19.降ってきた幸福
「ひぃぃぃいいやぁぁあああああああああああああああああああ!!!」
叫び声をあげながら磔にされたままのカタルが天井に空いていた穴から落ちてくる。
「カタル?!」
丁度落ちてくる真下で、受け止める体勢を作る。
「ミカグラさん!」
(あれ、これ俺受け止められないんじゃ…)
余計なことを考えた一瞬で、落ちてくる場所の細かい修正が疎かになる。
ゴシャ!
「いった!!!ぁわわわ…へぶ!」
ベチャ。
「あ…ごめん」
磔の両手部分が先に地面にぶつかり、そのままリウノが下敷きになる形で倒れた。
その一部始終を見送ってしまい、ハッとして磔を起こした。
「ばーかばーか!!受け止めてくれるって思ってたのに!!」
「それはホントにごめん。怪我は無いか?」
磔のプラグに手首から伸ばしたコードを差し込み、ハッキングして無理矢理解錠させる。手足が自由になったカタルはそれに答えず、無言でミカグラを見つめる。
「…えっと、怒ってる?」
「………、こわかった」
「へ?」
「こわかったですぅうう!ありがとぉぉぉおおおお……」
「ちょちょちょ!!」
押し倒される様に抱きつかれ、身動きが取れなくなる。号泣しながら更にキツく抱きついてくるリウノの頭を撫でて、体を起こす。
そこでハッとしてピタッと泣き止んで肩を掴んでミカグラと顔を合わせた。
「でも父上は私を助けに来ないはずです。どうしてミカグラさんはここへ?」
「ヤヨイでいいよ、いい加減。そりゃお前、友達なんだから、助けに来て当たり前だろ。理由つけて押し通したよ」
それから、と斧が突き立つ方角に目をやった。先程の揺れで、粒子を纏っていた部分が落ち、元の大きさになっている。
「兄貴としての責任を果たしに来た」
その側に横たわる人間に気付く。
「彼は、あの時のピエロですか?」
「あぁ、そうだよ。訳ありで全員血繋がってねえけど、11人兄妹の、5番目、俺の二つ下の弟だった」
「それを、あなたが…?」
「…ほとんどそんなもんだ。結局、俺が完成しちまったせいであいつらまで巻き込んじまった」
リウノは、手を広げてミカグラに言った。
「そんなこと言わなくていいです。そんな事より、やりたいこと、あるんじゃないですか?」
「やるべき事はやったと思うんだけど…」
「そうじゃないです。いいんですよ、甘えて。私はお姉ちゃんなんですから。だから我慢しないで、泣きたい時は泣いて下さい」
ミカグラは目を丸くした後で、はは、と笑って流した。
「大丈夫だよ、俺は男だから」
「関係ない!」
ぎゅっと、抱き締められた。
「関係ないよ、そんなの。家族が亡くなって悲しくないわけないじゃない。悲しいときに泣かないでどうするの?あなたは兵器なんかじゃない、人なんだから」
ずっと、考えていたことが、胸の中で固まっていたつっかえが、溶けていく感覚。
そのつっかえが完全に溶けた時、押さえ込んでいたものな堰を切って溢れ出す。
「ぅ…ぐ…、ふ…ぅぅぅ……」
嗚咽が漏れ出す。ただ、静かに、彼は姉の胸を借りた。
その二人を壁に寄りかかりながら、二人は見ていた。先程の揺れで目を覚ました二人は、正面の壁が無くなっていること、あのピエロのこと、リウノが無事なことだけを把握し、揃って息を吐いた。
ヘベルハスはかろうじて動く何処からかタバコを取り出してドライドに差し出した。
「どうだ、一本」
「お前吸えないだろ。なんで持ってんだ」
「昔の名残だ。吸えねえのに何故か買っちまう」
「…お前もまだまだ人間か」
「そうみたいだな」
二本取り出し、両方に火を点ける。そして一本をヘベルハスに渡した。
「お前こそ、もう吸わねえって言ってた割にゃ、ちゃっかり火持ってんじゃねえか」
「うるせえ、黙って持ってろ」
自分はタバコを口の端に咥え、眠そうに天井を見上げる。
「疲れた…」
「全くだ。結局、黒騎士に持ってかれたな」
「俺の部下だぞ、こんくらいあたりまえだ」
「はっ、お前が育てたんじゃあるめえに、偉そうに言ってんじゃねえ」
「チッ、ちょっとは乗っからせろよ、どうせすぐに抜かれるんだからよ」
「違いねえ。でもよ、やっぱり、あいつもちゃんと人間やってるじゃねえか」
リウノに抱きとめられ泣いている自分の部下を見て、ドライドはタバコの煙を吐いた。
「あぁ、そうだな」