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転生騎士  作者: 如月厄人
第六章 魂の行き先
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とある老人の独白

 最初はほんの小さな成功だった。


 小学校に入る前から、さまざまなことに興味を持ち、悪ノリした親が簡単な化学実験を彼に見せた事が始まりだ。

 ムラサキキャベツの汁を使った簡易的なリトマス実験。汁に身近な液体を少し入れるだけで大きく変化する液体に彼の心は大いに踊った。


 その実験は、彼に化学の面白さを直近に教え、そこから発展して科学実験へと発展していく。多くの子供達が外で遊ぶ中、彼は外で太陽光を用いた回路を作り、ラジコンを作り上げたり、雨の日には雨水がサッシから流れ落ちる力を利用して、小さな水力発電機を作ったりと、親の知識をふんだんに吸い取り、いろいろな実験を行った。


 とはいえ、彼の両親はごく普通の商社マンで、科学に生きたわけでは無い。教えられることはすぐに底をついた。

 しかし、子供がこれだけ実験を楽しんでいるのならば、と両親は近所の科学実験教室へと足を運んだ。


 そこで出会ったのが、恩師サンジェルミ・ニッセンである。

 サンジェルミは物質学における魂の具現化、具体化の研究しており、研究に行き詰まった所で、同僚含め、リフレッシュがてら子供達と触れ合ってこい、とのお触れを受けて、偶然にも彼のいる科学実験教室にお手伝いとしてきていたのである。


 子供達の喜ぶ段ボールで作る空気砲の準備の最中、サンジェルミは彼に話しかけられた。

 内容は至極単純な問いだった。


 おじさんは何の研究をしているの?


 学校にも通っていない子供だというのに、口調はしっかりとしており、その手にはメモ帳、手のサイズに合わない鉛筆を握りしめていた。

 サンジェルミは自分の研究を簡潔に説明してみせる。


 おじさんはね、魂を目に見える形にしたいんだ。


 鉛筆が動き、メモ帳に文字が並ぶ。そのメモ帳には、これまで他の研究者達に聞いてきたであろう研究の内容が羅列されていた。

 ワームホールを人為的に発生させられないかの研究、実体を持つホログラムの生成、質量を維持したまま物質を透過する研究、人の欲を読み取りモニターする研究、自然増加する金属物質の人為的精製、他にも様々な研究内容が羅列されていた。

 彼はメモを取り終わった後、笑顔で言った。


 大きくなって、まだ研究がおわってなかったら、ぼくが完成させてあげるね!


 無邪気な言葉に、サンジェルミは未来の安泰を感じていた。

 こんなに科学が好きでいてくれる子がいるのだ。先立として、恥ずかしい背中は見せられない。サンジェルミは彼に頷き返し、その日は仲良く空気砲ので遊んだのだった。


 だが、彼がやってくるのは早かった。


 数年後、学界に衝撃が走った。

 人の欲を読み取るためのユニットが作成され、取り付けた人間の欲の抽出に成功したのである。

 これにより、植物状態の人間から、僅かながらの信号を拾い上げ、その要望を叶えることが出来るようになったのである。そして、安楽死を望む人数が一定数を超えた所で、サンジェルミのところへ彼はやってきた。


 エクトプラズムを見に来ました。


 当時のサンジェルミは、魂の断片とも言えるエクトプラズムの観測に成功しており、人が死んだ際に減少する12グラムの謎へと迫りつつあった。しかし、この観測は一度きりであり、それ以降、観測は出来ず、また研究は行き詰まっていた。

 何故なら、人の死に目などそうそう無いからだ。

 身体の大きさに関わらず12グラムで一定である人間の魂を観測するには被験者があまりにも少なく、また、調達するにも人道に反する要望であるため、一度きりの偶然以降、その被験者の調達に苦戦していた。


 そんな時に彼は大勢の被験者を連れてやってきたのである。


 植物状態で、安楽死を望む人間であれば、人の死を観測することは可能であり、それも非合法ではない。

 サンジェルミは彼に感謝をすると共に、戦慄を覚えた。あまりにも、到達するまでが早すぎる。

 だが、この機会を失えば、この大勢は安楽死によっていなくなり、以降その人数の調達は無理だと言える。もはやサンジェルミには拒否する材料は持ち合わせていなかった。

 サンジェルミの研究チームに加わった彼は、メキメキと頭角を表し、複数回に渡り、エクトプラズムの観測に成功した。

 その実験と並行して、サンジェルミは彼に道徳を説いた。エクトプラズムは人から離れた人ならざるものかも知れないが、それは確かに人であったものだ。また、人でなかったとしても、生きているものに対して敬意を払い、その死を冒涜するような行為はしてはならないと。


 ならばと彼は尋ねる。


 何故魂の在処を探すのですか?


 サンジェルミは、少し迷った後、わずかばかりの恥ずかしさを見せながら、口を開いた。


 私は、神様に会いたいんだ。

 神話上の神様でも、一神教の教えにいるような神様でもいい。神様に会いたい。でもそのためには、神様に会える状態がある事を証明しなきゃいけない。魂があることが確立出来れば、人は神様に会いに行ける可能性がある。そう思える。

 無論、私が神様のところに行けるとは限らないけどね。これだけ人の死に目を見てきたんだ、地獄にいるエンマ様とやらに会うことになるかもしれない。でも、それでも、魂が有るから、こんな話が出来ると思っている。だから私は魂の存在を確立したい。

 そして、その行先を見届けたいんだ。


 彼は首を傾げた。神の存在などカケラも信じていなかった彼にとって、科学研究者であるサンジェルミの口からオカルティックな単語が出てくるとは夢にも思っていなかったのである。

 しかし、これからやる事はわかった。

 まずは魂を確立させればいい。確立させるのであれば、エクトプラズムの状態ではなく、物質で有ることが望ましい。となれば、エクトプラズムが定着出来る物質の精製が必要だ。


 サンジェルミの下から一時的に離脱した彼は、エクトプラズムが定着出来る物質を探し始めた。だが、当然ながら魂の定着に適した物質の文献などあろうはずもなく、調査は難航した。その間にも、サンジェルミはエクトプラズムの観測を続け、ある法則を見つける。

 金属物質をエクトプラズムが通り過ぎる際に出来る結露の量が、その他の物質と比べて僅かばかり多かったのだ。

 それすなわち、魂は金属を通り過ぎる際に時間が掛かっている、という事。もっと言えば金属物質の中に、魂が透過出来ない物質がある可能性を示した。彼はその情報を基に、あらゆる金属物質の文献を洗い直す事となる。

 さらに時は経ち、その間にもサンジェルミは彼に道徳を説き続けた。結果、彼はその文献を見つける。


 ヒヒイロカネ。


 古における極東地域で精製されたと言われる合金である。生きた金属とも称されるその金属は、魔を祓い、生気を取り込むと言われており、精製方法はおろか、実物すら残っていない代物だった。

 眉唾にしか思えないその文献に、彼は光を見た。そして、サンジェルミの言う神を、少しだけ信じてみようと思った。その文献は科学文書でもなければ、歴史書ですら無い、神話にも近いような信憑性のカケラもない文献だったのだ。それでも、それは『ある』のだと、彼は直感的に感じたのである。


 彼は早速この精製方法の模索に取り掛かる。


 文献から読み取れるヒヒイロカネの特徴は、太陽のように赤い、輝く金属であり、その表面はまるで生きているかのように揺らめいている。磁気を通さず、触れると冷たいが、熱伝導性にとてつもなく優れている、と言うところまでであり、どの金属を使ったのかは全く記載がない。

 磁気を通さず、熱伝導性が異常なほどに高いと言う点を加味して、合金を作り始めたところ、一番近いのがベリリウム銅である事を確認する。しかし、ベリリウム銅には生きているかのような表面はなく、金属光沢そのものである。

 何かが足りない。そう悩む彼に、サンジェルミはい一つの提案をした。


 ひとまず、その金属がてエクトプラズムに対して有効なのかどうかを試してみるのはどうだい?


 確かに、文献上はそう書いてあるが、実証はまだしていなかった。彼とサンジェルミは、被験者の元へ赴き、薄い金属膜で被験者を覆う。密閉状態でないが、ある程度死角を無くすことで、どこから出ているのかも合わせてチェックしたかった。


 だが、実験は予想外の結果を見せる。


 安楽死用の薬物を投与し、実際に被験者が亡くなると同時に、エクトプラズムは発生する。この時、口以外からも出現することがわかっているため、全身を覆っているわけだが、被験者を覆った金属の表面が、エクトプラズムと触れている箇所の温度変化によって生きているかのように波打ち始める。

 サンジェルミはハッとして指示を出す。金属膜にさらに熱変化を加え、エクトプラズムが外に出て行かないようにしつつ、被験者から金属膜の覆いを外し、密閉を試みたのである。

 結果、密閉は成功し、波打つ表面は金属全体へと伝播していく。

 ヒヒイロカネの製法が世に残らなかった理由を、二人は確信した。


 生きた金属は、正しく生きていたのだ。


 こんな製法、世に残せるはずがない。


 サンジェルミの指示に彼も呆然としていた意識を取り戻すと、人の欲を取り出すユニットを密閉したヒヒイロカネと接続し、モニターを始める。

 信号は微弱だが、反応はあった。しかし、声をかけても反応があるだけで、欲は取り出せなかった。

 サンジェルミの提言により、空洞だったヒヒイロカネは穴を開けられ、中にいたであろう魂は解放された。解放されたのと同時に、ヒヒイロカネはその生きた表面を失い、またただの金属光沢へと戻った。

 ここで仮説が定説へと変わる。ヒヒイロカネのへ製法は、特定の金属物質を利用して、エクトプラズムを密閉する事。また一定時間の経過により、金属にエクトプラズムが馴染むことによってヒヒイロカネとして存在できるのである。

 そこへ、今度は別の仮説が立てられる。

 魂だけでは人間はコミュニケーションが行えないのではないか。

 魂はあくまで意識の集合体なので、意思や思考といった回路を持ち合わせていないのではないか、と言う仮説である。

 つまり、脳に変わる部位を用意する必要があり、ヒヒイロカネに存在する魂の代わりに思考することができれば、欲を検知してコミュニケーションが取れるのではないか、と。


 早速サンジェルミらは空の人工知能を用意する。演算機能はあるがAIなどは持ち合わせないコンピュータ、誰のユーモアか、回路や形状の脳味噌に見立てて作られたそれに、ヒヒイロカネの素になる金属が接続される。

 被験者を金属膜で覆い、実験がスタートする。

 安楽死した被験者から発生したエクトプラズムは以前見たのと同じように金属に馴染み、ヒヒイロカネとなる。

 ヒヒイロカネと接続していたコンピュータが静かに演算を始める。

 だがモニターに表示されたの夥しい数の文字、しかもそれらは読解できる文章でもなければ、そもそも文字や文章として成立していないものだった。


 サンジェルミはそれを見て、即刻ヒヒイロカネを破壊し、魂を解放した。研究員達は、モニターの文字に恐怖したのではないかと思いながらサンジェルミを見やると、サンジェルミは目に涙を浮かべながら、破壊したヒヒイロカネを抱いていた。


 すまない、怖かったね。私達が不義理だった。こんな暗闇で、何も見えず、何も聞こえず、動くことすらできず…、怖かったろう、ごめんよ。


 サンジェルミの言葉に、彼は深く反省した。

 急ぎすぎたのだ。

 演算機能だけ用意したのでは意味がない。

 人が人たらしめる、いや、生物たらしめる五感の何一つも与えず、意識と考えるだけの頭だけが存在している。

 果たして、気が狂わずにいられるだろうか。

 安楽死を願い、解放されたはずの魂が、また囚われ、植物状態と変わらず、いやそれよりもひどい状態で停滞した。あまりにも酷いことを、してしまったのだ。


 彼とサンジェルミは、より被験者達とコミュニケーションを取るようになった。といっても何かが返ってくることはないが、ひたすらに声をかけ、手を取り、反応を取った。

 その中で、反応が多かった、つまりある程度意識が活性化している被験者達には、これからやる事、やろうとしていることを繰り返し説明した。

 演算機能も拡張した。五感のうち、視覚、聴覚を用意した。上手く発声できるかわからないが、モニターした文字を読み上げる人工音声も追加した。

 そうして迎えた二回目。


 二人は科学史に残る偉業を達成した。


 それは植物状態に対する希望であり、人類の将来に対する希望でもあった。

 希望になると、彼は信じていた。

 それから研究は澱みなく進む。被験者達は希望する者は身体を移し替え、機械の身体での生活を始めることとなる。植物状態から脱し、不格好ながらも、生活を送ることが出来るようになったのだ。合わせて、植物状態ではない人間に対する実験についても彼は着手することとなる。


 それは、サンジェルミに、ではなく、彼に対しての依頼だった。


 彼も、サンジェルミにその話が行かなかった理由には察しがついていた。

 サンジェルミは人間的過ぎたのだ。あまりにも人に寄り添うあまり、道徳や人道に反する行いに対して過敏だった。なればこそ、安楽死を望んだわけでもなく、特に障害を持っていない人間を、エクトプラズム発生のため『一度殺す必要がある』この実験には、絶対に異を唱えるだろう。

 故に、サンジェルミを除いて、そのプロジェクトは秘密裏に進行していた。


 だが、秘密とは得てして暴かれる。


 サンジェルミは彼が研究室に来る頻度が減ったことに疑問を思い、行動記録を洗った。別の研究に打ち込み始めたのであれば、それこそ、こちらの研究は落ち着いているのだから、そちらに専念するようにと言うつもりだった。

 そこで見つけた記録に、サンジェルミは眩暈がした。

 人間の機械化計画。機械の身体にその魂を繋ぎ、老化もせず、演算機能も低下しない、ロボットへの完全なる移行計画。果たしてヒトと呼べるのかすら怪しいその計画に、彼は関わっていた。

 サンジェルミは、激昂したかった。したかったが、ただ、ただただ悲しかった。

 人道を説き、人に寄り添い、敬意を払って人と接する。そんな青年になると、成ってくれると思っていた。

 思い込みだったのだろう。

 彼の本質は何も変わっていなかったのかもしれない。

 科学に取り憑かれた狂った(マッド)科学者(サイエンティスト)、結局のところ、彼は研究さえ出来ればなんでも良かったのだろう。


 サンジェルミは自分の無力さを呪った。


 そして、彼にも呪いをかける事にした。


 ある日、サンジェルミは彼を研究室へ呼んだ。これからの事についての相談というこおで呼び出された彼は、サンジェルミにこう告げられる。


 私の研究は君のおかげで実った。だが、君にはまだまだやりたいこともあるだろう。そんな時、私の名前があれば、プロジェクトへの参画も楽になるはずだ。ニッセンの名前を貰ってはくれないか?


 彼は思案した。確かに今サンジェルミのネームバリューはとてつも無く高い。植物状態からの社会復帰の第一人者として名を馳せる彼の名前は、今や誰もが知る名前だ。そんな名前があれば、今後自分が興味のあるプロジェクトへの参画は当然楽になる。旧知を辿る必要もなく、名前だけで参加できるようにもなるだろう。

 彼は承諾した。


 良かった。では君はこれからクラウディオ・ニッセンだ。

 ではクラウディオ、この名前を使う上で、君にお願いがある。難しいことじゃあないよ、今まで君に教えてきた事さ。

 ヒトを育て、ヒトを慈しみ、ヒトを敬う。

 そして、



カミサマヲヨロコバセルンダ



 翌日、サンジェルミは死んだ。

 彼と最後に話した研究室で、首を吊って死んだ。

 遺書はあった。言葉は少なかった。


『クラウディオ・ニッセンに全てを託した』


 この遺書により、クラウディオはサンジェルミの幻影に囚われることとなる。彼が残したプロジェクトを最後までやりきり、その意志を引き継がなくてはならない。何故なら遺言は遺書にはなく、その言葉を聞いたものはクラウディオしかいなかった。

 クラウディオはサンジェルミになることを強いられたのだ。

 だが、その呪いも結局は長くは持たなかった。

 人為的幽体離脱の成功。言い方を変えただけだが、結局のところ、ヒトを一度殺し、ヒヒイロカネを精製して精密な機械人形と繋ぐというものだ。この成功により、サンジェルミの呪いは呆気なく散った。


 サンジェルミのネームバリューによって縛られるはずのクラウディオは、自身の成功によって上書きし、その大半から解き放たれることになる。

 そして今、彼を縛る唯一の呪いは



「カミヲ、ヨロコバセナケレバ」


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