小さな心変わり
「え〜!?今度の旅行を止める〜!?」
舞台は変わって、ここは七海たちが通う籠目中学校。
これから始まる連休を前に、中学校に通う学生たちも多少なりともソワソワしたような様相を見せていたが、その日のお昼休み。いつものように休み時間の取り留めの無いおしゃべりを楽しんでいた椎名七海、瀬那輝蘭、工藤絵里子の3人だったが、突然の七海の思いも寄らない提案に、絵里子は奇妙な悲鳴を上げた。
「ちょっとリコ(絵里子のこと)!変な声上げないでよ。」
「だって、あんなに前から計画立てて、リコたちだけじゃ無くシオリやマムたちも楽しみにしてたんだよ!」
輝蘭も七海の提案に驚いたようで、意外そうな表情を浮かべながら七海に聞いた。
「ナミさん(七海のこと)。急にどうかしたんですか?海猫ヶ浜のご親戚の方に不都合ができてしまったとか?」
「あの・・・。そういう訳じゃ無いんだけど・・・。」
不思議そうに七海を見つめる絵里子と輝蘭の顔を見て、七海はすっかり返答に困ってしまった。
目前に迫った連休に想いを寄せていた輝蘭と絵里子だっただけに、七海の提案は簡単には納得できるはずも無い。だから2人が七海への不満を口にするのも、当然と言えば当然のことだった。
「ううん。別にうちの叔母さんはどうもして無いけど・・・。」
「それじゃあ、いったいどうしたんですか?急に・・・。」
七海がこの旅行を渋っているのは、もちろん昨日の電車の中での出来事が理由である。もしかしたら何か厄介事に巻き込まれるのでは無いかという不安が彼女にはあったのだ。
ただもちろんこの出来事は、自分でもそれが本当にあったことなのかどうかも自信が無かったし、正直そのまま彼女たちに話をしても、スンナリと信じてもらえるという自信は全く無かった。だから七海はやんわりと計画の中止まではいかないまでも変更ぐらいは出来ないかと思っていたのだが、反面あれだけ苦労して勝ち得た旅行計画でもあったので、多分無理だろうとも思っていた。
「ほら・・せっかくみんなで旅行に行けることになったでしょ?もしかしたら季節外れの海の家に行くよりも、もっとみんなが楽しめる場所が他にあるんじゃないかな〜って思ってさ・・・。」
「ナミ、何言ってるんだよ。」
少し大きめの声で反論したのは絵里子だった。
「みんなあれだけ苦労して出来上がった旅行計画だよ!今から変更できるはず無いじゃん。」
「そうですよ、ナミさん。」
輝蘭も絵里子に同調する。
「私たちもシオリちゃんもマムちゃんも、あれだけナミさんの叔母さんの所に行くこと、楽しみにしていたじゃありませんか。きっと今までに無いくらいに楽しい旅行になりますよ。」
ニッコりと微笑む輝蘭を見て、七海は小さなため息をつきながら『やっぱり無理だったか〜。』と心の中で思っていた。
正直言って、七海の中にも海猫ヶ浜で何か事件が起きるという確信があるわけでは無い。そもそも電車の中での出来事が現実かどうかということにも自信が無いし、仮にあれが現実だったとしても、それが今回の旅行に影を落とす確かな理由も無いのである。
ちょっとウトウトしたついでに見てしまった夢だったと思えば、一番合点がいく。そう考えた七海は改めて輝蘭と絵里子の顔を見ると、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながら応えた。
「そうだね。せっかくみんなで決めたんだから、あたしの想いだけで変更するのはおかしいよね。ゴメンね。」
七海の意思が変わったことに気付いた輝蘭と絵里子は、お互いに顔を見合わせるとほっとした表情を浮かべた。
「ナミさん。きっとどこに行くよりも楽しい旅行になりますよ。私もナミさんの叔母さんに会うのを楽しみにしていますよ。」
すると今度は絵里子が立ち上がり七海の後ろに回ると、ヤレヤレといった具合に彼女の肩に手を置いた。
「全くナミときたらね〜。でもナミの言うことも一理あるかな。確かにリコみたいな活きのいい美少女が、季節外れの海水浴場に行ってもヒマなだけかも知れないしね〜。」
「相変わらずリコさんはおヘソの方向がズレてるみたいですね。ナミさん、リコさんは一緒に行きたく無いみたいですよ。」
「判った、キララ。それじゃあ、リコのぶんの予約取り消しておくね♪」
「わあ、嘘うそ!とっても楽しみ!楽しみだってば!!」
そして籠目中学校の3年生の教室に、少女たちの明るい笑い声が響いた。
輝蘭と絵里子の笑顔を見て、七海は少し心に引っかかりはあったが、それでも『ま、何も起きるはずも無いか』と思いながら、素直に優しい笑顔を浮かべていた。