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クンヤン人

「やっと時が来た!十年だ、ナナミ!これでようやくクンヤンの扉を開くことが出来る!」


 男の眼は野望の色に染まり、あの優しかった晴樹の面影はどこにも無い。目の前の驚愕の出来事に、七海は怯えながらも強く言葉を発した。


「あなた・・・いったい誰なの!?ハルキさんは!?」

「ハルキ?その男はもう十年も前に死んでいるよ。あのインチキ宗教集団のバカな人体実験でな。地上に現存する植物ごときから【遼丹】を作ろうなどと、そんなことなど出来るはずも無い。」

「それじゃあ・・・あたしの想い出の中にいるハルキさんは・・・。」

 男はニヤリと笑うと、勝ち誇ったように七海をにらんだ。


「それはオレだ!クンヤンの扉を開くためには、どうしてもお前が必要だったのだ!お前は憶えてはいまい。お前が六歳で失踪した時、地上のバカな警察共はお前がダゴン教団に拉致されたと考えていたようだが、実際は違う。

 あの時お前は、幼いながらもその能力で、自分自身の力でクンヤンに迷い込んでいたのだからな!」


 男の言葉に、フタをされていたはずの七海の記憶が甦る・・・。

 あの海猫ヶ浜での夜から始まった七海の悪夢。それこそが正に、幼い頃に彼女が迷い込んでしまった地下都市クンヤンにある暗黒世界【ンカイ】の光景だったのである。

 七海は六歳の時、何かの拍子でクンヤンへ行った。クンヤンへの道は世界のあちらこちらにあるが、その一つが海猫ヶ浜の風の丘に存在し、男はその鍵となる人物が現れるのを待ち続けていたのだ。そして七海はその鍵となる能力を十年の歳月の中で成長させ、男のもとを訪れる運命をたどってしまっていたのである。


 男はクンヤンの住人。クンヤンに住む者には特殊な能力があり、単体であるなら地上の人間よりはるかに秀でた超能力を持っている。


 人の心を操り、自分に好感を持たせるチャームの能力。

 人の記憶と容姿を写し取るコピー能力。

 近未来を感じ取る予言能力。

 そして地上人とは比較にならない長命。


 男はコピー能力を使い、教団の蛮行により命を落とした晴樹と入れ替わり、クンヤンへの扉を開く能力を持つ者を待ち続けた。そしてそこに現れたのが七海だったのである。七海は幼くしてクンヤンへの扉を開き、その深部にまで到達してしまったのだ。そしてそれを知った男は、彼女の能力が熟成するまでに十年の時間が必要と考え、予言能力により莫大な富を得て、チャームの能力により七海を自分に従わせようとしていたのである。

 

「・・・どうして、あたしなの?」


「さっきも言っただろう。クンヤンの扉を開くには、お前の能力が必要なのだ。クンヤンに住む者には特別な能力があっても、地上に興味を持つ者はいない。従ってクンヤンと地上の間に道をつなぐまでの能力を持つ者は存在しなかったのだ。オレですら自分自身が行き来することしか出来ない。それがクンヤン人の衰退した大きな理由だ。

 これからお前をクンヤンの入口に招き、その能力でクンヤンの中の暗黒世界ンカイへの道をつないでもらおう。ンカイに棲む邪悪な暗黒生物【無形の落し子】たちは大挙して地上に流れ込み、クンヤンは地上を新たな故郷とするだろう!」


「【無形の落し子】って・・。」

「お前の悪夢の中にも出てきただろう。あの黒いタールのような生き物のことだ。暗黒世界ンカイは、我々クンヤンの住人にとっても忌まわしいものだが、これでようやく役に立つというものだ。後は地上を無形の落し子で一掃した後に環境を整えれば良い。そうすればクンヤンの住人たちも地上に興味を持つことになるだろう。」


 男は両手につかんだ七海と詩織の顔をそれぞれ値踏みするように見、改めてその獲物に満足する笑顔を覗かせた。どうやら男は七海の役割の一端を詩織にも担わせようとしているようで、最初に七海の顔を見て、そして流れるように大袈裟に首を動かし詩織の顔を見る。それは大の大人が子どもをいたずらに威嚇する仕草に見え、一人取り残された真夢は、腹立たしくもどうしていいか判らず、ただおろおろとしていた。


「マム!今は逃げるのだ!」

 詩織が叫んだ。

「だって、シオリちゃんもナナミさんも置いたままで・・・。」

 すると今度は、詩織に同調した七海が叫ぶ。

「マムちゃん!シオリの言う通りにして!今はここから逃げ出して、早く誰か人を呼んできて!」

「・・・うん・・・判った!」

 正直に言うと、真夢には確かに後ろ髪が引かれる思いはあった。しかしそれと同時に彼女には判っていたのだ。今の真夢の持つどの手段にも、七海と詩織を無事に助け出す方法は無いということを。だから真夢は悔しさに口を真一文字に結び、七海たちに背を向け走り出したが、男はそんな彼女の健気な想いさえあざ笑う言葉を残し、最後の行為に及んでいた。


「誰を呼ぼうと無駄だ。もう地上の歴史は終わるのだよ。」


 そして真夢が再び振り返った時、男は七海と詩織と共に、まるで煙のように消え去っていたのだった。


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