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転生騎士  作者: 如月厄人
第五章 出揃い
175/176

離反

煙草の火をくゆらせながら、ハクは海辺を歩いていた。手元にある端末から地図を開き、方角を確認する。

 肩には中学生が作ったような布製のナップザック、中からはガサガサとかさばる荷物の音がする。煙草から口を離して大きく息を吐いた。白い煙が瑠璃色の空に昇っていく。

 背後からの熱源に、歩みを止める。


「行くのか」

「ここでワイのやることはもうないやろ。おっさんへの義理も果たした。ここにいたところで、駒として使いつぶされるだけや」


 反吐が出る。

 振り向かずに、また煙草に口を当てがった。


「どこに行くつもりだ」

「戻る。仕事はせんでも生きていける体やからな、しばらくは腐っとるわ」

「………、神と会ったそうだな」

「ハッ」


 口にくわえていた煙草が灰も残らず燃え尽きる。


「あれを神とはよう言うたもんやで、虫唾が走る」


 脳裏に初めてソレと会った時のことが思い出される。


 ソレは明らかに偽物だった。神などとは程遠い、存在そのものを例えるなら、対称に位置する悪魔のほうが正しい。


 人の欲を食らい、甘言を吐き、恐怖と畏怖を与え、従える。

 人間が宗教戦争をする理由がよくわかる。

 人が神とあがめるソレは、他人にとっては悪魔にしか見えないのだ。

 都合のいい理想を肯定し、都合の悪いものを排斥しても許してくれる。

 老人もわかっているはずだ。あれが神ではないことくらい。だからこそ、部屋にこもっている。実験の失敗をレポートにまとめつつ、次の算段を立てているのだろう。そうでなければ、もっと興味を持ったはずだ。何ができるのか、何に使えるのか、その能力の限界や下限まで、隅から隅まで興味で埋め尽くされるはずなのだ。それをしないということはつまり、老人の中でそれはもう破棄すべき欠陥を抱えた失敗作だということだ。


 だが、老人は何もしていなくとも、彼らは黙っていない。

 多くの犠牲と資源を吐いて出来上がったソレが、失敗だったとはまだ思い当っていないのだ。すでに様々な交渉をはじめ、記録を取り、それが神であることを実証しようとしている。


 神であることの証明など、だれにもできないというのに、だ。


 仮に証明するための論文が出来上がったとして、神の定義を誰が定めるというのか。

 ついに馬鹿馬鹿しくなったハクは老人から決別することを決めた。

 話相手になりそうだった初老の男はいつの間にかいなくなり、面倒を押し付けられていたクロウも死んだ。


「そうか…、確かにそういう男のようだな。俺の記録と相違ない」


 記憶ではなく、記録というあたり、この男も黒い幻影からは逃れたのだろう。なおのこと、ハクがここにいる理由は一つもない。


「んで、お前は何しに来よったん。そんな与太話するために来たんとちゃうやろ」

「………、そうだ。いや…そうでもないかもしれん」

「なんやはっきりせんやっちゃな」

「正直に言おう、…俺の記録が、寂しがっている」

「…は?」


 そこで男は初めて振り返った。

 自分が殺したかった男とうり二つのその男は、生前にも見たことのない顔をしていた。

 眉尻は下がり、覇気はなく、所在なさげな佇まいは、堂々とそこらじゅうを荒らしまわっていたあの男とは到底思えなかった。


 やはり、別人か…。


 心残りが、腹の中でとぐろを巻く。


「これは俺の感情ではない…だろう。俺にお前とこのようなことをした記憶はないし、この時に何を思ったのか、今の俺にはわからない。だが、それでも、代わりに言わせてくれ」


 目を閉じ、腕を組む。

 不敵な笑みを浮かべ、いつもの声で、宣った。


「我は楽しかったぞ、好敵手よ! 貴様をレッドカラーに任命してよかったと、心から思っている! 我と道を違うならば其れも良し! 再び貴様の名がとどろくことを楽しみにしていようではないか!」


 もっとも


「我抜きでできるものならな!!」


 どくん、どくんと炉が動く。


 心が燃える。


 燃えた熱が体に帯びる。


「フン、できるではないか。勝手に燃え尽きよって。己のトレードカラーを亡くすなど言語道断。我が知る貴様は、その風格があってこそよ」


 踵を返した男の背中に、紅蓮の炎が揺らめく。


「待ちぃ」


 足が止まる。


「ちゃぁんと記録しとき。次、ちゃんと生き返ったら、ワイがしっかり殺したるわ。人の手なんぞ借りとらんで、這いずってでも戻ってきぃ」


 それから


「エクス、覚えとき。死にたくなったらワイのところにきいや。塵も残さず消し飛ばしたるわ」


 男は再び歩み始める。


「覚えておいてやろう」


 爆発音とともに、至近距離で航空機が飛び去るような音を残し、バーンはその場から飛び去った。

 二人は振り返ることなく、海辺には波の打つ音だけが残った。



 方角を確認しながら飛んでいたバーンだったが、一つ思い当る。


 このままだと領空を犯すため、騎士団に捕捉される可能性がある。捕まる気はさらさらないが、ここで捕捉されるのも面倒だと思いなおし、直近荒らした第10区画のほうへ進路を切り替える。

 あのあたりであれば、まだ防空設備も整っていないだろうと踏み、高度を落として、遠目から様子を見る。視界を切り替え、サーモグラフィでは沿岸に人の姿はないが、少し奥のほうでは作業をしている人の姿が目に付いた。

 統制されていない動きは非常に読みにくい、不意に見つかるのも不本意なので、人の動きを統一させることにした。

 手に熱気を集める。集まった熱気は次第に火球を作りだし、1メートルほどに育った火球と自分とは遠く離れた、しかし、沿岸に少し寄せた個所に投げ落とす。

 海水が急激に蒸発、一気に生成された水蒸気が消える前の火球とぶつかり合う。


 巨大な爆発が起きる。


 人の動きがあわただしくなり、沿岸に多くの人が集まりだす。いまだ高く上がる水しぶきを横目に、大きく迂回して、人がいなくなった沿岸に着陸する。こういった潜入の方法はブラックカラーとつるんでいた時には日常茶飯事だったものだ。思い返しては、小さく笑った。


「ちょっくらここいらで遊んでくのも悪くないのぅ」


 悪い顔をしながら、蜃気楼を起こす。警備の目をかいくぐって、荒れた第10区画から人の住む区画へ入り込んだ。


(言うて、ワイ一人じゃ分が悪いか)


 すでに自分の対策はなされているとしたら、以前のようにクロウが救援に来ることはない今、ミカグラ兄弟のお膝下で楽しく火遊びとはいかないだろう。

 とはいえ、せっかくここまで来たのだからちょっかいを出さないのも面白くない。


(どうにかしてシモツキと遊べへんかな…)


 子供のような思考になりつつあるも、実のところ、話してみたい相手でもあったのだ。喧嘩くらいならそうそうミカグラが出張ってくることもないだろうと踏んでのことだ。

 しかし、バーンはシモツキと喧嘩がしたいわけではない。騎士と犯罪者だ、互いの正体がわかっているのであれば、騎士がとる行動は一つしかない。喧嘩に発展する可能性は少なくないだろうが、できればその可能性を抜きにして、彼とは会話がしたかった。


 彼は、自分と同じ気持ちになっていないのだろうか。


 決着はいまだついていない。お互いに、お互いを高めた結果、他の者の手によって、相手を挿げ替えられてしまった。


 悔しくはないのか。


 もどかしくはないのか。


 それを確かめたから何だといわれるかもしれないが、やることがない今、そういうものを追い求めるのも悪くないだろう。


 人通りの多い大通りを何食わぬ顔で闊歩していると、ふと感じ慣れた気配に気づく。

 顔を横に向ければ、そこには大学があった。校門は解放されており、警備員が立っている様子もない。門前で身分証明書の確認もなさそうだ。


 何の気なしに足を踏み入れる。


 見た目は20代のバーンだが、髪色はとても目立つ赤だ。通りすがる学生もあまりにも鮮やかな髪色にちらちらと視線を投げてしまう。その視線を無視しながら、気配をたどる。

 たどり着いたのは屋内運動場のようだった。中からは活気のある声が聞こえ、少し視線を外せば、屋外の運動場も並んでいるようで、走りこむ学生の姿も見える。運動場の名は、『騎士科専用体育館』。つまり、ここで運動しているのはすべて未来の騎士たちなのだろう。

 面白そうだ、と足を踏み入れようとしたとき、中から一人の男学生が出てきた。

 木製のこん棒を両肩に担ぎ、ガラス製の自動ドアを挟んで、バーンと対峙する。


 スポーツ刈りで活発そうな顔立ち、多少線は細く見えるが、ジャージの上からでもわかる均整の取れた筋肉質の体は、程よい圧をこちらにかけてきていた。睨んでいるわけではないが、険しい顔つきで、バーンを見ている。

 男学生の後についてきた女学生がこちらを見て首を傾げた。

 その男学生はこん棒を担いだまま、自動ドアが開く程度に近づき、足を止めた。


「なんでこんなところにいんだよ」

「…顔突き合わすんは初めてやんな、シモツキ」

「あぁ、でも俺もお前もわかるってのは、不思議なもんだな」


 口元が弧を描くのが自分でもわかった。それと同時に、シモツキがさらに顔を険しくしたのも見て取れる。

 警戒されているのだろう。当然の話だ。しかもバーンの攻撃に対して、シモツキはすべてを防ぐ手立てがない。ほかの学生が少なからず巻き込まれてしまうこの状況は、シモツキとしては安易に構えていられない状況だ。


「安心しぃ、今日はおしゃべりに来ただけや。この後時間あるかいな」

「………、このまま行く」

「かまへんかまへん、授業中やろ。終わってからにしぃや」

「お前を街に野放しにするほうが俺は胃がいてぇよ…」

「じゃあ中入っててもええか?目の届くところにおればええやろ」


 シモツキは心底嫌そうな顔をしつつも、ため息とともにそれを承諾した。


「とりあえず一回ついて来いよ」


 へーい、と気の抜けた返事をしながら、バーンはシモツキについていく。一緒についていく女学生に何の気なしに尋ねる。


「キミ、シモツキのツレなん?」

「ツレ…? って何ですか?」

「彼女ってことや」

「か…! ち、違いますよ!私はただ、武器の使い方を教わってるだけです!」


 ほーん。


「ま、ええわ。あんさんのせいでシモツキが鈍ったとかそんな理由やなさそうで安心したわ」


 そういって視線を前に戻したバーンに対して、女学生は尋ねる。


「ところで、どちら様ですか? シモツキさんの知り合いなら、騎士団の方…ですか?」


 バーンは目を丸くした後、体育館に響くほどの大きな笑い声をあげ、腹を抱える。前を歩いていたシモツキがため息とともに後ろに振り返り、女学生に行った。


「バカ言うな、こいつが騎士なわけないだろ。あー、でもあれか、顔は晒してないんだったっけ」

「シュバルツのおかげでいつも奇怪なメンポつけさせられとったからな。一部の奴らしか知らんのとちゃうか」

「なるほどな。アリス、こいつにあんまり近づくなよ。わりかし名の知れた指名手配犯だ」

「えっ?!」


 一歩後ずさって、アリスと呼ばれた女学生はこの世のものではないものを見るような目でバーンを見る。なぜそんな人物がここにいるのか本当にわからない、といった様子だった。

 実際気まぐれできたのだから、わからないのも当然だろう。正直、シモツキも彼がここにいる理由を図りかねている。問題を起こしに来たにしては、いつものような派手さはない。この間吹き飛ばされて以降怒り心頭だと思っていたのだが、見たところそうでもない。

 どうしたものかと頭を悩ませつつ、教員の前に連れていく。


「先生」

「はい? どうしましたか?」


 組み手を見ていた教員はシモツキとその後ろにいる見慣れない男を交互に見た後、シモツキに尋ねる。


「ちょっと…知り合いが見に来ちゃってて…学外の奴なんすけど見学だけいいすか」

「アー…本当はよくないですが、シモツキさんの知り合いならまぁいいでしょう。ほかの方の邪魔にならないようにしてください」

「ウス、ありがとうございます」


 そのまま踵を返し、二人がもともと使っていたサークルへと戻る。置いてあった木製の鎌を見て、バーンはつぶやいた。


「レメイ・カニサレスか、ずいぶんとけったいな女の真似しよる」

「誰が誰にあこがれたっていーだろが」

「そらそうや、でもお前が教えることとちゃうやろ。ミカグラの八番目、あの女のほうがええんとちゃうか」

「学科がちげーんだからしゃーねぇだろ。それに、俺が使えるようになったって問題ねえんだから、俺が勉強して教えりゃ一石二鳥よ」

「カー、殊勝なやっちゃ。んで、実際お前のほうの練度はどうなん?」

「まだまだだな、癖で突きが出る」

「手癖はそう簡単には治らんか」

「あの!」


 アリスが鎌を拾い上げる。


「い、今は私の先生なので!返してもらっていいですか!」


 ほんのり顔を赤らめ、バーンに面と向かってそういったアリスに、バーン、シモツキの両名が顔を見合わせた後、バーンがいやらしい笑みを浮かべる。


「ほほぉん?ほほほぉん? なんや彼女やないとかいいよってからに、向こうさんちゃんと意識しとるやないの。ええんか?手籠めにせんと、ええことでけへんで?」

「うるせぇ。黙って端っこ寄ってろ、鍛錬の時間が無くなるだろが」


 いい加減うっとうしくなったシモツキがバーンの腹をこん棒で押しやり、端に寄せる。おとなしく端に寄せられたバーンは二人の鍛錬を見ながら、懐の煙草を取り出し、火をつけかけて、やめた。火のついていない煙草を口の端にくわえながら、小さくため息をついた。


 案外、普通の男だった。


 ミカグラとして生を受けながらも、普通のヒトと変わらない生活を送っているように見える。

 学業に励み、恋をして、幸せに生きる。シュバルツのような歪みは無く、エクスのように縛られてもいない。

 なんだか無性に、火をつけたくなった。


 ゴッ!!!


「………、」


 バーンはあおむけになっていた。顔の横にはこん棒が突き刺さっており、胸倉はシモツキにつかまれている。音は最小限にとどめられており、こちらを気にしている生徒は少ない。


「今なら俺は大多数を取る覚悟がある。触手野郎もチビ女もブラックカラーもどきもいない。お前が多少暴れたとしても、今なら俺はお前を殺しきれる」

「…バケモンやん」

「お前に言われたくねえ。いいからおとなしくしてろ。別にやりに来たんじゃねえんだろ」


 両手を挙げて降参のポーズをとり、口の端の煙草を揺らした。

 突き刺したこん棒を抜いて、またサークルに戻る。距離としては5mはあったであろうその距離を、気を抜いていたとはいえ、バーンが気づく前に詰め切り、最小限に音を抑えながら拘束したのだ。

 バーンは上半身を起こして、大きくため息をついた。


 停滞していたのは、むしろ自分のほうだった。何なら、後退しているといってもいい。


(ジジイのところに長居しすぎてボケたなァ)


 自分の心の弱さを恥じ入る。甘えていたのだろう、あの老人に。何かがあっても手ごまでいるうちは助けがあった。見捨てられることもなかった。だからこその甘え、心の隙。


 あの兄のことだ、シモツキの成長につながるのならば、今まで通り、自分にはシモツキを出しただろう。ビアンカが育つとわかっていながらも、九番目を当てたのと同じように。

 だがそれはないと判断されたのだ。答えは簡単、自分にその魅力がなくなっただけの話。倒し切ろうとすれば老人に回収され、単独で相手をするには周囲への被害が大きすぎる。その被害を許してまで、どうせ回収されてしまう自分を、わざわざ相手にしようとは思うまい。


 だから、七番目が相手に変わった。


 自分に何もさせず、しかし確実にとらえる方法をつかんでいるあの小娘に。

 組み手を続けるシモツキを見ながら、しぼみかけた炉心に、ふと、聞きなれた笑い声が響いた。

 その人物はここにはいない、次に会ったとしても殺し合いをするだけの仲だが、それでも、あの男に見合う男であり続けねばなるまい。


(阿呆、こんなところで腑抜けてる場合かいな)


 シモツキの背中を見ながら、思う。


(おるやないか、ワイが前に進むためのちょうどええ奴らが、ここに)


 己のやるべきことを心に決め、両の手で頬を二三、軽くたたきながら胡坐をかいてシモツキが授業を終えるのを、おとなしく見守ったバーンであった。 



 授業が終わり、体育館から追い出されたバーンは、着替え終わったシモツキにこういった。

「兄貴のところにつれてき」

あっけにとられたシモツキは持っていた荷物を落としかける。


「え、なに? 出頭?」

「まぁ似たようなもんや、この後まだなんかあるんか」

「いや、ねえけど…」


 肩に荷物を背負いなおし、隣にいたアリスに断りを入れる。


「今日は悪いな、あんま集中できてなくて。ちょっとこいつ片しておくから、明日また頼むわ」

「いえ、大丈夫です。私のほうこそいつも見てもらっちゃってすみません。また明日よろしくお願いします」


 深ーく頭を下げたアリスの頭をわしゃ、と優しく撫でて、シモツキはバーンの隣に並んだ。


「じゃあ行くかぁ、兄貴に連絡入れるわ」


 懐の騎士章を取り出し、ヤヨイへ通話をつなげる。


『おう、シモツキ、どうした?』

「おっす。これからそっち行くんだけどさ、あー、なんて言おう…」


 言葉に迷ったシモツキから騎士章をひったくって、バーンが言葉を続ける。


「よぉ三番目、レッドカラーや。今からそっち行くわ、どっか話せる場所貸してくれや」

『………、え、なに? 出頭?』

「兄弟揃って同じこというなや。近いもんやが、それよかええ話やで」

『へぇ…、そりゃ楽しみだ。シモツキ、聞こえてるか?』

「聞こえてるぜ」

『そのままこっちの執務室まで連れてこい。こっちで話は通しておく』

「わかった」


 通話が切れ、騎士章を懐にしまった後、シモツキはあたりを見回した。

 大通りから一本奥に入った小道から、手近なビルに入り、エレベータに乗り込むと、騎士章を緊急連絡用の電話ボタンにかざす。エレベータの挙動が変わり、グン、と降下する感覚が体に伝わり、バーンは感心した。 

「ほーん、本部は地下にあったんやな。んで、出撃先は無作為にある地上のエレベータのどこにでもつながっとる、と」

「そ、それぞれの箱に容量はあるが、小規模事件ならこっちのほうが早い。デカい事件の時はまた別だけどな」


 それ用の箱がある。


 浮遊感が落ち着き、ドアが開くと、どこかの施設の中のようで、騎士団の服を付けた人間、アンドロイド、サイボーグと多様なヒトが廊下を行き交っている。

 シモツキは現在地を標識で確認したあと、エレベータから降りて歩き出す。

 騎士達はシモツキよりも後ろのバーンがやはり気になるようで、シモツキに声をかけつつもチラリとバーンの様子を伺っていた。

 あまりにも目立つその赤髪とタバコ、団服も着ていないが故に部外者であることがありありとわかるのだから、注目もされるというもの。


 歩き出して数分、視線に晒されながらも『威力強襲部隊』の表札がある扉を開けて、シモツキとバーンが中に入る。


「おっす、連れてきたぜ」

「お疲れさん。初めましてじゃないと思うが、一応初めましてってことで。あんたがレッドカラーか?」


 執務室の正面壁際で、書類を捌きながら、ヤヨイが尋ねる。彼の他に、生身の人間が一人、データで見た電気女と天使もどきがそれぞれデスクワークをしていた。

 バーンのことは気になれど、ヤヨイが触れないように言っているのだろう。


「おう、バーンでええ。こうして面と向かって話すんはお初やな。ヤヨイ・ミカグラ」

「立場上お喋りするような間でもないからな。適当に座ってくれ、もう一人呼んでるからちちょっと待ってな」

「誰や」

「これからここに配属になるやつ。あと、もしかしたら知り合いかと思って。」


 そう言ったヤヨイが扉に目を向けると、タイミングを図ったかのように、ドアが開いた。


「いやぁごめんごめん、迷っちゃ…た…?」


 その顔を見たバーンは思わず咥えていたタバコを口から落とした。


「おっさん、生きとったんか」

「君は…どうしてここに…?」

「俺もその話を聞きたくてな、さて、二人とも座ってくれ」


 執務室の机の置かれていない空間に椅子がせりあがってくる。二人はそこに腰かけてヤヨイと向かい合った。


「改めて、レッドカラー、何しに来た」

「簡単な話や」


 バーンはシモツキを見る。


「あいつと戦いたい。それだけや」

「…クラウディオ・ニッセンは関与していないと?」

「あぁ、あっこからは抜けてきてん」

「抜けた…?」


 ヤヨイは心底不思議そうに首を傾げた。


「なんで?」

「やってられんからや。なーんでワイがあいつに使いつぶされなあかんねん」


 バーンの言い分に不思議と納得してしまう。

 もともとバーンはブラックカラーの一座だったのだ。ユニットを提供された手前、協力をしていたのだろうが、そもそもその協力を決定したものブラックカラーで、当の本人はすでに死亡している。

 後から生まれたブラックカラーも言ってしまえば別人だ。バーンが彼についていくとは思えない。

 そう考えると、確かにバーンがクラウディオと行動を共にする理由がない。ともすれば、今の彼の行動原理は何に起因するのか。


(なるほど、それでシモツキか)


 彼のユニットの進化の一助となったシモツキと白黒つけたい、彼としては紅白つけたいところなのだろう。だから、彼はテロリズムではなく、面と向かって会いに来たのだ。


(ま、他の奴が動いてないなら、俺としてはフミヅキを出すからなぁ)


 そのあたり、バーンもわかっているのだろう。以前、シモツキに散歩をさせた際に、フミヅキによって鹵獲されかけたことが頭に残っているのだ。やみくもに自分が仕掛けても老人の援助がないのであればフミヅキにつかまって終わり。目的であるシモツキとは戦えず、場合によってはヤヨイによって処分される。

 であればと、可能性の高い、『対話』を選択したのだ。


 だが、ヤヨイは困った。


 バーンがただの道場破り的な存在であれば、演習場でも使って適当にやってこいという話で終わりだが、残念なことに、凶悪犯罪者なのだ。数々の施設を爆破し、巻き込む形でたくさんの人たちを爆殺してきた。それを、シモツキと戦って、生き残ったのではいさようならとはいかない。

 何らかの形でつなぎとめる必要があるのだが…、


「どうすっかなぁ…」

「あのぉ、ヤヨイ君」

「ん?」


 オリバーがおずおずと手を挙げる。


「彼は騎士団にとって戦力にならないかな」

「そりゃあ…なるだろうが…」


 騎士団に入るのか? この男が…?


 仮に入ったとして、他の騎士は絶対に納得しないだろう。


「彼のことは僕もよく知っている。レッドカラーとして動いていた時は全く顔が出ていなかったけど、クラウディオ教授のところにいたときには顔を出していたね。だから多分顔はばれていると思っていい。じゃあ、顔を変えればいいんじゃないかな」

「…レッドカラーであることを隠すってことか」

「なぁ、ワイが騎士団に入る前提で話が進んどるんやけど」

「入ったら演習場で好きなだけシモツキと暴れていいぞ」

「よっしゃ顔変えたろかいな」

「いいのかよ…」


 近くで聞いていたシモツキが逆に呆れた。


「大人気だなシモツキ。頑張れよ」

「兄貴だけでいいっての」


 大きなため息の後、シモツキはバーンに尋ねる。


「顔変えるったって、なんかあてでもあんのか?」

「まぁ適当でええやろ。要は、顔識別に引っ掛からん程度に別人になっときゃええねん」


 バーンの回答にヤヨイもうなづきつつ、だが、と言葉を切った。


「総長と各団長には話しておかないとなぁ。ちょっと声かけるから、しばらくここで寝泊まりしてもらうか」

「なんや、信頼が厚いのぉ、ワイが暴れる心配はないと?」

「暴れたくても無理じゃねえかな」

「…ほぉ?」

「ほら、炎出してみな」

「………、」


 煙草をくわえて、指先から火を出そうとする。

 が、出ない。

 フミヅキの時に感じた不快感はない。ただ、なぜか、火が出ない。


「この部屋はな、簡単に言うと、『危ないことが拒絶されている』んだ。だから、ここにいる限りは無力ってわけだ」


 そして俺もここに寝泊まりしている。


「うん、ばっちばちの警戒態勢やったわ。勘違い解いてくれてありがとうな」


 バーンはニッコリ笑顔を返しつつ、隣のオリバーに火をねだった。オリバーははいはいと懐からライターを取り出してバーンに渡す。


「ここ、禁煙?」

「いや?好きにしてくれ、ミナヅキもたまに吸いながら作業してる」

「六番目か、んじゃ、遠慮なく」


 火を灯し、天井に向けて煙を吐く。

 先ほどのヤヨイの言い方を頭の中で反芻する。


 出来ない、ではなく、拒絶されている。


 何らかの力場が働いているのは確かだが、ユニットが稼働している様子はない。粒子が滞留しているような気配もない。霧男のように霧散した何かがいるのかとも思ったが、霧男の死亡は老人側で確認している。その力をそのまま使えるような者を、騎士団が作るとは思いにくい。

 結局、思い当たらず、首をかしげるだけかしげて、バーンは考えることをやめた。


「んじゃ、当面は俺の方で面倒を見るけど、そうだなぁ、ここの配属よりカンナのところに送りたいんだよなぁ」

「なんかあるんか」

「ミカグラユニットを新しく積んだ部隊がある。新設部隊で、しかもユニットをつけたばかりの奴らが集まってるから、手本が欲しいんだが…。まぁお前じゃダメだな」


 すぐにバレる。


 団員達も、犯罪者に教えを受けるのは気持ちの面でも受けが悪いだろう。となると、どうしてもバーンの配属は威力強襲部隊になってしまう。カンナヅキが抜け、ミナヅキ、ハヅキ、ナガツキも別部隊の手伝いでよく駆り出されていることを鑑みれば、ここでの増強は悪手ではないが、そもそも人手が足りていない状況では無いのだ。

 威力強襲部隊が出張らなければならない事がないからこそ、彼らを別部隊に貸し出しているのだから。


 とはいえ、懸案事項は既にある。


「バーン、聞きたい事がある」

「何や」

「『神』って奴は、出来たのか?」


 バーンは再度、ふかぁくため息をついたあと、タバコを2本の指で挟んで口から外した。


「あれは神なんかやない」


 忌々しそうに眉間に皺を寄せ、ヤヨイを睨め付ける。



「悪魔や」


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