消えた人々
絵里子たちが海猫ヶ浜駅に到着したのは、夕方の四時になろうとした頃だった。
もう台風は相当間近まで迫っているようで、海岸線に白く激しい波が打ち寄せている様子が遠景からもはっきり確認することができる。外はもう夜とも見間違える程に暗く、激しい風雨が窓ガラスを砕こうとするかのように電車を横から打ち付け、四人は天候が荒れ狂う小さな町の情景に、ただならぬ不安な想いを募らせていた。
「ねえ、キララさん。誰もいないね・・・。」
電車を降りた後も、その不安がぬぐい去られる事は無かった。
四人は到着したプラットホームから改札口へと急いで向かったが、本来そこにいるはずの駅員の姿がどこにも見当たらない。それどころか駅の中には乗客の姿すら全く見えず、おそらく台風による影響なのだろうが、電気系統が全てストップしているようで、暗天の闇を照らす一本の灯りすら存在しなかったのである。
真夢がポツリともらした言葉が、三人の中学生たちに不安の刃を突き立てる。
「大丈夫ですよ、マムちゃん。強い台風ですから、おそらくどこかに避難しているのでしょう。」
輝蘭は真夢を元気付けるために肩を抱いたが、正直言って自分の言葉には全く自信が無かった。いくら台風が上陸したからといって、それでも駅のあるこの高台から人が全ていなくなるなど有り得ない。確かに高潮に注意しての海沿いの町特有の避難の可能性はあるが、本来人がいるはずの場所を無人にしてしまう程の極端な避難の必要性までは感じなかったからである。
「リコちゃん、電話つながった?」
「ダメだね。駐在さんどころか、どこもダメ。台風で電話線が切れちゃったみたい。」
絵里子と瞬は近くにあった公衆電話から連絡を試みるが、どこにもつながる様子は無い。痺れを切らした四人は思い切って駅の正面出入口から外に出てみたが、そこで彼女たちは、さらに奇妙な光景を目の当たりにすることになってしまった。
暴風雨の吹き荒れる海猫ヶ浜の街並み。そこには間違いなく人々の住む証が存在しているはずだった。田舎町とは云えそれなりの戸数があるのだから、台風による驚異が迫っていても、生活を営む人々の気配は遠くからでも感じ取るはずなのである。しかし絵里子たちが見た海猫ヶ浜の街には、駅同様にたった一粒の灯のすら発見することが出来ず、あの陽気で穏やかな斜陽の街は、あたかもゴーストタウンのように完全に沈黙に閉ざされていたのだった。
「こりゃ本当に街の人が、みんな避難しちゃったのかな?」
「そうかも知れませんね。街の灯が全然見えませんし、タクシーどころか一台の車も走っていないみたいですよ。」
絵里子と輝蘭は暴風雨に煽られながらも、街の様子をつぶさに観察した。二人は今の状況が、おそらく台風による停電からのものだと会話では納得したような仕草を見せたが、実は心の底では不安と共に別の想いが浮かび上がっていたのである。
それは、まるで自分たちが別の世界に迷い込んだような、あるいは街の住人が全て消えてしまったような、現実では起こり得ない出来事が本当に起きてしまったのでは?
絵里子と輝蘭は同じ想いを持っていたが、それを口に出す事は無かった。それはお互いにそのような言葉を口にすればバカにされるかもという想いもあったが、それ以上に恐れていたのは、口に出すことにより不安が現実化しそうな雰囲気をどことなく感じ取っていたからだった。
「キララちゃん!リコちゃん!どうする!?」
駅の出入口から顔を出した瞬が、徐々に強まり始めた暴風雨に負けないように大きな声で叫んだ。
「とにかく、なんとか歩いてフォルネウスホテルまで行きましょう!あそこは高台にありますし、高潮の被害に遭う心配もありませんから!」
「マムちゃんも連れていくよね?」
「当然です!こんな所に置いていけませんからね。雨風がこれ以上強くなる前に、急いで出発しましょう!」
そして四人は構内にあった備え付けの傘を借り、約3km先にある風の丘のフォルネウスホテルに向け、歩きだしたのだった。




