17.対峙
声が聞こえた。
気の所為かもしれないが、確かに、聞き覚えのある声だった。
何処まで進んでも変わらない道を進むよりも、道は壁を破って作った方が正しいこともある。
それが彼に与えられた、破拳の装甲の信条であり、彼の信義でもある。
「壁は…」
心臓が青い光を放つ。コートの隙間から粒子が右拳に集中する。大きく一歩下がる。
「ぶち壊すッ!!!」
拳が風を斬る。左足の踏み込みと同時に放たれた拳は爆発的な破壊力でもっていとも簡単に壁を打ち砕く。
間にあった二つの通路の壁をも貫通して、インパクトはあの空間にまで及んだ。
ピエロが余りの風圧に斧を地面に刺して支える。インパクトは向かいの壁に巨大な凹みを作って止まった。
出来た道を、悠々と歩いて行く。装甲で固めた脚部が、硬い音を響かせる。
その足音は、ピエロにとってどう聞こえただろう。
恐怖か、幸福か、哀愁か。
「遅え、遅えぞ…」
否!
「クソ兄貴ぃぃィイイイイイイイ!!!!」
歓喜!そして凄まじいまでの憤怒!
その仮面で隠れた顔は確かに笑っていた。それが投薬によって感情の壊れた彼に残された唯一の顔《表情》、その顔に込められた唯一の意志。
殺意。
勇ましい斧はその性質を変える。明滅が色を変え、赤く染まっていく。
(そう、其処までは前回も行った。そこから、装甲が現出すれば…)
先程の部屋でモニターを見ていたニキータがペンを回す。
しかしミカグラはまだ、悠々と歩いている。先程と同じように上体を捻り、ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐くピエロは、ミカグラに向かって斧を振るう。
ゴァッ!!
先程とは対照的な、赤い奔流、粒子が象る、巨大な斧。
「あんたら科学者が自分の設定したことを忘れたとは思えねえが…」
ぐっ…、パァンッ!
「ッ!んだとぉ!」
軽く拳を握った裏拳で、斧は粉々に砕け散った。
「俺らの心臓燃やしてえならな」
兜もコートも投げ捨て、胸に手を当てる。
「赤じゃ物足りねえんだ」
心臓が開く。その色は青でも、赤でもなく、白。真白な光が拳を包む。手の甲だけを護る白銀の手甲は電光の光を反射し、輝きを放つ。
「サツキ、来いよ。10年分、しっかり遊んでやる」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!!!」
地面に足がめり込む程の踏み込み。恐ろしい程に速いはずの兜割りは、コツン、と拳が当たった音だけでその軌道が逸れた。
「もう一回やり直し、そんなんじゃ兄ちゃんは感動しないぞ」
逸らした斧の柄を掴んで元の位置に投げ飛ばす。
投げ飛ばした後で、壁際にもたれる二人を見つける。
「中尉!隊長!」
駆け寄って、先ずはドライドの脈を測る。とく、とく、と僅かながらに感じられる心臓に安堵しながら、隣の中尉を見る、片腕が無いのはこの際大した損害ではない。兜の天辺の一部をズラす。黄緑のランプが点滅していた。
本体を動かせるだけのエネルギーは無いが、魂を定着させるための予備電源は生きており、ヘベルハスがまだ生きていることを示した。しかしそれも長くは持たないだろう。恐らくドライドが持っているであろうバッテリーを漁る。
「あった」
転がっていたのとは別のバッテリーをヘベルハスの腰のプラグと繋ぎ、安置する。
「サツキ、お前がやったのか」
「そうだよ、それがどうした。んなこたーどうでもいいだろ」
容易く投げ飛ばされたことで逆に落ち着いたのか、青い光を取り戻した心臓を確認しながら、ピエロは斧を握る。
「どうでもよくねえんだ、兄ちゃんにとってはな。俺が決着つけるって決めたんだから、大問題なんだよ」
「決着?兄貴はどう決着つけるってんだ?逃げたって、結局変わらなかっただろ。また、実験台に逆戻りして、ウヅキも死んだ」
「そうか…、ウヅキも…」
「そうだ、アンタが殺した。アンタが進化なんてしなけりゃ俺らは…!」
「恐らく全員投薬されるか、廃棄で仲良くスクラップ行きだった。そういう話だったんだよ。騎士団で全部調べてもらった。成長する金属は国の求めでも、進化する事までは入ってなかった。一人の科学者の独断で、俺たちは今こうしている。
おかしいと思わなかったか?あんなに一緒だった兄妹で、急に殺し合いなんてするわけないだろ。お前もされたのと同じ薬だ。落ち着いてる今ならまだなんとかなるかもしれない」
ピエロに、サツキに、弟に手を差し伸べる。他ならぬ弟だからこそ差し伸べる手は、一番最初に、兄達と会った時が思い出された。
『サツキも一緒に遊ぼうぜ!俺たち兄弟だろ?遠慮すんなって!』
(あぁ、最初も、こんな感じだったか…。つっけんどんで、馴染もうとしなかった俺に…兄貴が…)
ドクン、と胸に痛みが広がる。
「困るのよ、そう何回も連れ出されるとね。管理が大変なのよ、わかるかしら?」