくお咎めは無かったのだろうが、それで気が晴れたのかと聞かれれば、今日の様子を見る限り否定せざるを得ないだろう。
ドライドの中に潜む闇はかなり深そうだった。