9.古株三人
それを見送った三人、ドライド、隠密にはそぐわないであろう巨漢のサイボーグ、マイク・グレゴリー、任務よりナンパが趣味の人間、コラード・ルッツァスキは時計を確認する。
ミカグラが出勤したのは19時、任務が入ったのは19時半頃、そして今は20時半。これは本来ならあり得ないタイムだ。暗殺任務なら準備に準備を重ね、内部構造や人員を把握し、数人がかりで取り掛かるのが普通だ。これで二三日は掛かる、し、かけざるを得ない。
ある程度のアイテムが与えられているとはいえ、やはりこのタイムはおかしいのだ。
ルッツァスキは肩を竦めながらため息をついた。
「ほんと、ヤル気失くすぜぇ…。やっぱ化け物は違うわ」
「コラード、言葉を慎め。仲間だぞ」
「マーイク、アレが仲間だって?言ってくれるぜ、ソロで何でもかんでもこなされちゃ、俺らなんて必要もないだろ」
あいつは俺らを仲間だなんて思っちゃいない。
断言して、机の上に足を乗せた。隠密班の創設当初からいるこの三人は、互いに遠慮をする事をしないし、必要もないと考えている。とはいえ、他人がいる前では出来ることではないが。
「そうは言い切れんだろう。彼はまだ若い、戦術的な経験もまだ浅い。我々がバックアップでついてやることで彼の生存率が上がることは間違いない」
「それって俺らに脇役でいろって事じゃねえかよ。ざっけんなよ、何でクソガキに譲んなきゃなんねえんだよ、あぁ?」
「そもそも隠密班が主役を張ろうというのが間違いだとまだわからんのか」
「カァーッ!騎士を張るなら目立ってなんぼだろうが!おめぇはいいよなぁ!いるだけで存在感あんだからよぉ!」
「その辺にしておけ、コラード。お前の言うことも一理あるが、そのクソガキに負けを認めている時点で貴様は負け犬だ。転属させてやろうか」
「おいおい、フォル!お前まであの化け物の肩を持つのかよ!」
「化け物なら此処にもいるだろう。サイボーグの腕を素手でもぎ取れる化け物がここに」
自虐ともフォローともつかない言葉だが、ルッツァスキの口を閉じさせるには十分だった。彼は不安げにドライドに尋ねた。
「あんた…ホントにどうしちまったんだよ。あんな事、人間ができるようなことじゃないだろ」
「さぁな…、俺にもわからん。出来てしまったことに変わりはない」
「私はそれが自分に向けられないことを祈るだけだな」
「身内にそんな事をし始めたら俺はもう死んだも同然だ。射殺してくれて構わない」
「そういうな。信じているさ」
マイクは鎧と一体化しているため、兜で顔を見ることは出来ないが、穏やかな声が彼が笑顔であることを教えてくれる。
「やっぱり、あの事件の所為なのか…?」
「コラード、その話はもうしないと…」
「いや、案外そうなのかもしれんな。あの頃から、俺はサイボーグが憎くてたまらん。一度こちらに銃を向けたとあれば尚の事だ」
「そういう割に、シャーロイド軍曹には冷たいじゃないか」
「それは…アレだ。ほら、その…雰囲気が似てるんだ。おかげで否が応でも思い出させられる。だのにあいつはサイボーグだからな。俺にもよくわからん、葛藤の末だと思ってくれ」
「ならそういう事にしておくぜ」
隠密班の夜勤は、いつもの様に穏やかに過ぎていく。
隠密班の仕事というのも、基本は裏待機。秘密裏に任務を受理し、表で動いている前衛騎士団を盾に、その任務を遂行する。それ故に、手柄を横取りされたと非難されることも多々あった。
それを払拭したのも、ドライドとミカグラだった。
ドライドの毅然とした対応、有無を言わさぬ物言い、そしてその実力。ミカグラの任務を遂行する速さ、それまでの実績。加えて、データとして残っている隠密班が動いた任務と動いていない任務を同規模で比較した場合の負傷者の圧倒的な差が、隠密班を騎士団全体に認めさせたのだ。
もちろん認めたくないという者も少なくない。例えば、クライス・ヘベルハス。彼の生き様とその凄まじい戦績はドライドも知っている。というか、今騎士団に入ってくる大抵の輩は、総帥の昔話かヘベルハスの武勇伝による憧れが強い。
総帥は人間であるが故に、前線から退いているが、ヘベルハスはその若者達を受け入れるために体をサイボーグに変えた。自分の正義と生き様を、騎士としての在り方を、これからも刻む為に。
だからこそ、彼の隠密班への抵抗は大きかった。