1.ヤヨイ・ミカグラ(1)
身長182センチ、体重122キロ(←なんで?)、21歳、国立アタマナ大学第三学年、所属サークル無し、交友関係も良好、人間、サイボーグ共に別け隔てなく接している。
「…と」
手帳の殴り書きを見ながら、カタル・リウノは大学の柱の陰からミカグラを見守っていた。無論こんな事をするまでもなく、データベースには彼の情報が載っている。それはもう既にメモを取った。
彼女が欲しいのはそんな上辺だけのものではなく、彼が普段はどの様な生活をして、どのような顔をしているのかが知りたかった。
(もしお友達とつるんで変なことしてたら、纏めて更生させてあげますからね!)
ガッツポーズを取るその肩を掴まれる。
「君、何してるの?」
振り向くと、警備員二人が笑顔でリウノを見ていた。リウノは堂々と胸ポケットに入れていた騎士章を取り出す。
「第四騎し…」
「すいません、俺の友達なんすよ。ほら行くぞカタル」
「え、まだ名乗ってない…」
「(ここで騎士団の名前を出したら一般市民が不安になる、そのくらいわかれ馬鹿たれ)」
「…! はい…ごめんなさい」
リウノをひきずり唖然とする警備員から離れ、近くのカフェに入る。丁度空いていたテーブル席に通され、ミカグラとリウノの向かい合って座った。
店員にアイスコーヒーを二つ注文し、離れたのを見計らって、手首からイヤホンを伸ばし、リウノに差し出した。リウノが驚きつつもそれを受け取り、耳にはめ込むと、目の前の男の声が聞こえてきた。
『そちらからも思考するだけで此方に聞こえるようになっている。俺の質問に答えろ、リウノ一等。何故俺の周りを嗅ぎまわっている』
リウノは視線を上げられずに、テーブルを見たまま、答えた。
『昨日お話ししたことを実行しようと思って』
『…更生プログラムの事か?』
『…はい』
ミカグラは呆れたようにため息をつき、頬杖をつきながら人差し指でテーブルに音を刻む。規則正しい音を響かせながら、ミカグラはリウノの言った。
『悪気が無いようなのでこれ以上は不問とする。ただ、一つお勉強だ、リウノ一等。我々騎士団が向かうところには何がある』
『事件…犯罪でしょうか?』
『そうだ。それを解決する為の騎士団だ。その騎士団が、突然自分の周りに現れたらどう思う?しかも、コソコソ隠れて何かを探っている。一歩間違えれば、俺や友達が犯人になる事もあり得た。わかるな?』
『はい…』
『ならよし』
ミカグラはイヤホンを回収し、手首に仕舞い込む。やはり不思議だ。彼はアンドロイドでは無さそうだし、いや、アンドロイドならあの体重も納得がいく。
「ミカグラそうち…さんはアンドロイドなんですか?」
「…?なんでそう思うの?」
あ、どーもー、と店員が持ってきたコーヒーをリウノの前に置きながら、彼は不思議そうに首を傾げた。その手は休まずガムシロップをコーヒーに注ぎ続けている。
「いえ、体重が人間のそれではなかったので気になりまして。それとガムシロ入れ過ぎです。それ十個目ですよね」
「俺甘党なの。それに関しては、まぁ、一応人間だよ。詳しい事は言うなって言われてるから言えないんだけどね」
「十五個目、流石に糖尿になりますよ。誰にですか?」
「ジョウトウニョウ。それも秘密。別に意地悪してる訳じゃないから、安心してくれよ」
「面白くないです。そうなんですか」
ガムシロップを二十個開けたところでようやく彼はストローをコーヒーに挿した。リウノには彼が飲んでいるのはコーヒーではなく砂糖だと頭の中で断言しながら、自分もガムシロップ二つとクリームを開けた。
ストローで良くかき混ぜ、全体に行き渡ったところで一口、リウノは苦いのが得意ではないのでこのくらいが丁度いい。
「っていうか、そんなに砂糖入れて良く太りませんね」
「俺は人よりエネルギー喰うの。これでもちょっと足りないくらいだ」
「それって、秘密と関係あるんですか?」
「まぁね。あ、今日はカタルの奢りね。俺に迷惑かけたから」
「エッ!ちょ、ちょっと待って!」
急いで手持ちのポーチを確認し、財布を広げる。うん、と頷いて、リウノはミカグラに頷いた。
「あとコーヒー一杯位なら…何とか…!」
ミカグラはストローを口から落とし、リウノを少し見つめた後、腹を抱えて笑いだした。
「くっ…ははははは!!アンタそれで良く昨日奢るなんて言えたな」
「き、昨日は特別手当が出てて!それで…!でも、もう口座に入れちゃったので手持ちが…」
いーよいーよ、とミカグラが楽しそうにストローを咥えた。
「普通に笑えたのは久々だ。ここは俺が出すよ。俺まだ色々食べたいし」
「いや…それは私のプライドが…」
「金ないんだろ?」
「ぐっ…」
ミカグラはメニューを広げて店員を呼び付けると、メニューの端を指差し。
「こっから、ここまで、全部一つずつ。経費で」
「はい?!経費?!!」
「ここ、騎士団と俺公認。というか、俺はこんだけ食わないと動けなくなるから、経費」
その分仕事はしてるからな。
リウノは昨日の映像を見て、姿勢を正した。
「やっぱり、その仕事じゃないとダメですか?」
「…どゆこと?」
「隠密の事です。確かに仕事とはいえ、普通、少しは戸惑いがあってもいいと思うんです」
「戸惑い…ねぇ…」
コーヒーの残りを吸い上げた後で、彼は窓の外に視線を投げながら、口を開いた。
「もう捨てたよ、そんなの。やらなきゃ、殺られる。あんたも昨日でわかっただろ。彼奴らに遠慮なんて言葉はない。
サイボーグ至上主義も人間至上主義も、お互いがいなくなるまでこの争いが消える事はない。し、消えない限り、騎士団の仕事はなくならない。最終的に、自分達が生きてればいいって奴らなんだ、遠慮や戸惑いなんて持ってたら今頃土の下だろ」
「それは…わかってますけど…」
ため息をついて、テーブルに身を乗り出し、リウノに顔を近づける。
「いいか、今も何処かで争いが起きていて、そのせいで誰かが死んでる。正義を語るなら、その犠牲を放置していいわけないよな。
俺たちの仕事は、争いを無くす事じゃない。争いから他の人を守る事だ。その為に一々手段を選んでいたら、守れるものも守れない。もちろん隠密である必要は無いだろうよ、でも隠密でしか出来ないことも確かにあるんだ。わかるだろ?
だから、俺は俺の出来ることをする。俺にそれが合ってるって言うんなら、俺はそれをやるだけだ」
リウノは、ずっと俯いたままだった視線を上げ、ミカグラの顔を見る。
真っ直ぐ、視線は返ってきた。
(そっか…)
リウノはまた視線を下げた。
(それも、一つの正義ですよね…。私…押し付けがましかったみたい)
リウノは視線を上げて、一つ一つ運ばれてきたデザート達を見比べる。
「一つ、下さい」
「…?別にいーけど、どしたの?」
「私も、今エネルギーが欲しいのです。では、遠慮なく」
リウノは近くにあったショートケーキの皿を取り、カゴからフォークを取り出すと、迷わずど真ん中に突き刺し、そのまま持ち上げた。
「…お前まさか」
一瞬だった。ミカグラが言い終わる前に、ショートケーキはリウノの口の中に収まっていた。唖然とするミカグラ、リウノは口の中を処理するので手一杯で、ミカグラを不思議そうに見ることしか出来ない。
こっちがそんな顔したいわ、と心の中で思いながら今の光景を整理する。今、彼女が取ったショートケーキは細かい大きさはわからないまでも、それは確かに彼女の口より大きかった。それは確実にわかっている。
それが今、一口でその姿を消した。
流石の超甘党ミカグラでもそんなことはしない。というか人間離れし過ぎて出来ない。
こいつは本当に人間か?と疑いながら、リウノの口許についていたクリームを指で取って舐めた。
「なんかお前、俺より人間離れしてるよな」
「………、へ?い、いいいいま、舐めました?」
「?あぁ、クリームな。ついてたから…」
「なななな!何してるんですか!外で!しかも会って二回目の女性に!女性に!」
「…?ついたまま出る方が恥ずかしくないか?」
「私はこの方が恥ずかしいです!そういうのは、こ、恋人が…こう…きゃっきゃうふふっていうか、いちゃいちゃっていうか…、そんな時にやることなんです!」
顔を真っ赤にして机を連打するリウノにどうどう、と手綱を取るように両手をかざす。
「とりあえず外でやらなけりゃいーんだよな?」
「そういうことでもないんです!あーもう!鈍い!」
「鈍い…?」
「そうです!私帰りますからね!」
そういってカバンをふんだくり、リウノは店を飛び出していった。ミカグラは呆気に取られたまま、店員が持ってくるデザートをテーブルに並べた。
次回は6日の投稿です