14.崩れたもの、貫くもの
暗がりの中に一点の光が差す。
彼女はゆっくりと目を覚ました。ぼやける視界と、追いつかない頭で辺りを見渡すと、胸を押さえてのたうちまわるピエロと、注射器を持った見知った顔があった。
「ニキー…た?」
ポツリと漏れた声、その声に、彼女自身がハッとした。
カシャン!と金属が軽くぶつかる音がする。先程よりもシッカリとした視界でもう一度辺りを見渡す。手足は拘束具でバツ字に止められ、身動きは取れない。アダマンタイトが持つ灯りを頼りに自分の状況を整理する。
(そっか、私…ニキータに…)
怒りより悲しさが先に出た。信頼していた友人からの裏切りは、リウノに大きな穴を開けた。
「あら、起きたの」
注射を打たれてグッタリとしたピエロを放置してリウノに振り向いた。
「手荒な真似してごめんなさいね。でも、ちょっと必要だったのよ、あなたが」
「…どういう意味ですか」
「ヤヨイ・ミカグラ、あなた彼について何処まで知ってるの?」
ミカグラの名前を聞いて、彼女は目を見開いた。
「まさか…彼に何をしたんですか!?」
「落ち着いて、彼はここにはいないし、まだ何もしてないの。それで?何を知ってるの?」
リウノはアダマンタイトを睨みつけながら、口を開く。
「仰ってる意味がわかりかねます」
「そう。まぁ、あなたが何も知らない事は知ってるからいいわ」
リウノは眉をひそめ、アダマンタイトに言った。
「彼に何をする気ですか」
「あの子自体に興味はないわ、欲しいのその心臓、災厄の装甲を手に入れたその心臓が欲しいのよ。前回のは壊されちゃったしね」
良いところまでいってたのよ?と楽しそうに傍らに置いてあったチェアーに腰掛け、デスクにランプを置いた。
「あと、ボスにね、それをつかって残ってる4から11も進化させとけって言われちゃったのよ。で、試しに4と5に投薬してみたんだけど、一人は自滅、もう一人はあんな感じよ」
アゴでさされた先には静かに眠るピエロの姿があった。
話が見えない、いや、わからないからこそここまで喋るのだろう。
「…嫌な人になりましたね、あなた」
「あら、私はあなたのこと最初から嫌いよ。くだらない正義に振り回されて、流されるままに騎士団入って。知ってるのよ?あなた体力テストほぼ落第点なんでしょ?親のコネってスゴいわねぇ、ホント…」
背筋が凍りつく。
光を反射しないアンドロイドの瞳がリウノを貫いた。
「ま、そんな事は良いのよ。私としては彼が来てくれれば」
リウノは背筋が凍ったまま、震える声で言った。
「彼は…来ないと思います」
「…あら、どうして?」
「私の父上は私を贔屓したことはありません。残念ながらあなたが言うような事は一つもなかった。確かに、最初は父上への憧れでした。正義を貫くその姿に惹かれたことに嘘偽りはありません」
凍った背筋が段々と熱を帯びていく。
「ただ、正義は誰にでもあります。人それぞれの正義があるんです。私は彼と会ってそれを知った。教えてもらった。まだ私の正義は見つけられないけど、でも私には私の正義があって、父上にも父上の正義がある。そして私は父上の正義を知っている」
震える声が芯を持った響きに変わる。
「父上はいつも大多数を取ってきた。相手が私だろうとそれは変わりません。犠牲になるのが私一人だけなら、父上は絶対に私を助けには来ません。だから、彼は来ません」
ニキータは眉をひそめながらリウノに言った。
「あなた、その意味わかってるの?つまり、あなたは見殺しにされるということなのよ?」
「その通りです。それが彼の正義であり、貫くべき思念だと思います」
はっきりと言い切ると、アダマンタイトはため息を吐いて、立ち上がる。
「じゃあ死ぬといいわ。来ないなら、こちらから仕掛けるだけですもの」
「………」
リウノは目をつむり、腹を決めた。
カツ、カツとアダマンタイトのパンプスの音が段々と近くなる。そして、彼女の前で止まると、嬉しそうに言った。
「でも残念、私の勝ちみたいね」
「…?」
「あなたは父親の正義は理解していても、彼の正義は理解できてなかったみたいね」
「まさか…!」
「えぇ、来たわよ。ただ、余計なのもいるみたいだけど」
ニキータは未だ寝ているピエロを蹴り飛ばす。
「ほら起きなさい、仕事よ」
「やめなさい!あなた彼をなんだと思ってるんですか!」
「は?」
呻き声を上げながら体を起こすピエロの腹を踵で踏みつける。
「あなたこそ、これらをなんだと思ってるの?コレはね、兵器なの、人を殺す為の人の形をした兵器。物の扱いに何かを思うなんて、どうかしてるわあなた」
「こ…の……!」
「いいからサッサと行きなさい。いい?お兄さんとは一対一でやるんだから、先に二人を始末しなさい。時間差で誘導するから、しっかりやんなさい」
「命令…すんじゃねえよ」
覚束ない足取りで、部屋の隅にぽっかりと空いた穴から、落ちるように降りていった。
「それで、あなたはどうする?死ぬ?」
「…好きにしてください、殉職なら本望です」
「面白くない子、命乞いでもしてくれたらこっちもやりやすいのに」
アダマンタイトはチェアーにもう一度座り、手元の端末を操作しながら詰まらなそうに足を組んだ。
「まぁいいわ、あなたが餌として有用なのは証明されたから、もうしばらく生かしておいてあげる」
「………」
自分は彼の足枷になるだろう。だが、それでも、彼が来てくれたことが嬉しかった。
しかしこの状況が悪いことに已然変わりなく、彼女も彼女なりに抜け出す術を探す事にした。




