2. ヤヨイ・ミカグラ(2)
店員から貰ったケーキを並べ終えた後で、思い出したように口元を緩めた。
(やっぱ人をからかうのは面白いな。他の人じゃ出来ないから弄れる人がいるのは楽しい)
手近なデザートから手をつける。窓の外を走るリニアカーを眺めながら、ミカグラはそう思った。
彼の職場は、主に二人の騎士のせいで結構ギスギスしてしまっている。一人はミカグラの同僚で、アンドロイドの女性、シャーロット・シャーロイド。彼女は潜入を得意とし、顔のスキン、体型、声まで変更して入り込むことが出来る、スペシャリストだ。
もう一人は、隠密部隊隊長、人間のフォルクローレ・ドライド、男性。彼は合理的且つ冷徹で、コンピューターよりもある意味機械らしい人間だ。
何故ギスギスしているかというと、シャーロイドは人間が大好き、ドライドはサイボーグ・アンドロイド撲滅派なのだ。加えてドライドの性格がキツいため、シャーロイドはいつも辛そうにしている。
とはいえ、ドライドは人間至上主義者ではない。ただ単純に、サイボーグが嫌いなだけなのだ。そこを勘違いすると、それはそれで彼は怒るのだ。かくいうミカグラも、お前はどっちつかずだからダメだと訳のわからない駄目出しを喰らった事がある。
(まぁ、俺にとっちゃ些事だ。仕事が出来りゃ、それでいい)
そう思っていた矢先、ダンッ!と机がぶっ叩かれ、乗っていたデザートが揺れる。
視線を上げると、まだ恥ずかしそうに顔を赤くしたままのリウノがミカグラに紙を突き出した。
ミカグラ曹長更生プログラムと書かれた紙を受け取り、本当に作ってたのかと率直な感想を呟いたあと、裏向きに伏せてデザートを食べ続けた。
「スルーしないでよ!」
ずいっ、と顔を近づけるリウノに、ミカグラは満面の笑みを見せた。先程までの小馬鹿にしたような笑顔ではなく、年相応で無邪気な笑顔だった。
「やっと敬語取れたな、何で俺の方が年下なのにリウノが敬語なのか不思議だったんだよね」
「そ、それは…かいきゅ…じ、事情を知ってるからというか、何というか…」
「いいんだよ、あんたとは普通に話したい。その方が仕事とか、周りに合わせるとか、変に気苦労しなくて楽だからさ」
リウノはキョトンとしたような顔をした後で、向かい側に腰を落とした。ぼす、とクッションが空気を吐き、背もたれにずるずると寄りかかった。目は閉じたまま、天井に向ける。
ミカグラが不思議そうにリウノを見る。また何か変なことを言ったのだろうか、と自分の発言を思い返してみても、特に何が悪いとはわからなかった。
やがて、リウノが大きく息をつき、視線をミカグラに向けると、軽い口調で尋ねた。
「私と友達になりたいってことでいいんですかね?」
「戻ってるし…。んー…、友達…友達かぁ…。うん、そういうことになるかな」
「じゃあなりましょう。はい、握手」
差し出された手を、優しく、羽根を摘むように握り返した。
と、そこで彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「友達、なりましたね?」
「お、おう」
「じゃあ、このプログラムやってくれますよね?」
「ふんぬっ」
「ああ!ちょっと!何するんですか!」
「ははは、ついつい」
「ついって言いながらさっきの紙がもうシュレッダーに掛けたみたいになってるんですけど!」
「HAHAHA!」
「そんな良い笑顔で言ってもだめです!」
「あら、カタルじゃない。今日は非番なの?」
不意に声を掛けられ、二人の視線がそちらに向く。声を掛けてきたのは限りなく人の顔を模したアンドロイドの女性だった。顔は勿論、髪の毛から虹彩に至るまで完璧に仕上がっている。それでも一目でそうわかったのは、二人ともこの人物を知っていたからだ。
「げっ、教授…!」
「そういう君は寝坊助ミカグラ君ね。いつも見てるわよー?いっくらチョーク飛ばしてもキャッチするから。自動防衛プログラムでも組んでるの?」
「は、はは、そんなところです」
「そんなの組む情熱あるなら、授業にも向けてちょうだいな。それと、久しぶりね、カタル」
「えぇ、久しぶりですねニキータ。もう教授なんて、スピード出世ですね」
「やめてよ、今サイボーグだったら誰でも簡単に成れる職なんだから」
友達だろうか、と二人が両の手を取り合って笑い合う様子を見ながら考えていると、ニキータは首を傾げた。
「それはそうと、うちの生徒が何かやらかしたかしら?何か話していたようなんだけど」
「あ、あはは、それは…えっと…」
「知り合いなんすよ。俺の育ての親の、実の娘さんです」
「…あー…そういう。ごめんなさいね、変な話させちゃって…」
「いや、そんなややこしいこっちゃないです。それなりに仲良くしてますしね」
ねー、とリウノに向けられた笑みにはわかってるよな、の一言。リウノは無い演技力をフルに活用してミカグラに話を合わせた。
「えぇ、そうなんです。すっかり不良になっちゃったんでお姉ちゃんとして更生させてあげないとと思いまして」
くすくす、と隣でミカグラの笑う声が聞こえる。
(お姉ちゃん…だってよ…!)
口元を手で隠し、抑えきれぬ笑いを隠していた。リウノはイラついた顔を隠さずにミカグラに向ける。がるるる、と犬のように唸りそうなその顔に、ミカグラは両の手を上げて降参した。
その様子を見て、所々嘘なのは透けて見えたものの、彼らの仲が良いということ自体は嘘ではないという判断をして、ニキータはリウノに別の話を持ち掛けた。
「そういえば、来週騎士団に関しての授業をやるんだけど、特別講師として来ない?」
お給金出るわよ?と人差し指と親指で丸を作ると、リウノは少し惹かれたようで、先ほどとは違う唸りを上げる。因みに、と口を開いた。
「それはどの程度…?」
「さぁ…?騎士団に聞かないとわからないわ。上司の方に聞いてみたら?」
「そうですね、部隊長ならわかるはずですよね」
そういってリウノは早速腕時計の端末から画面を空中に投影、ヘベルハスにコール。暗い画面で二、三コール音が響いた後、一本目線の兜が映る。パッと見た感じ忙しくは無さそうだ。
『どうしたリウノ、今日は非番だろう?』
「いえ、今日は別件で。ニキータ、説明お願いします」
「あ、私?えーと、アタマナ大学で講師をしているニキータ・アダマンタイトです。社会学を専攻して研究しています。実は明日の授業で騎士団について取り上げるのですが、ホンモノの方に来ていただけた方がちょっと面白い話が聞けるのでは?と思いまして…」
『それで、リウノを借りられないか、ということか。良いぞ、構わん。そういう事なら許可を出そう。少しでも騎士団に興味を持ってもらえたら幸いだ』
ドタバタと背後で音が聞こえ始めると、ヘベルハスは焦ったように早口になった。
『で、ではこれで失礼する!リウノしっかりやって…』
『何サボってんだ部隊長ぉおおお!』
そこで通信は切れ、リウノとミカグラは顔を青ざめさせた。途中までは良かったものを、最後の最後で要らぬものが入ってしまった。流石に一般人に対してこれを見せるのはまずかった。
と思えば、アダマンタイトはクスクスと嬉しそうに笑った。
「楽しそうな職場で良かったわ。じゃあ、来週の授業楽しみにしてるわ。内容的には騎士団の出で立ちと主な仕事、あとは今の世界情勢とかかしらね。40から50分くらいで計画立ててくれると有難いわね。でも結局お給金の事は聞けなかったけど大丈夫?」
「あ、そっか、計画も立てなきゃいけないんですね。わかりました。お金は大丈夫ですよ、今困ってる訳でもないですし」
「そう、よかった。じゃあよろしく。大学には私から話を通しておくわ。ミカグラ君は、休んじゃダメよ?折角のお姉さんの授業なんだから」
「へーい」
興味無さそうにケーキを頬張るミカグラに、アダマンタイトは肩をすくめた。
次回は8日の予定です