13.上に立つものとしての覚悟
その後駆け付けたヘベルハス率いる治安部隊に同行し、ヘベルハス、ミカグラ、ドライドは騎士団庁の最上階、総帥室に来ていた。
総帥は、彼らが来たことと、他のものが出払ったのを確認してから、三人に向き直り、口を開いた。
「カタル・リウノの救出は行わない。そしてこの件については緘口令を敷く。誰にもこの事は言ってはならない」
その声音に迷いはなく、同時に、嘘偽りも無かった。いち早く反応したのはヘベルハスだった。
「待ってくれ総帥!あんたの娘だろう!どうして助けに行かないんだ!」
「単純な事だ。一人のために複数の犠牲を払う必要はない」
「犠牲が必ず出るって訳じゃないだろ!なんでそう言い切れるっ!」
「私は知っているからだ。相手が何なのかを、その強さを、その恐ろしさを、私は知っているからだ」
視線はミカグラを射抜く。ドライドはヘベルハスとは対照的に、二つ返事で了承した。
「承知しました。記録も押さえておきますか」
「あぁ、そのように頼む」
「フォル、貴様…!」
「なんだ?これは決定だ。首と胴体を繋げておきたいなら慎め」
「貴様それでも人間かァっ!」
「あぁ人間だ、何処もいじってない天然物だ、貴様と違ってな」
「てめえ…!」
「そこまでだヘベルハス中尉。ではこれにて解散とする。各自持ち場に戻るがいい」
ヘベルハスはギリギリと拳を握りながら、大股で総帥室を出た。ドライドはそれを見て、鼻で笑いながら総帥に一礼し、平然と出て行った。
ミカグラは、伏せていた顔を上げて、総帥に尋ねた。
「何故、彼らが外に出ているのですか」
「…隠せるものなら隠しておきたかったのだがな。二年前、君の兄妹達が何者かに攫われた。いつか現れるとは思っていたが…、まさかこのような形になろうとはな」
ぼす、と椅子に身体を預けた総帥の顔は、父親の顔になっており、同時にやつれてもいた。
腐っても父親なのだ。出来ることなら娘を助けたいに決まっている。だが相手の脅威も知っている。内心では凄まじい葛藤があった事だろう。それを一度も表に出さず、冷静に事を告げられるその精神力には感嘆する。
そして不器用だとも感じる。
「俺、行きます。俺なら、彼奴らの相手も出来る」
「ダメだ」
「どうして!」
「君はもう貴重な戦力だ。新兵と曹長、どちらが重要な戦力であるかは明白だろう。加えて、君のその力は、これからの世界で必ず必要になる」
「でも、それじゃあ彼奴らのやる事全部見て見ぬ振りしろってことじゃないっすか!俺にはそんなの我慢できません!それに…また暴走したら…」
「…確かに、君以外が彼らを止めることは無理だろう。そもそもの馬力が違うからな。なら逆に聞こう、君は行ってどうするのだ」
「………、もう決めてあります」
ミカグラは真っ直ぐ総帥を見て言った。
「あいつらを、壊す。そして、カタルを助け出す」
総帥はその視線を受け止めながら、机の上にホログラムを浮かせる。空中ディスプレイを操作して、一つの任務を送った。
「奪還任務だ。とはいえ、単独での厳しい任務になる。こんな事は言いたくないが、娘の生死は問わない。この時勢だ、誰がいつ死んでもおかしくはないからな。ただ、出来れば、遺体は連れて帰ってきてほしい」
「遺体じゃなくてちゃんと生きて返しますよ。任せてください」
ミカグラは胸を張ってはそう宣言した。総帥はその言葉を信じることにした。
「あぁ、頼りにしている。だから、お前も帰ってこい、ヤヨイ。待っているぞ」
「っ、はい!」
ミカグラは返事をして踵を返した。
その背中を見送りながら、総帥は天井を見上げるように背もたれに深く身体を預けた。
彼を引き取ったのは10年前、キッカケはとある研究所でのサイボーグの暴走だった。
政府が進めていた計画、成長する金属の精製、それに加えて行われていた人体実験、成長する金属を人間に埋め込み、兵器化。更に進化する兵器の製造。そこにいた11人の少年少女の中に、ミカグラかいた。
彼は、その実験の唯一の成功例だった。
成長する金属はある種の装甲として与えられ、本人の意思によって、機能、武装が増えていく。大まかな方向性は決められているは決められているものの、本人の意思で更に付加する事が出来る。そしてその心臓は、ある一定の条件下に置いて、更に進化するよう、プログラミングされていた。
それが12番目の装甲。
科学者達は、その条件をこのように設定した。
『生命の危機に瀕した時、装甲は進化する』
成長する金属は他のサイボーグよりも馬力が高く、順応性も高い。中々に生命の危機に瀕することは無かった。その為、科学者は考えた。被験体同士を争わせれば、互いに生命の危機に瀕するのではないだろうか、と。
しかし兄妹同然に育ってきた彼らに突然争えと言ってもそんな事が出来るわけがない。だから投薬した。理性を吹き飛ばし、互いを敵と認識するような薬物を。結果として、投薬された二人は獣の様に争い始めた。
だが、科学者は計算を誤った。彼らの最大火力に、施設そのものが持たなかったのだ。投薬されたミカグラの兄のムツキと、姉のキサラギはその力を使って破壊の限りを尽くした。理性を失っている以上、その魔の手は兄妹達にも伸びた。
彼は、その時、死にかけた。
死にかけた時に、進化した。
当時現役だった総帥が駆けつけた時、ミカグラは二人の兄妹を抱き抱え、泣き叫んでいた。
辛かっただろう。聞けば、彼らは本当の兄妹のように育ってきた、一つの家族だった。自分の慕っていた兄と姉に襲われ、さらにその二人を殺さなければなからなかった彼の心境は、計り知れない。
だからこそ、彼は負い目を感じている。そして責任を持っている。それが兄としての矜持であり、役目だと思っているのだろう。
それを利用している事は理解している。利用しなければならない事もわかっている。
だからこそ、自分にも出来ることがある。
(子の尻拭いは親の務めだ。カタル、ヤヨイ、任せておけ)