表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/34

七十二

 四人がフォルネウスホテルに到着するまでは、約一時間を要した。幸い風雨が弱まる時間帯もあり、予想した程に衣服は濡れずに済んだが、彼女たちがホテルの前に立った時、その異様な雰囲気に少なからず言葉を途切れさせていた。


 暗闇の中に浮かび上がる幽霊城。それが絵里子が最初に抱いた印象だっただろうか?

 夜とも思える荒天の中に、それはあたかも彼女たちを威圧するかのような絶対的な存在感と共にたたずんでいた。先日に見た時にはあれほどに快適に見えた最先端のリゾートホテルが、今は悪霊を祀る墓標のように怪訝な空気を漂わせている。

 ホテルに人の気配は無く、正面門には『keep out』と書かれた黄色いテープが張り巡らされていて、周辺にキレイに手入れされていたはずの見事な花畑はすっかりと朽ち果てているばかりか、正面玄関に設置されていた天使像は見るも無残に頭部のみが崩れ落ちている。

 四人はその沈黙すら突き刺さる刃のように痛く感じて、しばらくの間、まるで金縛りに遭ったように動けないでいた。


「入ろうか。」

「・・・うん。」


 幸い正面玄関は施錠されておらず、バリケードテープを剥がせば簡単に中に入ることが出来た。ホテルのフロントは相変わらずシンプルながらもキメの細かい手入れが施され、清潔に整理された接客や応接のための気配りが行き届いた空間になっている。

 しかし四人がフロントの奥の通路から先に進んだ時、およそ想像とはかけ離れた空間が現れ、その異質さに彼女たちは二度目の驚きのため息をついた。

 

 そこにあったのは、異常なまでに広く仕切りの無い空間だった。本来ホテルにはパーティーなどに使う大きなホールがあるものだが、フォルネウスホテルのそれはホールというようなレベルでは無い。その広さは大きなグランドに匹敵するものがあり、高さも数十メートルはあると考えられる。ホテルの外観から考えると、この空間と多くの客室を同時に設置することは不可能で、どう考えてもまともな建築物とは言い難い。


「なんだこれ!?ここ本当にフォルネウスホテルか!?」

 その常識を越えた異常さに、絵里子は思わず驚きの声を上げた。

「何かの全天候型の野球ドーム・・・では無いですよね・・。」


 この建物の不自然さを伝えるには、輝蘭の言葉が最も適しているのかも知れない。つまりこの建築物は外観のみがホテルの形状をしているが、その中はただの空の伽藍堂。たった一つの広大な空間を確保するためだけの建物だったのである。

 空間の床は幾何学形で中央に大きな円が配してあり、それを囲むように六つの十二角形が均等に周りを取り巻いている。そしてその六つの十二角形を見た絵里子たちは、そこに現代の象徴的な施設とはかけ離れた不気味な物が並んでいることに気付いた。

 六つの十二角形の全ての角に立てられた白い蝋燭。

 計七十二本の蝋燭に火が付けられ、その炎がどこからとも流てくる微かな風に煽られ、まるで彼女たちを手招きするように揺らめいていたのである。


 そして絵里子たちは、その幾何学形に囲まれた円の中央に、遂に目的の人物を見つけることが出来た。円の中央に白い布に包まれた清潔なベッドが設置してあり、その上に七海と詩織の姿を発見したのだった。


 七海と詩織は意識が無いようで、ピクリとも動く気配は無い。しかし暗がりの中でもその血色は感じ取られ、少なくとも死んではいないということだけは把握することが出来る。そして四人は七海の傍に、遂に今回の事件の張本人とも言うべき、野望に満ちた男の姿を目撃した。

 男は七海と詩織の姿を頭の先から足の先までジロジロと見つめ、正に目的の物を手に入れた満足気で邪悪な笑みを浮かべている。そしてその後に絵里子たちに視線を移すと、あの晴樹だった頃とは全く別物の低い声で話しかけてきた。


「せっかくこれだけの儀式のための空間を作ったのだからな。観客がいないと面白くは無い。だから特別に待っていてあげたよ。」


 男の声はひどくしわがれていて、ともすればまるで人を不機嫌にさせるために存在する音階のようにも聞こえる。その恐ろしさに少女たちはたじろいだ表情を浮かべたが、その中でただ一人だけ、男に向かい挑戦的な目付きで挑み、一歩前に進み出た者がいた。


「待っていてもらって悪いね〜。御陰でアンタの正体が判ったよ。」

 それは絵里子だった。絵里子は真夢にこの男の恐ろしさを伝え聞いてはいたが、それでもそれに怯む様子は無い。むしろこの状況を予想していたかのように彼女の目は自信に溢れていて、男との対峙を望んでいるようにも見える。


「ほう、私が誰かが判ると云うのか?」

「そうだね。最初は信じられなかったけど、ここの景色を見て判ったよ。」

 そして絵里子は一度言葉を区切ると小さく深呼吸をし、そして男をにらみつけるようにはっきりとした言葉を放った。


「おかしいと思ったんだ。リゾートホテルにこんな名前付けるなんてさ。フォルネウスは天使は天使でも堕天使。つまり悪魔のことさ。

 そしてここに並べられた七十二本の蝋燭を使った魔方陣。

 間違い無いね、アンタの名前はフォルネウス。

かつて古代に伝説のソロモン王に仕えながらも地中に封じられた七十二体の悪魔の一体『フォルネウス』がアンタの本当の名前さ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ