18.災厄
指を鳴らしながら、アダマンタイトが降りてくる。
「てめえ…!」
「あなたの相手はあっち。ほら、ちゃんと受け止めてあげてね、お兄ちゃん」
指差された先には、赤い粒子を溢しながら呻く弟の姿があった。剥き出しの闘争心と定まらない理性の在り方に、ミカグラは拳を握った。
奇しくもそれは、二人の兄妹と対峙した時と同じだった。
だが、圧倒的に足りないものがある。
(さぁ、もっと見せてちょうだい。その圧倒的な力を、災厄と言わしめたその姿を)
災厄の装甲はまだその全てを曝け出していない。ミカグラは既に制御が出来てしまっている。ともすれば、もう一方に現出させればいいだけのこと。
「何でもかんでも薬で思い通りになると思ってんじゃねえだろうな」
溢れていた赤い粒子が止む。心臓は赤いままだが、それでも彼は、仮面を投げ捨てて、斧を突き刺した。
「!! 薬は完璧に仕込んだはず…!」
「頼りすぎなんだよてめえ。いい加減、体が慣れるぜ。兄弟水入らずなんだから邪魔してんじゃねえよ」
首をコキコキと鳴らしながら、サツキは首をさする。その顔の左半分は火傷の痕で大きく肌が焼けており、恐らく視力も大分落ちていることだろう。
「兄貴、どうにかして貰えんなら勿論どうにかしてもらいてえもんだけどよ、生憎と、副作用が強過ぎて、俺の身体はもう、もたねえ所まで来ちまってるんだろうよ。痛み止めも、切れちまった。だから、最後に頼みがある」
「言ってくれ」
「一発、殴らせろ」
綺麗な、あの頃のままの笑顔で、兄に頼んだ。ミカグラは大きく頷いて、装甲を外し、弟の下へ歩み寄る。目の前まで来ると、弟は宣言通り、拳を振りかぶる。
「ふっ」
とす。
「っ!サツキ!」
胸を捉えた拳は、羽根のような軽さで、逆に彼は跳ね返されたかのように反動で後ろに倒れた。
「すっきり…したぜ…」
大の字に寝そべる弟の手を取る。機械の重さがズシリと掛かった。
「兄貴に…一撃…俺が…はじめてじゃ…ね?」
「バカ野郎…、剣兄と槍姉にはいつもボコボコにされてたっつの。忘れたか?」
「あぁ…そう…そうだった…。10年…経ってんだから…ど忘れ、だっての…」
「そうだよな、10年も経ってんだもんな…。ごめんな、10年も…、お前ら待たせて…」
「ははっ…俺たちが……暮らせてた………兄貴の…おかげ……知ってた………」
だんだんと口が動かなくなっていく。薬の副作用が言語野を奪うまで進んだのだ。
兄達の司法解剖の結果を、ミカグラは覚えている。脳の理性などを司る部分が焼き切れるように萎縮していた。それが薬の効果であり、副作用として、薬は脳の至る所を食い散らかしていた。
「あ…りがとう………あに…き」
「………、あぁ」
「…ばいばい」
頷いて、手を置いた。
(なによこれ、何なのよこれ。体が慣れた?んなわけないでしょ、また失敗?ふざけないでよ、どんだけ時間掛かったと思ってんの?)
持っていたランプを投げ捨てる。ガラスが割れ、中の液体が飛び散った。
「お前の望んだデータは取れたか?」
「はぁ?んなわけないじゃない。どうしてあなたの兄弟はみんな出来が悪いのかしら」
「…そうだな、中々馴染めなくてうじうじしてたけど、根はすげえいい奴だった。真っ直ぐで、人を疑わない、要領も悪いしバカだったけど、それでも、俺の大事な弟だった。血は繋がっちゃいねえし、年もバラバラ、出生なんざ知りもしなかった、でも俺の弟だった」
心臓が白銀の粒子を吐く。それはミカグラの背後で巨大な鎧の上半身を形作る。二本目線の兜に、胴体とほぼ同じ太さを持った白銀の腕。更にそれを護るようにガントレッドが肘まで覆い、その太さを増している。
それ以降、粒子は形を作らなかった。だがそれだけで、その空間の天井まで届いてしまった。
(嘘…、30mで半分…?!)
「お前にデータを一つ、くれてやる。だから、死ね」
ミカグラの動きに合わせ、その巨体が拳を振りかぶる。
「災厄の、装甲…!」
その拳は、空気の壁をもぶち破る。
ゴォゥッッ!!!
ジェット噴射をしたかの轟音が一瞬だけ叫ぶ。そして、地面が揺れる。
直下型の地震が起きたのかと錯覚するほどの強い揺れが、全身を襲う。それでも、施設が壊れることはなかった。
(このくらいは想定済みってか、博士)
どれだけ、免震、耐震を施したか、壊れなかったというだけでその耐久性には畏れ入る。
巨大な騎士の半身が霧散し、辺りを見渡す。目の前に壁は無く、施設の隠れ蓑になっていた廃墟達がその姿を見せている。




