11.初講義
今回は少し長めです。
翌週。
気怠い体を引きずって、彼は大学に向かった。途中、すれ違う人々を避けながら、彼は頭の中で今日ある事を思い出していた。
『私の初めての授業なんですから』
授業でやった事は大抵次の授業開始までに忘れているミカグラも、不思議なことにこの事だけは覚えていた。
今日は二限から、しかもその授業からだ。多分それで思い出したんだろうと自分に言い聞かせながら教室に足を踏み入れた。
大学の友人が取っているからという理由で取った授業、巷では人気の多い授業らしく、人は多い。友人の影を見つけて、声をかけた。
「おす」
「おー、おはようさん」
「やっさんおはよーう。なぁなぁ、あの先生の隣にいる巨乳美人知らね?先生の友達?」
教授の隣に佇むパンツスーツの女性、遠目からでもわかるその顔に、カバンを机に置きながらこぼした。
「あぁ、カタルか。もう来てんだな…」
「え、何知ってんの?誰々?フリー?」
「フリーかまでは知らねえよ。俺の居候先の娘さん。騎士だよ」
「え、マジ?女騎士?くっころ?」
「は?くっころ?何それ」
「いいんだヤヨイ、お前が知るべき世界ではない」
諭すような言い方にミカグラは更に首を傾げながらも椅子に座って突っ伏した。
「え、もう寝んの?話聞かなくていいの?一応知り合いなんだろ?」
「ぁー…そっか…面倒くせー…、後で何か言われたくもねーしなぁ…」
体を起こして前を見ると、丁度リウノと目があった。楽しみで仕方ないといった顔で、大きく手を振ってくるリウノ。それに反応して、視線が此方に集中する。
割と恥ずかしい。とりあえず手は振り返しておいた。横の二人がニヤニヤと口元に手を当ててこちらを見てくるので片手で払って視線を追いやる。
「いやぁ想われてますなぁヤヨイクン」
「んな訳ねえだろ」
チャイムが鳴り響き、講義開始の合図となる。教授が先に壇に立ち、口を開いた。
「はい、講義始めるよ!今日は騎士団に関する事を勉強しようと思うんだけど、特別講師として、実際に騎士団に働いている方に来てもらいました!私の友達のリウノ先生です。じゃあ、よろしくお願いします」
アダマンタイトが場所を譲り、リウノが壇に立つ。緊張している様子は余り無い。初めてだと言う割には胆力があるようだ。
「皆さんこんにちは」
疎らに声が返ってくる。リウノは返事が返ってきたことに満足して、また口を開いた。
「今日授業をするカタル・リウノです。一度先生をやってみたかったので、こんな機会を頂けて嬉しく思ってます。さて、じゃあ内容に入る前に、皆さんの中で騎士団に入ろうかなーって考えてる人、居ます?」
はーい、とリウノが手を挙げて、周りを見渡す。釣られて見渡すと、思ったよりも多い。それだけ騎士が人気の職業という事だろう。
「おー、意外といるようで、嬉しいですね。じゃあ実際にどんな事をするのか、何故できたのか、それから今の世界情勢も含めて、勉強して行きましょう」
手元に持っていたリモコンのボタンを押すと、モニターに世界地図が表示される。弧を描くような左側の大陸と、長方形にきっちり整備された大陸。その間に挟まれるように、凹の形をした大陸が描かれている。
「今、世界は三つの大陸で分かれています。そしてそれぞれがそれぞれの主義によって動いている。事の始まりは50年前、カン暦92年に確立された技術、『人為幽体離脱と定着』です。これによって、人々はモノに魂を移すことが可能になったわけですね。それまで、私達は体の一部を機械に変えたり、意志のないロボットをAIを使って駆動させたりしていたわけですが、その必要が無くなった。といえば大言ですけど、機械頼りだったものを機械無しでも可能にしたわけです。
そんな時に現れたのが俗に人間至上主義と呼ばれる人たち『神に選ばれた者たち』と、サイボーグ至上主義の『技巧の革命者』です」
弧を描く大陸に『神に選ばれた者たち』、長方形の大陸に『技巧の革命者』の文字が浮かび上がる。更にその二つの間に剣が交わった。
「この二つの主義はお互いに排他的であり、また、話し合いの場を設ける事もなく、休戦もしないまま、今の今まで争い続けているのです。しかしこの争いは、互いの領地で行われません。何故でしょうか?」
わかる人、とリウノが軽く手を挙げてまた辺りを見渡す。誰も手を挙げない。ちょっと難しすぎたかな、と頬を掻きながらリウノはモニターに目を移した。
「それは、この大陸が、もっと言えば、この国が、中立だからなのです。
さっきも言った通り、彼らはお互いに排他的です。その為、追いやられる人々は後を絶ちません。その人達をことごとく受け入れてきたのがこの国です。だから、皆さんの周りには人間も居ます、サイボーグも居ます。お友達として仲良くしていられるでしょう?そんな事が出来るのも、この大陸だけです。だからこそ、この二つの主義にとって、ここは邪魔なのです」
ここで、モニターに大きく騎士団の紋章が現れる。馬に跨り、剣を高く掲げる半人半機の騎士だ。
「そんな人々をこの二つの勢力から守る為に設立されたのが騎士団です。双方の脅威から立ち向かう為、この国で、この大陸で暮らす様々な人々を守る為に、騎士は日々研鑽しています。さて、ではお待ちかね、騎士団についてお話ししましょう」
紋章が上部に移動、縮小され、その下に5つの線が伸びる。
「今騎士団は5つの団に分けられています。その中にまた細々とした部隊編成がされている訳ですが、私がいるのは第四騎士団の治安部隊ですね。恐らく皆さんとの距離が一番近い部隊だと思います」
第四騎士団の治安部隊にリウノのデフォルメされた笑顔が映り、左右に揺れる。
「この治安部隊は色んなところを見て回る部隊でもあるので、皆さんも何処かしらで見かけたことがあると思います。そして騎士団の花形、殲滅部隊ですね。この間西側であった人間至上主義側からのサイバーテロに対応したのが第一、第二騎士団の殲滅部隊でした。
ただ、殲滅部隊は花形である反面、殉職者の多い部隊でもあります。その第一線を生き抜いてきた方々は、多くの勲章を授かったり、未だ現役で活躍している人もいます」
モニターが切り替わり、五人の顔が映し出される。といっても、半分くらいはサイボーグなのか、兜の目線が光っていた。その中に、自分の上司の顔があった。一番左端、メガネはしていないが、黒髪オールバックは変わっていないようだ。改めて見ると、やはり目つきが悪い。
(っていうか、マジか)
他人のことに興味など無かったのだが、こういうところで出てくると気になってくる。