21.後日、それから…
後日、ミカグラは病室の前で足踏みしていた。部屋の中には、先日助け出した彼女がいる。それに加えて、自分と彼女の上司も同室という余計に入りにくいコンボを決められており、手に持った花束をどうしようかと悩んでいた。
と、其処で、ガラ、と病室の扉が開く。一瞬、体が竦む。
「た、隊長…」
「さっきから影で見えているぞ、サッサと入れ」
自分と同じくらいの身長のドライドが大きく見えるほどの威圧感を感じて、こくこくと頷くだけだった。
ドライドが引っ込み、おずおずと部屋の中に入る。
「あ、ヤヨイ、来てくれたんだ」
敬語もすっかりとれて、本当にお姉さんっぽくなったリウノに、たじたじになるミカグラ、少し恥ずかしそうに花束を渡した。
「まぁ、一応、姉になったわけだし」
「ふふ、ありがとう。でも検査入院だけだから別に良かったのに」
あの後四人は回収に来た部隊に拾われ、ドライドとヘベルハスは病院に直行、泣き疲れて寝てしまったミカグラと特に外傷の見当たらないリウノは一度救護室で簡単な手当てを受けた後、総帥の自宅、つまりリウノ家に送り届けられた。
そこで目を覚ましたミカグラの動揺っぷりと言ったら、まさに茹で上げられたタコのようだった。目が醒めるまでリウノの膝枕にあやかり、ずっと頭を撫でられていたのだから、まだまだ青臭い彼にとっては恥ずかしいことこの上なかっただろう。
頭を抱えて丸くなって床を転がりまわっていた。その姿を見て、リウノはその場で決めた。
『よし、私が本当のお姉ちゃんになってあげる』
騎士団に入れるために養子として迎えられていたミカグラは、戸籍上では家族の一員だったのだが、ミカグラの希望で、住むところも、名前も、そして部隊も、彼の娘とは被らないようにして欲しいとお願いしていた。
彼にとって、家族は兄弟だけだった。その事を忘れないようにする為、と言っていたが、本当のところは定かではない。
ただ、彼がその小さい背中に、残りの兄妹8人を背負おうとしていた事は確かだった。
最初は断固という風に拒否していたのだが、帰ってきた総帥が、兄妹達を別の形で引き取る事を彼に伝えると、ふっ、と肩の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。その肩に総帥は優しく手を置き、彼の口からも、同じような言葉をかけられた。
『正式に、ウチの息子にならないか?名前は変えなくてもいい、部隊もそのままでもいい、ただ、家に住んで欲しい。そして、私達を頼って欲しいんだ』
その申し出に、ミカグラはただ、頷いた。それから、総帥が買ってきた七面鳥の丸焼きを三人で囲って、その日を過ごした。
久々の感覚だった。誰かと一緒に食べる食事は、ミカグラにとってはもう10年もしていないことだった。
うっかり、泣いた。嬉しかった。
その後、リウノに検査入院の通知が来て、病院で一晩過ごし、今に至る。
「おうおう、姉ちゃんができて嬉しいか?少年。いや、少年って年でもねえか。青年?」
「俺に聞くんじゃない、戯けが。お前も男なら見舞いくらいで恥ずかしがるんじゃない」
まだ腕にコードが繋がっているヘベルハスと、静かに本を読むドライドが、二人を見て言った。正直恥ずかしいのはその事ではなく自分が恥も領分のない泣き顔をリウノに晒してしまったことなのだが、二人はそれも恥ずかしいとは思わないらしい。
「でもお姉さんもいたんでしょ?」
「あぁ、うん、いたよ。キサラギって言うんだけど、槍使いだったから槍姉って呼んでた」
「ヤヨイはなんて呼ばれてたの?」
「俺は、やっくん。俺はあんまり下の兄妹達と年離れてなかったから、呼びやすいように呼ばせてた」
「そうなんだ」
「あ、そうだ二人とも、異動の話は聞いてっか?」
話に割り込むようにヘベルハスが声をかけてくる。異動の話は今初めて聞いたため、二人ともぽかんとしたままヘベルハスをみている。その向かい側のドライドはその話に眉をひそめ、こめかみに青筋を浮かべ始めた。
(あ、これ、あかんやつか?)
ミカグラが身構えつつヘベルハスの話を聞く。
「俺たちと、お前の兄妹どもで、新しい部隊を立てるそうだぜ。『威力強襲部隊』だってよ。後俺たちの好みで一人ずつ好きなやつ引き抜いていいそうだから、12人の部隊になる」
「俺んところには通知なかったですけど」
「俺たち部隊長のみに先に通達される。だがやはり納得いかん、なぜ、なぜ俺がこいつと組まねばならんのだ!」
「まぁまぁいいじゃねえの、仲良くやろうぜ」
「断る!断固拒否する!誰が貴様の尻拭いなどやってやるものか!」
「隊長ここ病院です」
やんわりとミカグラに諭されて余計にビキビキと青筋を浮き上がらせるドライド。が、それも直ぐに嘆息に変わる。諦めがついたようだ。
「え、え、ちょっと待ってください。私、実戦経験なんて皆無ですよ?!」
「だから、ここで積め。大丈夫俺たち、って言うかミカグラがついてるだろ。大丈夫だって」
「………」
無言でミカグラを見るリウノ、ミカグラは少し驚いたように瞬きをした後、頬を掻いて頷いた。ほんのりと顔が赤い。
「じゃあ、また後日会おう。楽しみにしてんぞ、ミカグラ兄妹」
「俺も、楽しみです。10年会ってないもんですから」
「だろうな」
それじゃあ、とヘベルハスの背後の壁が開き、ヘベルハスが吸い込まれていく。自動で診察室まで連れてってくれるので、便利なものだ。
「んじゃあ、俺もそろそろ行くよ」
「ん、わかった。荷物の整理とかでしばらくあっち戻るんでしょ?待ってるね」
「あ、うん。わかった」
じゃあ、とそそくさと出て行った。それを見送って、ドライドは肩で笑った。リウノも、何となく理由がわかっているようで、ふふふ、と小さく笑う。
「可愛いでしょ、私の弟」
「全くだ。年相応、いや、少し幼くなったな。だが、この10年分を今お前のお陰で取り返せているのだろうな。俺も余計に悩ませてしまったようだしな」
「そうなんですか?」
「あぁ、気が立っていた時にな、お前はサイボーグか人間かよくわからんからダメだ、なんてわけのわからないことを言ってしまってな。随分と、悩ませてしまった」
「それは…ヤヨイの中で答えが出たって事ですか?」
「というよりは、お前がそれを断ち切ったんだよ。あの時、お前はあの子を人間だと言い切った。その時にいろいろと吹っ切れただろう」
「あ、聞いてらっしゃったんですね…」
ちょっと恥ずかしそうにするリウノ。ドライドは窓の外を眺めて、呟いた。
「本当に、楽しみだよ。あいつの兄妹に会うのは」
青く、高い空には、雲が寄り添うように浮かんでいた。




