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転生騎士  作者: 如月厄人
第五章 出揃い
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区画争奪戦④

 通信が切れ、フォルクローレは小さくため息をついた。ヤヨイの言葉通りなら、ミョルニルに正体不明の傷を負わせ、カンナヅキと対峙したあの男がここに来る。

 ヤヨイからすればどうかわからないが、彼はフォルクローレ達のような見えないものからすれば、その戦力、脅威度は計り知れない。

 見えない、と言うことは、対処のしようが無いのだ。如何に熟達した騎士といえども、今はそのテクノロジーに身を任せ切っている。肌で感じるタイプであるミカグラ兄妹とは根本的な捉え方が異なる。


 だからと言って鎧を脱ぐなど愚策にも程がある。


 カーネルはテオドラにも目を向ける。応えるように頷き、盾を持ったテオドラが作戦室から出る。カーネルは兜を通して部隊に撤退の命令を下した。


「ここを破棄して前線を下げるぞ! 急げ! 所持品は最低限の武装で納めろ!」


 オペレーションをしていた団員も、その指示を受けて即座に行動を開始する。

 フォルクローレ自身その身ひとつで戦い抜くタイプだが、団員はそうはいかない。手伝えるものはある程度手伝いつつ、簡易前線拠点を破棄する。

カーネル、フォルクローレが拠点から出た瞬間、ヤヨイの予言通り、ソレはやってきた。フォルクローレは肌でソレを感じ取り、カーネルを脇に抱えて前に跳躍する。

 途端、爆発音ともつかない派手な音と共に、プレハブ小屋がひしゃげる。巨大な鉄の棒で殴られたかのような凹みを作りながら、残っていた電子設備が悲鳴を上げる。

 衝撃波で多少バランスを崩しながらも着地して、フォルクローレはカーネルを下ろす。


「すまない、助かった」

「いえ、お構いなく」


 フォルクローレは迷わずカーネルの前に立ち、懐のナイフを構える。宙に浮いているようにも見えるその男、しかしその足元は不規則にうねっており、時折足の配置を変えながら、ゆったりとこちらに迫ってくる。

 感覚を澄ます。

 視覚に頼ってはいけない。見えない敵に対しての対応の基本は、音と環境だ。僅かな音も聞き逃さず、ソレが周囲に与えた影響から行動を紐解き、割り出す。兜から余計な情報が入ってこないからこそ得られる情報源だ。

 先行していたテオドラが盾を構えながらカーネルを下げる。団長であるカーネルはこの場の指揮に対する最終決定権を持っている。テオドラが彼を下げるのは正しい判断だ。だが、拠点を潰しにきたこの男も狙いは当然指揮官だ。


 見えない何かが一斉に蠢く。


 フォルクローレは即座に煙幕を展開する。フォルクローレを中心に広がった煙をかき分けて触手がはいずるのが見て取れるようになり、テオドラもカーネルも目視でかわしながら後退する。フォルクローレは可能な限り触手を弾きながら男から目を離さない。


 男はフォルクローレの様子に違和感を覚えていた。


 フォルクローレは指抜きグローブをつけているとはいえ、ほぼ直接触れていると言ってもいい。だというのに、ミョルニルの時のように、力が抜けているようなそぶりは微塵もなかった。

 得体の知れない違和感に足が止まっている間にテオドラとカーネルは撤退を終える。目標を失った触手がのたうちまわるも、自分に当たらない触手以外は触れず動かず、目は男から離れない。自分に課せられた任は失敗だが、それよりも興味の惹かれる対象だった。


「騎士の中にもまともなモノが残っていたようだな」

「………」


 フォルクローレは応じない。思考を巡らせる。目下の目的であるカーネルを逃すことには成功してたものの、元々の目的である第10区画の奪還という目的は達成できておらず、敵陣に飛び込んでいった四人もまだ戻っていない。退路の確保もしつつ、この男を退ける必要がある。

 ヤヨイの機転のおかげで、第10区画を跋扈していた化け物の処理は済んでいるが、ナガツキは未だビアンカと交戦中、ヤヨイ自身も、状況を鑑みるに、交戦状態に入っていることは間違いない。

 そう考えると、肌から得られる情報を増やすためにバイザーを外していたのは失敗だった。現在の装備ではヤヨイを含めて他隊員とバイパスを繋いでの連絡を取ることはできず、騎士章を介する他ない。だが、この男の前でそんな悠長なことはしていられないだろう。


 煙幕が晴れつつある。できることなら、人数差をつけてこの男を抑えたいところだが、思うようにいかないものである。


 しからば、


(手荒になるのも仕方ない、か)


 手袋が一瞬、パチリと弾ける音を鳴らす。煙幕の中で見えた閃光に男が考えを巡らせる前にフォルクローレは動き出す。

 姿勢を低く大きく前へ踏み込む。同時、足下にあった手頃な大きさの瓦礫の欠片を蹴り込む。

 瓦礫の欠片は吸い込まれるように男の顔面に一直線に飛ぶが、見えない触手がそれを防ぐ、砕け散った瓦礫に目が移る。その男の左側、触手が動いた隙間を縫ってナイフが飛翔する。身体を捻りながらナイフを躱し、近場の触手で飛んできた方向を叩くが、フォルクローレの姿はない。


(どこへ…)


 考える前に、先程かわしたナイフに仕込まれていた爆薬が起爆する。かなりの量の爆薬が仕込まれていたようで巻き込まれた触手が二、三本千切れ飛んだ。

 その爆発音に紛れて、背後から小さな破裂音が聞こえる。


「っ!」


 反射的に振り返り、触手を投げ撃つ。

 だが、触手は何かを捉えることはなく、強烈な光が男の目を焼いた。

 フラッシュグレネードによる閃光は透明な触手では防げない。苦悶の声を漏らしながらも、近づかれないように手当たり次第に触手で滅多打つが、何かを捉えた感触はない。


 パチリ。


 弾ける音と共に、男の意識は遮断された。


「…確保」


 男の背後に立っていたフォルクローレが、男を脇に抱える。

 フォルクローレは結局、その場からほとんど動いていなかった。

 戦場における実戦のほとんどをビアンカに任せていたツケだろう。圧倒的な実戦経験不足と、触手がある事による油断に付け込めたのが大きかった。


 男の姿はフォルクローレには見えなかったが、ローブのような着の物から伝わる感触からして、人間と形状はほぼほぼ変わらないと見える。

 男が気絶したことによって触手も消えており、男が目を覚ますまでは危険はないだろうと判断し、騎士章を取り出し、カーネルのいるであろう作戦本部に伝達を流す。


「触手の男を確保、気絶させているものの、目覚め次第触手を出されては対処できないため、帰投を見送る。拘束具一式を此方に運んでいただきたい」

「了解、人員を送るのでその場で待機。拘束でき次第、移送するか?」

「いえ、取引に使いましょう」

「取引?」

「この区画から撤退させる代わりにこの男を返します。ビアンカは確実に釣れるでしょう。ヤヨイが誰と交戦しているかは不明ですが、其方もこの男をダシに使えば下げられるでしょう」

「…いいのか? その男の能力は厄介だろう」

「私なら、問題ありません」


 力強く言ったその言葉を、カーネルは信じた。


 第10区画は荒れてはいるものの、設備そのものが全て破壊されたわけではない。未だ使用可能な区内放送用のスピーカーを一時的にクラッキングし、ビアンカ達に呼びかける。


『触手の男の身柄を預かった! 今すぐ交戦をやめ、第10区画から手を引け! さもなくば、男の命は無い!』


 スピーカーの声を聞きながら、後方からやってきた騎士が持ってきた拘束具を使い、手早く装着させる。さらに何処から取り出したのか、無痛式の注射器を取り出し、男に突き刺した。親指で中の薬品を押し込むと、空になった注射器をその辺に捨てる。


「中尉殿、今のは?」

「仮死薬だ。本来なら痛みで苦しむ隊員に使って延命させるために用意しているが、こういう使い方も出来る」


 感心する騎士を他所に、男の首元に手を当て脈を計る。徐々に落ちていく脈を確認して、男を担ぎ上げた。

 騎士章からナガツキの位置を確認し、フォルクローレも移動を開始する。


『繰り返す! 交戦をやめ、第10区画から手を引け! 引けば男の身柄を引き渡す、引かなければ命は無い!』


 激しく動いていたナガツキの動きが止まる。

 フォルクローレがナガツキに合流すると、辺りは随分と見晴らしが良くなっていた。建物は疎らにあるが、そのどれもがほとんど粉砕されており、原型を留めていない。

 拘束具に包まれた透明な男は依然ぐったりとしており反応はないが、ナガツキと対峙していたビアンカは憎々しげにフォルクローレを睨んでいた。


「………、解放するだなんて、随分と余裕なのね」

「こいつ自体は大したことなかったからな、おかげでこの通りだ」


 フォルクローレが軽く持ち上げると、ビアンカは顔を歪ませる。


「…手を引くわ、それでクロウは返してもらえるんでしょ」

「あぁ、こいつが出てくるなら、いつでも捕まえられるからな」


 一層顔を歪めるビアンカに、ナガツキは持っていた銃を仕舞ってパタパタと顔を手で煽いだ。


「あっつー、いやー終わらないかと思いました…。当たんないわ当たんないわで」

「いい経験になっただろう」

「はい、とっても!」


 いい笑顔でそう言ったナガツキに、ビアンカは舌打ちした。


「それで、どうしたらいいの」

「ここに来る為に何かに乗ってきたのだろう? そこまで案内してもらう。それまでは預かる」

「わかった」


 背を向けて歩き出したその小さい背中をある程度の距離を保ちながら追う。途中、横道からミナヅキ、ハヅキ、コーネリアの三人と合流する。


「フォルクローレ中尉、ご苦労さまれす」

「あぁ、そちらも、掃討ご苦労」


 コーネリアと短く挨拶を交わし、ビアンカの警戒を続ける。やがて海辺に出ると、ヤヨイが待っていた。


「お疲れ様です、フォルクローレ中尉」

「ここを抑えていたか。アレは…ブラックカラーだな?」

「えぇ、まぁ、そんな感じです」


 少し歯切れの悪いヤヨイに構わず、フォルクローレはビアンカとブラックカラーに言った。


「そこに並べ」


 ブラックカラーは怪訝そうにビアンカとフォルクローレを交互に見るが、ビアンカが素直に沿岸に立ったことで、ため息と共にビアンカの横に並んだ。


「見ての通りの人数差だ、余計なことを考えず、賢明な判断が出来ることを、祈っておこう」


 脇に抱えていた男をビアンカとブラックカラーに投げる。放物線を描いた男は、前のめりになったビアンカに受け止められる。


「…帰る」

「………、ふむ…まぁ此方も収穫はあった。だが、この失態は高くつくぞ」

「うるっさいわね、ぶっ殺すわよ」


 浮上していた潜水艦に乗り込んだ三人、潜水艦はその姿を海へと隠す。コーネリアがその目で遠ざかっていくのを確認し、ミナヅキがホッと一息ついた。


「で、中尉、あと何秒?」

「今だ」



 ドゴォッ!!!!



 少し離れた海から、水柱が勢いよく噴出する。


 あっけに取られたミナヅキとハヅキが信じられないと言ったようにフォルクローレに目を向ける。


「まさか…仕込んでたんですか?」

「これが騎士のやることですの…?」


「相手が手段を選んでいないのに此方が選んでいてどうして勝てる。泥水を啜ってでも勝たなければ、死ぬのはお前の友だ。勝つ為に卑劣になる事は、卑怯では無い」


(卑劣と卑怯の違いがわかりませんわ…)

(もはやつっこんだら負けなのかもしれない)


 何も言わずに視線を海に戻す二人に、ヤヨイは頭の後ろで手を組んで踵を返した。


「まぁどうせ死なないでしょうから時間稼ぎくらいですかね、その間にとっととこの区画直して防衛ラインを構築し直さないと、また来ますよ」

「それは我々の仕事ではない。土木作業員にウチの隊員を貸し出してやるのはやぶさかではないがな」

「元気有り余ってそうですもんねぇ。うちの奴らは鍛錬ばっかりでこっちに顔ださねぇんだから、こういう時じゃないと顔も見られないときた」


 ミナヅキやハヅキ、ナガツキはそれぞれの隊に研修という形で仮配属されているような状態だ。フミヅキもその能力から隠密部隊に重宝されているので、威力強襲部隊にあまりいる時間はない。

 結果、シモツキくらいしか兄弟では寄り付かない状態になってしまった。

 カタル、リチウム、ニール、セイレーンは鍛錬こそすれ、勤務時間中は大体部隊室にいてくれるので、一人ぽつんと取り残される事はないのだが、それでも最初の頃の賑わいに比べれば寂しくなったものだ。

 ヤヨイは帰投の連絡を入れて、帰りましょうかと歩きだす。そのヤヨイと並んで、フォルクローレはヤヨイに問うた。


「…やはり腑に落ちん。この襲撃の意味はなんだ? 悪戯に消耗をしただけのようにしか考えられん。互いにリソースは有限のはずだ。生体兵器もコストは掛かる。これほど無駄にしてまでこの区画にこだわる理由はなんだ?」

「………、リソースを減らしたのはあくまで人間至上主義の連中だけですよ。アイツは何も失ってない」

「協力関係にあるのではないのか?」

「あるでしょうけど、結局のところ利用してるだけですよ。実際、ビアンカもブラックカラーも触手も失っちゃいないし、逆にビアンカとブラックカラーはそのユニットを体に馴染ませる機会をもらった。そう考えるとあのジジイからしたら得をしてるんじゃないっすかね」

「クラウディオ・ニッセンは、手駒を育てている…と?」


「あくまでそうかも、というだけですよ。裏で動いてる可能性も十分あります。アイツの目的は変わってないはずだ」

「…神を作る、か。大それたものだ」

「天災は、昔っからぶっ飛んでるやつって相場が決まってますよ」


 深い溜め息で、フォルクローレは会話を切った。


 フォルクローレの疑問は尤もだろう。正直なところ、ヤヨイも計りかねているのだ。彼が何をしようとしているのかを、その結末を。

 こちらから打って出られないもどかしさを感じながら、ヤヨイもまた、深いため息を吐くのであった。

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