矛盾する存在
七海の言葉に刑事は一応うなずいては見せたが、その顔には疑いの色がはっきりと浮かんでいた。それは七海が嘘を言っているというようなものでは無く、おそらく彼女の見間違いや勘違いを疑うようなものだったが、それを絵里子は不満に思ったようで、こちらも不満の色をありありと見せながら刑事に反論した。
「刑事さん。ナミの言ってる事、疑うわけ?」
「いや、そういう訳じゃ無い。君たちは真摯な娘さんたちみたいだし、嘘を言っているとは思っていない。ただナナミさんの言うことが本当だとしたら、どうしても辻褄が合わないんだよ。何か他のことは彼から聞いていないかい?例えば函南氏には双子の兄弟がいるとか、両親が怪しい団体に属しているとか。」
「刑事さん!」
相変わらず七海の証言をまともに受け取らない刑事の態度に腹が立った絵里子は、校長室のソファーから立ち上がり少々苛立った声を上げた。おそらく晴樹が七海が少なからず好意を寄せている人物ということもあるのだろう。彼女の雰囲気は普段のそれとは違っていて、それに気付いた七海が絵里子をなだめると、思い詰めたような表情を見せた。
「やめてよ、リコ。」
「だってさ・・。」
「・・・あたしだって、あれが本当のハルキさんかどうかなんて、はっきりとした確証なんか無いもん。」
するとさっきまで黙って話を聞いていた輝蘭が、初めて口を開いた。
「刑事さん。例えばナミさんが会った人が偽物のハルキさんだったとして、その方はどのような罪に問われるのでしょうか?」
「動機がはっきりしないことにはなんとも言えないな。ただ我々は彼が、なんらかの形で本物の【函南晴樹】の殺害に絡んでいる可能性も有ると見ている。彼は確かに十六歳の時に【大権教】による拉致に遭ってはいるが、生還した際に周辺の住人から別人と疑われるような不審な点は無かったということだ。気付かれないように上手に身代わりを立てるなら、かなり特殊な環境か、あるいは大きな組織の後ろ盾が必要なんだが、今のところは有力な情報は得られていないんだよ。」
「それなら、その大権教の方に聞いてみればよろしいのでは?」
「なるほど。と言いたいところだが、信者は全員行方不明。唯一残った教祖も重度の認知症という有様だ。何を聞いても意味不明の言葉しか返ってこないよ。」
結局刑事は有力な情報は得られなかったと判断したらしく、挨拶もそこそこに学校から去っていった。傍で話を聞いていた校長は、多少なりとも七海たちの話に興味を持ったようで、その後幾つかの質問を彼女たちにしたが、七海の件以外は特に話しても問題は無いと考えていたので、その辺は輝蘭が上手に話をまとめて伝え、面倒な事態は免れていた。
校長室から教室へ向かう途中の廊下で三人は横並びに歩いていたが、いつもの彼女たちの雰囲気とは大違いで、誰一人として言葉を発する者も無く黙り込んでいた。そのうち輝蘭が特に落ち込んでいる様子の七海に気が付き慰めの言葉をかけたが、彼女は少し重症のようで、体が小刻みに震えている。
「ナミさん、元気を出してください。きっと思い違いだったんですよ。ナミさんもあの人が、少し印象が違うって言っていたじゃありませんか。」
しかし七海はうなずいては見せたものの、どう見ても納得したようには見えない。
輝蘭も今の言葉には少し無理があったような気がして、少し失敗だったかなと小さく反省していた。
しかし輝蘭は今の彼女にかける言葉がどうしても見つからず、助け舟を求めるような気持ちで絵里子を見たが、彼女はどうやら別の事を考えていたようで、なぜか立ち止まり外の風景に目をやっている。
「どうかしましたか?リコさん。」
すると絵里子は二人を振り返り、七海の肩を抱くと小さな声でささやいた。
「別に。さあナミ。教室に行って、少しおしゃべりでもしようか。バカなことでもしゃべってりゃ、ちょっとは気が紛れるかも知れないからね〜。」
そして三人は、再び黙って歩きだした。
絵里子は七海に寄り添って歩いていたが、その心中は穏やかでは無い。彼女は半ば泣きそうになっている七海の横顔を見ながら、先程まで巡らせていた考えを改めて思い返していた。
加害者と被害者が同一人物なんて・・・そんなことあるのか?
なんだかもう、黙って見ている場合じゃ無くなっちゃったね〜。




