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大権様

「ナミさん。さっき叔母さんが言っていた大権様ってなんですか?」


 民宿での一休みを終えて岩場での釣りに出かけた七海、輝蘭、絵里子、そして詩織と真夢。

 普段から釣りなどにはほとんど縁が無い彼女たちは、今晩のおかずになるものが釣れるかと思いながら釣竿を垂れているうちにその魅力にどんどんとはまり、キャアキャアと悲鳴とも歓声とも言える声を上げながら楽しんでいたが、そのうち少し疲れた七海と輝蘭が岩場から離れた所にある丸太の上に腰掛けた。


 詩織と真夢と絵里子は、引き続き釣竿を振りながら興味津々に海の中に目を向け、次はどんな魚が釣れるかとはしゃぎまくっている。


「大権様って言うのは・・実はあたしもよくは判らないんだけど。」


 輝蘭の質問に少し考え込んだ七海は、丸太の上から立ち上がると磯からの反対側に目を凝らし、そしてはるか遠方にある何かに向けて指を指した。輝蘭が七海の示す方向に目を向けると、彼女たちがいる場所から1KM程離れた場所だろうか。この辺りの建物とは雰囲気が違う大きなお屋敷のようなものが、海岸と海沿いの崖の間に建てられているのが目に入った。


「あら、あんな所に大きなお屋敷がありますね。あんな海沿いに建てて大丈夫なのかしら?」

「あれが大権様を祀っているお屋敷なんだけどね・・・。」


 大権様というのは、海猫ヶ浜付近に古くから伝えられる土着の信仰だったと七海は記憶をしている。

 海猫ヶ浜には臨済宗のお寺があり、この町の住人はそのほとんどがこのお寺の檀家になっているのだが、まだ七海が生まれる前からこの奇妙な宗教はこの地に存在していて、昔から地域住民からは疎まれていたということを叔母や母から聞いていたことを思い出していた。


「大権様って、確か海の何かの神様らしいんだけど、どんな宗教かは信者の人しか知らないんだってさ。」

「奇妙な団体がいるんですね。宗教に偏見は持ってはいないつもりですけど、危なくは無いのですか?」

「あんまりいい噂は聞かないみたいね。あたしも聞いただけだからよくは知らないけど、昔は誘拐事件とかも起こしたらしいって、叔母さんから聞いたことがある。」

「あら、穏やかなお話ではありませんね。」

「うん。それにさ。さっき叔母さんが、大権様のところとフォルネウスホテルがもめてるって言ってたでしょ。実はホテルが建っている『風の丘』の一部が大権様の所の私有地だったみたいで、あそこの人が大激怒してるんだってさ。」

「え?それじゃあ、あのお屋敷にはあまり近づかない方が・・。」


 すると七海は小さく首を横に振って、輝蘭に笑って見せた。

「今はもう警察に解散させられて、後はあそこには教祖だったお婆さんが一人暮らししているだけなんだってさ。」

「それなら、もう特に心配する必要は無いんですね?」

「うん。そのお婆さんも今はホームヘルパーやデイサービスなんかにお世話になっているらしいんだけど、やっぱりちょっと普通の人とは感覚が違うみたいで、結構あっちこっちで小さいトラブルは起こしているみたいだってさ。」

「そうですか・・・。」

 輝蘭はそっと立ち上がると、改めて遠方に建つ屋敷の姿を眺めた。


「でも、その方がどんな方なのかは知りませんが、一人であんな大きな屋敷に住んでいるなんて、なんだか可哀想な気がしますね。」

 すると七海も輝蘭の顔を見ながら彼女に同調してうなずいた。

「あたしもそう思う。どんなに裕福だとしても、もし一人ぼっちで暮らしているなら、きっと寂しいってどこかで思っていると思うよ。」

 七海の言葉を聞いて、輝蘭は何かホッとしたような気がした。

 

 輝蘭はまだ小学生だった頃、友だちが全く出来ずに孤立していた時期がある。

 それは輝蘭自身の我の強さに問題があったのだが、今は深い付き合いの友人たちに囲まれ、あの頃の自分に戻ることは無いと確信している。

 あの時の自分の考え方は明らかにおかしいというのは、今の自分には充分すぎるほどに理解できるが、当時はそれが当たり前だと思っていた。

 他人を顧ない考え方。そして行動。


 今輝蘭は七海や絵里子に出逢い、自分自身のトゲトゲしさがずいぶんが取れたと自覚しているし、そんな自分が本当の自分だと思えるようになった。

 だから彼女には、そのお婆さんの気持ちがなんとなく理解できるような気がしていた。


「ねえねえナミ、キララ。もう釣りしないの?」


 しばらく釣りに興じていた絵里子が、世間話をしている七海と輝蘭に気付いて近づいてきた。七海が先程まで輝蘭と話していた内容を絵里子にも伝えると、彼女もまた興味を持って七海の話に乗ってきた。

 絵里子は普段から不思議な話や怪談に造詣が深く、それらに関連する知識が豊富である。彼女は特にその中の【大権様】に興味を持ったらしく、しばらく考え込むとある話を始めた。


「大権様か〜。多分【権】っていうのは神様の化身を表す言葉だと思うけど、でもあんまり聞いたこと無い名前だな〜。」

「へえ〜、リコでもそういうので知らないことあるんだ。」

「ちょっとナミ。リコのことどういうふうに見てるわけ?」

「だってさ。リコってそういうことで『知らないことなんか無いね〜。』って、いつも言ってるでしょ。」

「あれ、そうだっけ?」


 すると今度は、いつもこういう話には気乗りしないはずの輝蘭が、珍しく彼女の見解を話し始めた。


「でもこういうのって、元々の名前が変化して、今の【大権様】っていう名前に治まったっていうのが考えられるパターンですよね。」

「お、キララ。珍しいじゃん、こういう話題に乗ってくるのがさ。怪談には興味無いんじゃなかったっけ?」

「あら、リコさん。これはリコさんが好きな変な怪談じゃありませんよ。これは立派な宗教のお話ですから。」

「ちょっとキララ。あんた怪談のことバカにするワケ?」

「別に怪談をバカにしてるわけじゃありませんよ。」

「ならいいんだけど。」

「私はそれをいつも得意げに話しているリコさんがおかしいと・・。」

「なに〜!?」

 

 輝蘭と絵里子は一見すると犬猿の仲に見えるようなことも多い。しかしその根底ではきちんとお互いの事を信頼しているということは七海もよく知っているので、多少口ゲンカのような様相を見せてきた二人を、七海は少し面白がって眺めていた。


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