日常へ
そして次の日。
結局七海たちはあまり多くの時間をレジャーに使うことは出来なかったが、それでもそれなりに満足のいく旅行になっていたようで、それぞれが納得のいく笑顔を浮かべての帰途となった。
「叔母さん、お世話になりました〜♪」
「大変な旅行になっちゃったね。少しあそび足りなかったんじゃないかい?」
「そんなこと無いよ☆」
「楽しかったのだ〜♪」
少女たちは駅へ向かうバスに乗り込むと、お世話になった七海の叔母に手を振った。
わずか三日程度の短い滞在だったが、それでも少女たちには感慨深いものはある。
特に七海は途中のフォルネスホテルの遠景を眺めながら、無言で物思いにふけっていた。
「ナミ。アンタ残った方が良かったんじゃない?」
「リコ。もうそのお話は終わったの!」
絵里子は少し元気の無い七海を、得意のジョークで茶化して元気づけようとしたが、今日の彼女は思いの外乗りが悪い。
あ〜あ。この子、まだ少し引きずってるね〜。
今の状態では七海にどんなジョークを言っても効き目が無いと思った絵里子は、あきらめたような小さなため息をついた。
見ると遠くに離れていく『風の丘』に、数台のパトカーが集まっている様子が伺える。彼女もまた遠くに消えようとしているフォルネウスホテルに目を向けながら、今回の小さな冒険旅行を思い返していた。
そう言えば、確かフォルネウスって、人の恋心を操る天使のことだったよね。
ナミの恋心もこんなにかき乱されちゃって、
ホントに今回の旅行にピッタリな名前のホテルだったね〜。
そして鳳町に帰った七海たちに、いつもの日常が戻っていった。
☆
「え〜!?リコちゃん!それってどういうこと!?」
「だから優しく『お疲れ様♪』って言ってあげたでしょ?」
「あれだけ苦労して情報集めてきたのに、もう必要無いって言うの!?」
「そういうこと♪」
「リコちゃん〜!!」
朝の籠目中学校。
その三年一組の教室に、瞬の泣き声のような悲鳴が響いた。
先日絵里子が大権教について調べていた際に、彼女はさらに詳しい情報を得るために、瞬に電話で遠い美鷹市の図書館まで調べに行くように命令(?)していたのだが、結局大権教の教祖が警察に検挙されたために必要無くなり、苦労して集めた瞬の情報がお払い箱になってしまっていたのである。
「苦労して集めたんだよ!」
「でももう必要無いからね〜。」
「せっかくだから見るだけでも・・。」
「シュン、ご苦労さまでした♪」
「リコちゃんのアホ〜!!」
瞬と絵里子の漫才のような掛け合いを少し離れた所から眺めていた輝蘭は、特にいつもと代わり映えのしない日常に『いつものこと』といったような表情をしていたが、傍に座っていた七海は非常に済まなそうな顔をしていて、半ば独り言のように小声で輝蘭に話しかけた。
「あたし、シュン君に悪いことしちゃった・・。」
二人のやり取りを思いの外真剣に受け止めていた七海を見て、輝蘭は彼女の天然の真面目さを改めて感心したが、あまり七海に思い詰めさせてもかわいそうなので、軽く流せるように応えたが・・・。
「大丈夫ですよ、ナミさん。シュンさんはいじられキャラですけど、あれはあれで本人も楽しんでやっているのですから。」
「でも、シュン君あんなに怒ってるし・・。」
「そうですか?私にはリコさんにいじめられているように見えますけど。」
すると七海は席からガタンと立ち上がり、結局思い詰めた表情のまま、瞬の所に向かっていった。
「あたし、謝ってくる!」
瞬の前でペコペコと頭を下げる七海。
そんな彼女に、あたふたして逆に申し訳無さそうに頭を下げる瞬。
二人の夫婦漫才のような光景が始まると、絵里子は呆れたような顔で輝蘭の傍に寄り、続いてなぜか笑いを我慢しているような表情に変わった。
「ナミはあんな気弱な男の子の、どこがいいんだろうね〜?」
「あら。あれでシュンさんは、結構頼りになりますよ。」
「でもさ、ほら例の『晴樹さん』って、金持ちで結構いい男なんだろ?」
「シオリちゃんやマムちゃんのお話ですと、どうもそのようですね。」
「それでもシュンの方がいいのかね?」
「まあ、そうなんでしょうね。」
「ふ〜ん。女心っていうのは判らないもんだね〜。」
「リコさん。言葉の意味を判って言ってます?でも・・・。」
そして輝蘭と絵里子は、やがて笑い合う七海と瞬を見てニッコリと笑うと、お互いの顔を見合わせた。
「でも、やっぱりお似合いですよ。あの二人は・・・。」
「うん。そうだね・・・。」




