1.じゃれ合い
騎士誘拐事件の一件で、大学は一時的に休学となり、ヤヨイを含めた大学生は、暇を持て余すどころか、降って湧いた休みを謳歌していた。
それはミカグラ兄妹とて例外ではない。普段は学校でいないはずの兄が、というか10年以上居なかった兄がすぐそこにいるというのは、下手なイベントよりも心が躍るものだった。
特に心躍らせたのは、兄ヤヨイと11番目の弟シモツキの模擬戦だった。他5人の兄妹とリウノ、記録係としてロートスが演習場で主にシモツキがボコボコにされるのを楽しそうに眺めていた。
しかしこの弟、本当に負けず嫌いで、終わらせようとわざと負けると一気に機嫌をそこねて更に吹っかけてくる。そのため、最近は終わらせようとするものなら、スタンさせて担いで行くのが恒例となりつつある。
今日も今日とて、勝てなかったシモツキがヤヨイに担がれていく。
「くっぞぉぉおおおお!!!」
「俺としては痺れてるはずなのにそんだけ動けるのが驚きだよ」
「だろ!俺だからな!」
シモツキがグッと親指を突き立てた。
ナガツキが転がった棍を拾い上げてぐっと背中に押し込んだ。身の丈あった棍は自動的に収縮し、丁度背骨の位置に収まった。
「ま、お兄ちゃんにはまだまだ敵わなそうだけだねえ」
「兄ィが強すぎんだよ!」
「だがお前に無駄が多いのも確か、動きを研ぎ澄ませよ」
「ケッ!じゃあカンナは兄ィとやれんのかよ」
「少なくともお前よりはな」
「んだとコラ」
はいはい、とヤヨイが宥めてロートスの下に行く。今の戦闘の記録を壁に投影してもらい、それぞれ手合いの反省をするのだ。
ロートスが頷いて、壁に拡大投影させる。
最初の礼の後、シモツキがいきなり上に跳ぶ。ここでヤヨイが止めた。
「なんでこれ上に跳んだ?」
「え、何となく、勢い」
「…せめて前に跳べ。落ちてくるまでの時間で何かしら対処されるだろ。ナガツキなら撃ち落としてる」
「蜂の巣にしてやるぜぃ」
ナガツキがシモツキに指で作った拳銃を向ける。
「お前それ本当に出てくるからやめろ!」
「大丈夫だよ。わざわざ無駄弾使わないよ」
ヤヨイが続きを再生する。跳び上がりからの一撃を半身でかわし、棍を踏みつけて動けなくさせる。そこでシモツキは踏ん張って棍を取り戻そうとする。
「これが無駄なんだ」
カンナヅキが腕を組んでため息をつく。
「武器を押さえつけられた時点でそれはもう手放すべきだ。そら、殴られた」
「いーの!俺のアイデンティティーなの!」
喧嘩するほど仲がいいと言うべきか、二人を見守りながらヤヨイと他の者は映像を眺めていた。
ヤヨイがスルーした部分に、ミナヅキが反応する。
「あ、ここなんですけど、兄さん軽々と投げてますけど、そんなに軽くないですよね、僕たち」
「あぁ、シモツキの力を利用してるんだよ。勢いだけもらって、力は受け流して。ミナヅキは弓だったな、近距離に近づかれた場合には重宝できると思うぞ」
「はい!教えてもらってもいいですか?」
「あ、ミナだけずるいー!ナガツキにも教えて教えて!」
「はいよー」
三人が少し離れたところで練習を始める。先ずは投げられる側から始めたらしく、ドサ!ドサ!と地面に叩きつけられる音が響く。
それを横目に見ながら、ロートスはリウノに言った。
「ここにいると、こっちまで幼くなった気がするな」
「そうですね。私としては、微笑ましくていいですけど」
「まぁ、それは別にいいんだが…。本当に実戦に投入できるのか?」
「さぁ…?それは総帥にしかわかりません。わざわざ全員集めて別部隊にしたんですから、もしかすると出動させる気もないのかもしれません」
「それはそれで、何か嫌だな」
給料泥棒している気分だ。
そうつぶやいて、映像に向き直る。