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悪夢

 結局、その日は七海たちにとって散々な日になってしまった。

 輝蘭の推理は七海の叔母によって近くの駐在に知らされたのだが、たまたまその駐在より大権教の捜査を担当していた刑事に連絡が付き、詳しい話を聞くために輝蘭が海猫ヶ浜の町役場に呼ばれる羽目になってしまったのである。

 輝蘭はマンドレイクの根の主成分がアトロピンであることを記憶していて、それが大権教で使われていた向精神薬と合致。鑑識の担当者もそこに現れ、急いでフォルネウスホテルに向かい児童公園の敷地を掘り起こしたところ、おびただしい数のマンドレイクの根が発見されたのである。


 本来なら輝蘭が拘束される時間は長くは無いはずだったのだが、当時専門の有識者が不在だったこともあり、輝蘭の知識は参考になるものが多かったため、あれよあれよといううちに時間が過ぎてしまい、結局彼女たちが宿に戻れたのは、夜の7時過ぎになってしまったのだった。


                ☆


「あ〜あ。結局今日一日が潰れちゃったな〜。」


 夕食の後、詩織と真夢はお風呂に先に行ってしまい、残った七海・輝蘭・絵里子は畳の上にゴロンと寝転びながらテレビを観ていたが、そのうち絵里子がまるで独り言を言うように話した。


「別にナミさんやリコさんまで付き合わなくてもよろしかったのに。」

 輝蘭は起き上がると、絵里子に応える。


「でも、あの警察の人も言ってたけど、大権教って昔からいろいろ悪いことやっていたんだね。」

 七海も起き上がると、改めて今日一日のことを思い返してみた。


 七海にとって、今日は本当にいろいろなことがあった一日だった。特に晴樹に出逢い、突然プロポーズをされてしまったという出来事は、おそらく彼女の一生を計算してみても、そうあることでは無いだろう。


 そして警察官に連れられての様々な出来事。あくまでも七海は輝蘭のおまけみたいなものだったが、それでも日常とはかけ離れた体験は多い。特に捜査の最中に駐在が漏らしていた、海猫ヶ浜で昔から起きていたとされる『神隠し事件』については、初めて聞かされた小さな衝撃だった。


「ナミさん。この町で起きていた『神隠し』って、ご存知でしたか?」

「ううん。あたしも初めて聞いた。」


 実はこの海猫ヶ浜で、もう数十年前から幾度か住人の失踪事件が起きていたのだという。記録として残されている失踪者は、ここ二十年で九人。その内無事に戻ってきた者は五人で、いずれも失踪時の記憶が失われているのだという。

 記憶の消失は高濃度の精神薬を投与された場合にはよくあることで、実質未だ発見されていない者は、あるいは薬の過剰摂取により既に命を落としているのではと警察では考えているとも話していた。

 また当時の失踪者の中には幼い子どもも含まれていたが、その後発見された後の血液検査からは、血液中には向精神薬投与の跡が見られず、そのことも当時の大権教の検挙に踏み切れなかった理由になっている、ということも聞くことができた。


「でもナミ。もう大権教は完全に証拠が捕まれちゃったから、アンタの心配事もこれで無くなるんじゃない?」

「そうですよ。ナミさんの前に現れた少年が、本当にあの晴樹さんかどうかは別として、とりあえず望みは果たされたと思っているんじゃないですか?」


「うん・・・・そうだね・・・。」


 輝蘭と絵里子の言葉に、七海はコクンとうなずくと、窓の外の夜の海岸を見つめた。

 彼女たちの言う通り、あの少年が誰だったとしても、きっと少年の言っていた『悪い夢』は取り払われたような気もする。でも、本当にこれで何もかもが解決したのだろうか?


「ねえ、君。これで本当に良かったの?」

 七海はポケットからドリームキャッチャーを取り出すと、小さく語りかけた。ドリームキャッチャーは風に揺れながら、七海を無言で見つめているように見える。

 

 ふと沸き上がる晴樹からのプロポーズの言葉と、瞬の笑顔。

 二人を天秤にかけるつもりは無いが、自分は本当はどっちのことが好きなんだろう?

 七海は最初に晴樹の事を考え、彼に想いを巡らせた。

 

 まだ自分が幼かった頃の記憶しか無いとは言え、それでも彼の優しさや実直さはよく知っている。今日の出来事はちょっと異常な感じもしたが、それでも晴樹は七海を粗末にすることは決して無いだろう。

 まして彼は大金持ち。その要因は今の七海にとっては小さなものだが、彼は自分の事を必要な人間と言ってくれた。

 あの時のドキドキした気持ちは、きっと偽りの無い七海の本心なのだろう。


 「でも・・・。」


 七海は絵里子と輝蘭から見えないように顔を外に向けながら、小さくクスクスと笑った。

 瞬と晴樹を比べたら、きっと誰もが晴樹の方を選べと言うだろう。

 瞬はマヌケでおっちょこちょい。気弱で単細胞でいじられキャラで・・・・。


 「でも、あたしはやっぱりシュン君のことが好きなんだ・・・。」


 柔らかな夜風が吹く海猫ヶ浜に、遅くまでパトカーのサイレンの音が鳴り響いた。


                ☆


 その夜。七海は尋常では無い夢を見た。

 七海が気が付くと、彼女は暗い洞窟に、一人でポツンと座り込んでいたのである。

 幸い目は闇に慣れているようで、光の射す様子が無いにも関わらず、辺りの一応の地形は把握することができる。

「あたし・・・なんでこんな所にいるの?」

 七海はこの異常な状況に戸惑いながらも、改めて洞窟の全景を確認しようと周辺を見回した。


 その洞窟は、本当に広い空間になっていた。両壁の姿を確認するが、そこまでの距離は優に100M近くはあるだろうか。ゴツゴツとした岩肌はなんとか人が歩ける程度の形を保ってはいるが、その起伏は壊れた階段の上を歩いているようで、前に進むにも通常の数倍の時間を要した。岩肌の所々には不気味に光るコケが付着していて、そのコケを這いずるように見たことも無い奇妙な昆虫も蠢いている。闇の中であるにも関わらず、背の高い植物もかなりの数を確認でき、まるで森のようになっている場所もあるが、いずれも七海が今まで見たことも無い植物群で、彼女を威嚇するように黒い葉を揺らしている。


 天井もまた両壁同様に相当の高さがあり、七海は今自分がいる場所が、おそらく地球上のどの場所でも無い世界。どこか異次元か宇宙の彼方の知らない星のような気がしていた。


「え〜?何?ここ何処なの?」


 しばらく周辺を歩き回った七海は、そのうちに辺りの雰囲気に異常な緊張感が加わりつつあることに気付いた。咄嗟に彼女がひどく醜悪な臭いがする方に顔を向けると、そこにとんでもないものを見つけてしまったのである。


 それは、真っ黒いタールのような物質だった。いや、それは物質と言うには違和感があるだろうか。

 なぜならそれは生き物のように奇妙に蠢き、まるで七海を餌にするかのように、群れを成して彼女に迫ってきたからである。

 タールはアメーバのような生き物と推測されるが、その大きさは牛ほどのサイズがある。

 それが黒い津波のように、原生動物らしからぬスピードで、七海に向かって黒い触手を伸ばしてきたのだ。


 七海はあまりの恐ろしさに悲鳴を上げた。しかしその声が誰かに届いた様子は無い。

 彼女は岩の上を転がるように逃げようとするが、思うように前に進まない。

 逆に黒いタールは無定形のために這い寄る速さが普通では無く、それはあっという間に七海に近づくと、不快に伸びた触手を七海の足に絡めた。


「痛っ!」

 七海の体に、まるで針で刺されたような鋭い痛みが走った。タール状生物の体には塩酸のような成分が含まれているらしく、触手に触れられた七海の足が赤く腫れ上がる。

 悲鳴を上げて泣き叫ぶ七海。

 そして彼女の体がすっかり黒い波に飲まれてしまった頃・・・。


「ナッちゃん!ナッちゃん!!」

 七海は詩織に揺り動かされ、悪夢の淵から目覚めたのだった。


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