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転生騎士  作者: 如月厄人
第五章 出揃い
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誕生/八つ当たり

ぴしり、ぴしりとひび割れる音がする。


「………、」


 柔らかな光が隙間から覗き、細腕が伸びる。ひび割れた殻をこじ開けるように持ち上げ、溢れる光に人々は目を細めた。


 ソレは人の姿をしていた。


 だが、まるで同じ人とは思えぬ姿をしていた。


 男としての象徴はなく、また女としての特徴も持たず、整った顔立ちは端正な男とも、眉目秀美な女ともいえた。

 あまりにも整っているが故に、同じ人とは思えなかったのだ。

 肌は白く、金色の髪は柔らかな産毛を残しながら腰まで伸び、その隙間から覗く瞳は綺麗な蒼。

 その目は辺りを見回した後大きく欠伸をした。

 老人は両手を後ろ手に回し、小さく唸る。後光が差すこの存在は果たして何なのかがわからない。神のようにも見えるが、それにしては、力を感じない。


『それは汝等が余りにも矮小が故よ』

「………、これは失礼した。私はクラウディオ・ニッセン。あなたをここへ呼んだ者だ。お名前を拝しても宜しいだろうか」


 唐突に頭に響いた声にその場にいた他の研究者達は戦慄する者が多数いる中、老人は疑問を投げかけた。


 お前はどの神だ?


『名など存在せぬわ。勝手に作っておいてよくもまぁ名を名乗れなど言えたものよ』


 老人のそばにいた研究者の一人が彼に耳打つ。


「博士、これは失敗したのでは?」


 トン、と老人はその研究者を遠ざける。


 途端、音もなく研究者は圧縮された(・・・・・)。コロン、とその場に転がる赤い球体は、手を伸ばしたソレの元に吸い込まれていき、掌におさまった。

 そのまま赤い球体を口に放り込み、ゴリゴリと音を響かせながら咀嚼する。


『なにか言うたか』

「いいや? しかし、このままでは不便だな、名は何がいい」

『さぁの、好きに呼ぶが良い。我は寝る』


 ふわりとその場に浮かび横になる。特に寝台があるわけでもないのだが、その身体は安定してその場に横たわっていた。


 そうそう。


『教育はしっかりしておけ。汝等が勝手をするように、我も勝手をする。互いに、損のないようにの』

「承知した。私から言って聞かせよう。それでは、我々は失礼する。名は次に顔を合わせる時にお伝えしよう」


 老人は踵を返して卵のあった部屋を後にした。

 ぞろぞろと後に続く研究者達を最後に、後光がゆっくりと落ち着き、部屋には静寂が訪れた。


『動乱、それもまた、時代か。与えられた分は為さねばならぬが、さて、何を差し出されることやら…』


 瞼の裏には老人の顔が映っている。その老人は数人の研究者に詰め寄られていた。


「博士!これは一体どう言うことですか! もしや、あれが神だとでもおっしゃるのか!」

「さぁな。本人は答えなかった。それ以上の会話はまず出来ていない。一つ、先に言っておく。我々は礼を欠いたのだ。勝手に作り上げておきながら、失敗だと宣った。その結果、一人がいなくなった。この事実は受け止めるのだ。まだ実験は終わっていない。人型のアレが、果たして本当に君たちの望むソレなのか、仮説を立て、検証を行い、立証するしかない。君たちの神は、無条件で望みを叶えてくれるモノか?」


 違うだろう。


 何かを為すには対価を払わなければならない。

 考えうる対価も様々だろう。毎日決まった時間に祈りを捧げる事も、時間と心を対価に支払っている。それが長ければ長いほど、支払った対価は大きいだろう。残念ながら老人はここにいる科学者達がそう言った祈りを捧げているところを一度も見たことはないが。


 だが研究も同じだ。


 時間と労力を使い、自分の望む結果を、成果を求める。パッと出る成果もあるだろう、長い事苦心した結果、報われなかったこともあるだろう。だが往々にしてそう言うモノなのだ。

 気まぐれに、偶然に齎されるその手の施しは、ある種の神性を感じられるところでもある。

 どちらにせよ、神の気まぐれ(神のみぞ知るところ)なのだから。

 自分の仕事は終わったとばかりに、老人は割り当てられてこの方一度も利用したことのない自室に入った。研究以外にも、回収や論文の確認などで休む間もなかった彼も、ようやくの休息となる。


 呆然とその背中を見送った科学者達は、頭を悩ませた。要はご機嫌取りをアレ相手にしろと言っているのだ。気も滅入ろう。


 一人の科学者が、仮説を挙げた。


「対価を直接尋ねることは出来ないのだろうか? 博士とのやりとりを見るに、決してコミュニケーションが取れない相手ではないだろう?もちろん解答に対して対価が必要という可能性もあるので、別で対価を用意する必要があるかもしれないが、やってみる価値はある」

「ふむ、まずは物で釣ってみるか。食事を対価に出来ないだろうか?」

「食堂の安いものから高いものまで一通り揃えて、質問への対価として消えたもので価値換算出来ないだろうか?」


 ホワイトボードにメモ書きがき書き連ねられていく中、科学者達を横目に、ビアンカはソレがいる部屋へと入っていった。

 からの中からうっすらと光が漏れ、丸くなって眠るソレに対して問うた。


「人を生き返らせるのに、どれだけの対価が必要だ」

『………、輪廻は巡った。其奴は帰ってこん』


 目を閉じ、口も閉じたまま答える。ビアンカはグッと拳を握り、背を向けた。

 あまりにも小さいその背中に、視線を一つだけ投げながら、言葉を贈る。


『また、あい見える様にしてやろうか』

「…いい、自分で探しに行く」

『良い心意気じゃ、ならばその命、存分に使うが良い』


 瞼を閉じる。


 ビアンカは自然と背筋が伸びた。輪廻は巡ったと言った。彼は生まれ変わる。また会える可能性がある。

 死ぬわけにはいかなくなった。邪魔するものを可能な限り全て排除して、彼が生きられる世界を作らねばならない。

 旧神によって摩耗した精神が漲ってくるのを感じる。死んでいた目に生気が宿る。アンドロイドである彼女には、生身のヒトのような顔色は機能的に備わっていないはずだが、その顔は生き生きとしていた。


 彼女は自分の使命を見つけた。


 またいつか、彼に会うために。



§



「以上、報告を終わります」

「………、ご苦労。戻りたまえ」


 ギフレイスがフォルクローレに労いの言葉をかける。一人、確実に無力化できることがわかった功績は大きい。だが、その分被害も大きかった。

 復旧していた区画はまたもや荒れ果て、騎士たちも数十人規模で失っている。人員の補充や資源の再活用など、やらなければならない問題は山積している。

 特に人員については、ミカグラ部隊を新設してから各地への派遣がそろそろ始められるころだ。様子を見て、騎士団で鹵獲したユニットを再度振り分けなければならない時が来るだろう。だが、内外からの反発は減りつつある。


 初めは危険視する声も多かったが、未だ問題は起きていない事もあり、少しずつ受け入れられ始めていると見ていいだろう。

 だが、向こうが待ってくれるとは限らない。こちらの状況を知らずとも、彼らは勝手に動き出す。準備段階である今、再び大規模侵攻が始まれば、威力強襲部隊を使わざるを得なくなり、ミカグラ部隊はその立場を失いかねない。

 可能であればもう少し実績を積ませたいところだが、メディアに触れる事件などそうそう起きはしない。むしろ起きないでもらえるならそれが一番だろう。


 それよりも気になるのは、その際に亡命してきた彼の証言だ。


『鼓動を感じた』


 彼が見た神の卵から感じたものはおそらく間違いではないのだろう。鼓動するほどに出来上がりつつある。もしくは、こうしている間にもすでにできているのかもしれない。

 だがその正体がわからない以上は、こちらも動きようがないというのも事実。何かをしでかす前に、こちらの準備をできる限り進めるしかない。


「…あの老いぼれを捕まえられたら、私の荷を下ろせるのだがな…」


 いつになることやらとため息を吐きながらも書類の処理を始める。目下の課題は、国家予算をそろそろ凌駕しそうな修繕費と治療費の捻出である。


 テロリストが破壊活動にいそしんでくれているおかげで、土地はあれども建材があまりにも足りなくなりつつある。国民に負担をかけさせまいと政府は騎士団側に若干の圧力をかけ、専門的な部分以外においては労働力として数えられつつある。

 それも致し方ないことではあるが、敵勢力に板挟みのこの状況で、国がつぶれずにいられるのは体を張る騎士たちのおかげであることをご理解いただきたいものだ。

 あくまで自衛の手段である騎士は、国外に出動させることはできない。すでに人間至上主義とサイボーグ至上主義に飲まれ、ほかの国はその体裁をほとんど保てていないとはいえ、政治的な観点から、この国から他国への進出はできない。


 ただし、この国を侵害することがあらかじめわかっている場合は例外である。


 現状、人間至上主義側の動きが顕著であり、こちらを害そうとしていることは目に見えているため、打って出ることはできなくはない。ただ、無目的に破壊活動をするのでは、彼らと同類に成り下がってしまうだろう。そう、目的がなければ。


「神…か…」


 ギフレイスは円卓を開くことに決めた。

 少々過激に映るかもしれないが、これ以上この国に土足で踏み入られることは騎士としての矜持にもかかわる。

 これから何かが起こることがわかっているのだから、たまには先手を打っても許されるだろう。

 若干の八つ当たりも混じってはいるが、クリスは笑い飛ばしそうだ。ほかの団長は苦い顔をしそうなものだが、この補佐殿は何を言うだろうか。


「総長、追加の書類をお持ちしまし…、何か?」

「いいや、書類はそこに積んでもらっていい。ところでテオドラ補佐官」

「はい」

「久々に体を動かしたくはないかね?」


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