ドリームキャッチャー
友だち同士での宿泊というのは、修学旅行同様に子どもたちを高いテンションに導く。
その日の夜。仲良しの仲間同士の初めての一泊旅行ということで、夕食にしても入浴にしても、七海や詩織たちのテンションは上がりっぱなしだった。
しかしさすがに騒ぎ疲れたところもあるのだろうか、やがて夜の10時を過ぎた頃に最初に真夢が眠りに落ち、そしてそれぞれが和室に敷かれた清潔な布団の中で眠りの世界へと旅立っていったのだが、その中で一人、どうしても眠れないでいる人物がいた。
それは七海である。
七海はどうして今眠れないでいるのかは、なんとなく理解している。それは夕刻に詩織から聞いた晴樹の事があるのだろうと自分では思っているのだが、それ以外にもまだ心に引っかかりがあるような気がして、それがさらに七海の眠りを妨げる要因となっていた。
七海は小さい頃に確かに晴樹に憧れを感じていたが、それはあくまでも幼かった彼女の気持ちでしか無い。現に夕刻詩織に指摘された通り、恥ずかしながらも彼女の気持ちは水神瞬の方を向いているのは事実だし、今更晴樹が目の前に現れたところで、特に自分に何か影響があるとも思えない。
しかし、どうしてもまだ何かが心に引っかかっている。
まだ何か忘れているような、思い出さなければならない大事なことがあるような・・。
「ナミ、まだ眠れないでいるの?」
ふと暗闇の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
声の主は絵里子である。
「あれ、リコも?」
「ナミがなんだかモゾモゾしてるから、気になって目が覚めただけだよ。」
部屋の中に、少女たちの小さな笑い声が響いた。
「そう言えばさ、ナミ。この前ナミから預かったストラップだけど、なんのストラップか判ったよ。」
絵里子が自分の荷物のカバンを引き寄せると、その中から小さな紙袋を取り出した。
「あ、ありがとう。それで、結局それなんだったの?」
絵里子の言うストラップとは、もちろん七海が旅行前に不思議な少年から受け取った、あの生々しい鳥の羽根が付けられたストラップのことである。
「これさ、ちょっと形状が違ってるけど、多分ドリームキャッチャーだよ。」
「ドリームキャッチャー?」
「うん。簡単に言えば、アメリカインディアンに伝わる悪夢祓いのお守りだね。」
「悪夢祓い?」
「そうそう。要は夢見が悪い時にこのお守り持ってると、悪い夢を捕らえてくれてグッスリ眠れるっていうわけさ。」
「ふ〜ん・・・。」
その時だった。不意に七海の心の中に、ある想いが巻き起こった。
それはまるで閃光のように彼女の記憶の中を駆け抜け、薄らと意識かけられていたヴェールを引き剥がしたのである。今まで漠然としてしか判らなかった心の引っかかりに、七海が気付いたのだった。
『このドリームキャッチャーをくれた男の子の名前、確かハルキって言ってた!そう言えばあの子、どこかで見たことがあると思ってたら晴樹さんにそっくり・・?』
七海は急にガバっと起き上がると、周りで眠っている輝蘭たちを起こさないように注意しながら、絵里子の布団の中に潜り込んだ。
「うわっ、急にどうしたのさ!」
「リコ!お願い、あたしのお話聞いてくれる!?」
七海は布団の中で絵里子に密着すると、真剣な顔つきで、以前彼女が電車の中で体験した出来事を話し始めた。
絵里子は最初、七海の行動が冗談じみているので何かのおふざけかと思いながら聞いていたが、やがてその話のどこかに信ぴょう性を感じ取ったのか、次第に真剣に話に聞き入るようになっていた。
「ナミ。どうしてその話、もっと早くしてくれなかったのさ?」
「だって・・、頭おかしいって思われそうだし・・。」
「アンタさ〜、リコのことどう思っているワケ?」
(絵里子は自分のことをリコと呼ぶクセがある)
七海は口をとんがらせて、下を向いた。
「・・・・・心霊研究家。」
「じゃあ、アンタとリコの関係は?」
「・・・・・親友同士。」
「それじゃあ、リコがナミのこと疑うと思う?」
「・・・・・・思わない・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・ゴメン。」
ふと顔を見合わせる七海と絵里子。
すると二人はなんとなくお互いの仕草がおかしく見えて、音を出さないように声を殺しながら笑い合っていた・・・。
「OK、ナミ。それじゃあ、ちょっとその男の子の言った事、少しだけ検証してみようか。」
「お願い、リコ。」
「その晴樹さんらしき男の子って、ナミに『町が悪い夢に飲み込まれる』って言ったんだよね。」
「うん。」
「それって多分、この町で何か悪い事が起きるかも知れないって意味だよね。海猫ヶ浜で悪いことしそうな人って言ったら、誰を思い浮かべる?」
「それは・・・大権様のところかな〜。」
「それともう一つ。その晴樹さんって人が揉めてた人って言ったら誰?」
「・・・・やっぱり大権様!?」
「まあいろいろ下調べしなきゃいけない事も多いけどね。とりあえず今リコが思い浮かべられるのはこれぐらいさ。どう?少しは参考になった?」
「は〜、なんだかんだ言っても、さすがリコね。なんだかすごく納得できる。」
「あれ?もしかしてリコのこと見直した?」
「うん!見直した。」
「それじゃあ、明日一日は結構時間もあるし、本当に大権様とやらが悪者かどうか調べてみようか。」
「危なく無いかな?」
「そんなに深く首を突っ込むつもりは無いよ。あくまでもちょっと調べてみるだけ。いざとなったら、警察に逃げ込めばいいだけの話だからね〜。」
そして七海は布団の中で絵里子と手をつなぐと、大きなあくびをした。釣られて絵里子も大きなあくびをする。
絵里子が簡単な道筋を作ってくれたからだろう。心のつっかえが急に取れたような気がした七海は、どこか安心できたような気がして、急に強い眠気が襲ってきた。
「ねえリコ、このまま一緒に寝ちゃっていい?」
「え〜?ナミってそんなに甘えん坊だった?」
七海は絵里子の顔を見ると、ニッと笑って見せた。
七海と絵里子は幼なじみで、その付き合いは誰よりも長いものがある。まだ小学生だった頃、二人はよくお互いの家に泊まりに行って、何度も一緒に眠った間柄だ。
しかしあれから月日が流れ、今は二人は中学生。もう高校受験も目の前に控えていて、一緒に布団を共にした経験は遠い昔の思い出になっている。
七海と絵里子はお互いの顔を見合わせ、そして同じことを考えていた。
それは二人が気の合う親友同士だからこその、心の通じ合いなのかも知れない。
いつまでも、一緒にいようね・・・。
「いいでしょ?」
「しょうがないな〜。」
そして二人の少女はクスクス笑うと、やがて深い眠りに落ちていった・・・。