prologue
ーーカン暦92年、機械工業が先進した人類は、一つの岐路を迎える。
「回り込め!退路を塞ぐんだ!」
「サー!」
人為的な幽体離脱。つまり魂と身体の分離に成功。それは、非科学的ではあるが、魂というものの存在を確立させ、更には
「転生者だ!気をつけろ!吹き飛ばされるなよ!」
人と機械との融合、倫理的に禁じ手とされていた、永遠に生きる肉体の誕生。
「えっ…!ちょっまっ!」
「ッ!リウノ!」
『転生者』を誕生させた。
「………?あれ…?」
「………」
自分の身体が浮いている。確か自分は今、騎士装備をつけていて、空中戦闘用の物には換装してないし、というか新人の自分に空中戦闘用装備なんて配備されるわけがないし。
それよりも…。
(今さっき…ミサイルの直撃を…受けた…受けるはずだった…のに)
不思議なことに、身体は何てことは無く、未だに宙に浮いている。
まぁ浮いているわけではないのだが。
「降ろすぞ」
頭上から聞こえた声に顔を上げる。それと同時に、身体が地に落ちた。ゴシャ、とコンクリートに凹みを作りながら、鎧が音を立てる。衝撃に少し頭を揺さぶられながらも、顔を上げると、暗がりに二本の線が光っていた。喉の奥から小さく音が漏れる。
周囲に明かりは無く、兜の目線部分が発行しているとわかっていても、その光景は不気味に見えた。
暗がりに溶ける漆黒の鎧。それはどこかで聞いたことのあるものだった。
『また黒騎士の手柄か。だが隠密でやるとはやはりけしからん』
上司が言っていた。隠密部隊に所属している有能な男がいると。
「貴方がそのけしからん騎士ですね!!」
「………、は?」
思わず、といった風に出た言葉は、思っていたよりも若く聞こえた。そこへ、鎧の駆動音とホイールが地面と擦れる音が響く。
「新入り!!…!黒騎士か…?おい!所属と名を名乗れ!」
ギャギャギャッ!!と脚部のホイールを横滑りさせ、赤いマントをはためかせて駆けつけたのは、直属の上司。黒騎士をけしからんといった張本人だ。
白い鎧の胸部からは、周囲を照らす灯りが点いており、その光は二人をも明るく照らした。と思えば、漆黒の鎧は光を反射せず、暗がりに溶け込み続けている。
「…隠密班所属、ヤヨイ・ミカグラ曹長」
「第四騎士団第二部隊長のクライス・ヘベルハス中尉だ。ウチの新入りが世話になったな」
ヘベルハスはミカグラの横でへたりこんでいる自分の部下を叱責する。
「何をボケっとしている!サッサと立て!まだ作戦の途中だぞ!持ち場を離れさせて悪かったな。行ってくれ」
ヘベルハスの言葉に頷いて、ミカグラはその場から姿を消した。
文字通り、音もなく、注視していたはずの二人でさえ、どのように去ったのかわからないほど気配もなく、姿を消した。それを更に不気味に思いながら、自分の背筋を正した。
「はぁーあ、クッソ、よりにもよって隠密に助けられるタァな…。それにしても…、リウノ一等ォッ!!」
「はいぃいいい!」
更に背筋が伸びる。着込んでいる鎧がけたたましく暗がりに響いた。
「敵を前にしてあの腰の引けようは何だゴルァ!!騎士なら敵を打ち倒して見せろバータリがァ!」
「ご、ごめんなさぃいいい!!」
ヘベルハスは大きくため息をついた後で、身の丈を大きく超える長さの槍を仕舞う。伸縮自在な槍は厚さ10センチ程度、直径30センチ程の円盤となり、彼の小円盾に収納された。
クライス・ヘベルハス。階級は中尉。大柄ながらも細身のサイボーグに魂を移した転生者。サイボーグと言っても、騎士甲冑なので、厳めしいことに変わりはない。真紅のマントを背負い、相手がどれだけ銃弾やミサイルを撃ち込もうが決して回り込まず、正面から立ち向かう。悪さをする奴は必ず捕まえる、所謂正義漢だ。
その部下で、実は今日が初陣のカタル・リウノ一等兵は肩を落とした。下げた視線の先には、これまた厳めしい二丁拳銃が揺れる。前線に出る彼女達新兵にとって、この二丁は標準装備だ。
そして、リウノは『人間』である。
別段、人間が珍しいわけではない。単純に、サイボーグと比べて余りにも脆い。幾ら堅いパワードスーツに身を包んでいたとしても、中身の脆さは自分が一番よくわかっている。そしてヘベルハスもそれをよく知っている。なのでこれ以上彼女を叱ることはしなかった。
「ったく、戻るぞリウノ。このままじゃ手柄が隠密班に持ってかれる」
「はい!」
脚部のホイールを駆動させ、二人は作戦区域に戻っていく。
今回の作戦は、スラム街を乗っ取ったサイボーグ至上主義者の捕縛もしくは殲滅。余りにも抵抗が激しかった場合には殺害も許可されているこの作戦、既に殲滅戦に変わっている。
ある程度の抵抗はあったが、何より、スラム街の『人間』を全て殺害してしまったことが大きな一因だった。更には、その場にいたサイボーグ達をも引き込んで戦う駒にしてしまっていた。その為、スラム街自体を全て封鎖、絨毯爆撃はしていないものの、全ての通路から一斉に殲滅作戦を開始した。
それももう終わりそうな頃、敵方からの反撃を受け、今に至る。
二人が急いで先ほどの前線地域に戻ると、前線は更に進軍しており、ある一つのビルを囲むように騎士団が盾を構えている。恐らく、この中に敵の首領がいるのだろう。隠密部隊が秘密裏に設置した内部のカメラが映す。
「状況は?」
ヘベルハスがモニターを監視する男に声をかける。
「依然変わりなく。我々の優勢ではあるものの、内部の其処彼処に爆弾が仕掛けてあるため正面からの突破は難しいかと」
と、そこで、モニターの内容が切り替わる。カメラであることに変わりはないのだが、何処かを移動している様子が克明に映し出されている。
そして、一箇所、床の…いや、恐らく天井の一枚を外すと、其処には今回の主犯サイボーグが映し出される。
「…!こいつ…やりやがったっ」
『ッグ』
天井から素早く主犯の肩に乗り、目の前の首が回転した。ガギンッ!と鈍い音と共に、主犯の男が倒れこむ。一瞬遅れて、それに気付いた取り巻きが得物を構えるが、それももう手遅れ。その背後から隠密部隊の面々が頭に銃を突きつけた。
鼻まで隠れた黒い仮面を付けた顔が目の前に映る。
『制圧完了、工作部隊は爆弾の除去を開始せよ』
モニターの映像が消え、周囲が慌ただしくなる。
「また持ってかれた!クソ!こんな事騎士がやるようなことか!」
「そんなこと言っても、正面突破で怪我人を増やすよりは大分マシだと思いますよ、中尉」
「ロートス…お前までそんな事…」
「実に合理的な判断だと思いますよ」
「だからと言って騎士がおいそれと不意打ちに甘んじて良いものか、否!断じて否だ!」
モニターの前にいた男はため息とともに立ち上がり、自分が広げた機器を仕舞い始める。簡易デスク、椅子、モニターに至っては空中投影だ。仕舞うのは小さなプロジェクターのみ。それら全てが収縮可能で、トランクケース一つに収まってしまう。
そのトランクケースを持ち上げ、彼はヘベルハスに向けて言う。
「少し言葉に気をつけたほうがいいですよ。そこの腰の引けた新兵が寿命を縮めかねません」
「こ、ここここ腰が引けてなんて…いますけど…でも部隊長の言うことは正しいと思います!!」
「遅かったか…」
「リウノ!お前はちゃんとわかってくれるんだな?!」
「はい!部隊長!騎士たるもの、いついかなる時も正々堂々と、ですよね!」
「そう!その通り!お前はやっぱり俺の部下だ!よし、飲みに行くぞ!俺の武勇伝を聞かせてやる!」
「部隊長、作戦の報告が終わってからにして下さい」
「え、やっといてよ」
「権限がありません」
「譲渡」
「却下」
「けちけちすんなよー…」
「騎士が仕事を投げ出してよろしいので?」
「良くないな!良し、飲みは仕事が終わってからだ!」
「はい!部隊長!」
男、リチウム・ロートスはもう一度大きくため息を吐いた。しかしこれでも上司なのだ、受け止める他ない。それに、仕事自体はキッチリやってくれるし、時には部下の面倒もしっかり見てくれる。
もう一つ付け加えるならば、彼は、ヘベルハスは部隊長にいるような階級ではない。中尉にもなれば、現場から離れ、後ろの方で指揮を取るのが一般的、且つ当然の立場だ。それでも彼が前線に立っているのは、こうやって自らの騎士のあり方を後世に伝える為でもあるのだろう。
それがどんなに古風で、どんなに不合理な事であったとしても、それは必要な事だ。その心構えがあってこそ、合理的な判断をすることができる。不合理や理不尽を知る事で、合理的で、理に適った選択を選ぶことが出来る。
ロートスはそう考えている。
彼も、本来なら後方支援の役割を担っている。今ここにいるのはこのモニターを映すためで、他意はない。
といえば嘘になる。
(黒騎士…見れなかったか…)
カメラを持っていたのが黒騎士だとは露知らず、彼は少し落胆しながら本来の持ち場に帰った。
その後、爆弾を全て処理し、首領を含め、主犯メンバーは全て逮捕(首領は気絶だったらしい)、余罪も判明し起訴された。
作戦終了後、ロッカールームにて、初陣をヘッピリ腰で終えたリウノは、分厚い鎧を自分のロッカーに掛けた。女性的な曲線が多い、しなやかな鎧に、羽根を両耳部分に三つずつあしらった兜、量産型にはあり得ない仕様だ。
それも、彼女の父親あってこその特別仕様だ。
彼女の父親、ギフレイス・リウノは現在、騎士団の総帥を務めている。その父の名に恥じぬよう、初陣を終えたかったのだが…。
(だめだぁ…いくら装甲が硬いからって怖いものは怖いよぉ…)
ロッカーに頭から寄りかかる。それと一緒にたわわな胸がぶら下がる。
「…重い。はぁ…帰ろう」
ヘベルハスは処理すべき書類が多過ぎてまだ仕事を上がれそうになかったので、飲みの話は今度になってしまった。
ボブに切り揃えられた髪を整え、スーツに着替えてロッカーから出る。その目の前を横切る黒い影。いや、影ではない。
「ん?アンタさっきの…」
「はい…?」
凡そ此処に居るべきではない青年の脇に抱えられていた兜を見て、彼が誰なのか知る。
漆黒のコートに二本目線の兜。
「あーっ!黒騎士!」
「それは名前じゃねーんだけどなー…」
「ちょうどよかった!貴方には言いたいことが山ほどあるんです!」
「聞いてくれないのかーそっかー」
「ほら!いきますよ!」
「待って、せめて着替えさせて」
「今日は私の奢り…いやそんなにお金持ってないかも…加減してくれたら奢りますから!」
「いや、飲みたいのはわかったしおごらなくていいから着替えさせてっ」
ぐいぐいと背中を押すリウノにびくりとも動かないミカグラ。顔を真っ赤にしながらなおも押す彼女に負けて、少しずつ、ゆっくり歩き始める。
(まーいっか、ロッカーこっちだし)
途中のロッカーに忘れないように足を止める。どん、と背中に何かがぶつかる。と言っても、今はリウノ以外の人間は見当たらない。
「なんで急に止まるんですか!」
「だから着替えるんだってば、ちったー話聞いてくれよ」
「あー、そう…ですね」
やっとわかってくれたか、と胸を撫で下ろす。
「その格好不気味ですもんね」
「俺の仕事着バカにすんじゃねえよ」
っつかそっちかよ、と苦笑いしながらロッカーに入る。だが、五分もしないうちに出てきた。
「お待たせ」
「お早いですね」
「まぁ、脱いで着るだけだし、鎧ほど面倒なものじゃないしね」
「鎧じゃないんですか?」
「うん、俺らは基本紙装甲、俺は胸部のプレート一枚だけ。もっとつけてる人もいるけど、その人は他と比べ物にならないくらい怪力だからな」
改めて、ミカグラの洋服を上から下まで見てみると、それも良くわかる。無い、というほどでもないが、見た目と相応に細身の体型、少し厚手の灰色のパーカーにジーンズ、肩掛けのカバンには何かの模様が描かれた缶バッジがついている。
「なんか、学生みたいですね」
「みたいじゃなくて、そうだよ?俺らは騎士団以外に正体言えないからさ、普段は普通の人に紛れて生活する必要があるんだ」
「そうだったんですか…。因みに…おいくつ?」
「21」
(私より三つ下ーっ!)
頭を抱えて蹲るリウノにミカグラは笑って手を差し伸べる。
「あんた新兵だろ?最初は誰でもあんなもんだって」
「む…、随分と古株な言い方ですね」
「そりゃあな」
手を取ったリウノを引き上げて、言った。
「俺騎士団に十年いるし」
「へぇ、そうなんでぇえええええええっ!」
(一々反応でかい人だなぁ)
空いていた片手で耳を塞ぎながら、笑顔は崩さなかった。
「十年も卑怯者みたいなことしてるんですか!」
「卑怯者て…、アレも立派な仕事だろ。アンタみたいなのが特攻しまくって怪我人増えたら、医務室がぱんぱんになっちまう。そうならないように、無駄な怪我をしないように、俺たちみたいなのが必要なんだよ」
「むー…、でも許しません!私が貴方を更生させます!」
(更生もクソもあんのかよ…)
「えっと、お名前は確か…ヤケニミソヅケ…軍曹…?でしたよね」
「んなわけあるか、とりあえずアンタが味噌漬け好きなのはわかったよ。ヤヨイ・ミカグラだ。階級は曹長、ちゃんと覚えてくれよ、カタル・リウノ一等」
「あ、私の名前…知ってたんですか…?」
「まぁね、総帥がめっちゃ心配してたから」
「え、父上と仲いいんですか?」
「俺拾ってくれたの総帥だから、あと隠密部隊は総帥の命がないと動けないし」
「父上、後で〆る」
「まぁまぁ。じゃあ、今日はお疲れ様。俺は帰って課題やんなきゃ」
「あ、はい。えと、ありがとうございました」
「いえいえ、また会えたら会いましょう、リウノ一等」
飄々と手を振って去っていく彼の背中に、リウノはやる気に満ちた視線を送っていた。
(帰ってミソヅケ軍曹の更生プログラムを組み立てよう、そうしよう)
次回は4日の投稿です