マンドレイク
その頃。
輝蘭たちを探していた絵里子は、駐車場近くの児童公園で無事に彼女たちに会うことが出来た。
輝蘭はあそんでいる詩織や真夢と離れて公園の片隅にしゃがみこんでいて、何やら雑草をしげしげと眺めている。
「キララ、やっと見つけた!」
「あら、リコさん。ずいぶん遅かったですね。」
「誰かさんが手伝ってくれなかったからね〜。」
「誰かしら?」
「誰だろね?」
二人は顔を見合わせてニンマリとしたが、いがみ合っても疲れるだけなので、とりあえずベンチに座り、後は七海が来るのを待つことにした。
「ところでリコさん。例の大権様の件、どうなりました?」
「あれ?キララ。アンタ興味無いんじゃなかったっけ?」
すると意外なことに、輝蘭は少し考え込む様子を見せた後、このようなことを言い出したのである。
「私、そんなこと言いましたか?私も本当はお手伝いしたかったのですが、シオリちゃんとマムちゃんをほおっておくわけにもいかないですよね?ですから仕方無くこちらに来たんですよ。」
「・・・ホントか〜?」
「まあ、そういうことにしておいてください♪」
絵里子は輝蘭の口車に乗せられたような気もしていたが、隠し事をする気も無いし、何より輝蘭の洞察力は絵里子自身も認めているところもあるので、七海が見た不思議な男の子の話も含め、今までに得ることが出来た情報を彼女に伝えた。
「ふ〜ん。ナミさんにそんな出来事があったんですか・・。」
「キララも信じる?」
「ナミさんの言うことですからね。信じないわけにはいかないでしょう。でもそうなると、やっぱりいよいよ怪しくなってくるのは『大権教』ですね。」
「リコもそう思うよ。あの子って昔から霊感とか奇妙な能力持っているから、多分今回もそれが働いたんだろうね。例の晴樹さんとやらも大権教とトラブってたみたいだし、やっぱり総合的に考えると、それがビンゴだろうね。」
すると今度は輝蘭が絵里子を手招きし、例の雑草の傍まで招いた。二人の足元には、詩織が「はまなす」と呼んだ紫色の可愛らしい花が咲いている。
「リコさん。リコさんはさっき、大権教の裁判で、容疑者の向精神薬の入手先が判らなくて裁判が進んでいないっていうお話をしていましたよね。」
「うん。ナミの叔母さんから聞いた話だけどね。」
「私、もしかしたら・・・。」
「?」
「その薬の入手先、判ったかも知れません。」
輝蘭はその場にしゃがむと、紫色の花を指さした。
「リコさん。これ、何の花に見えます?」
「何って、ハマナスだろ?シオリたちが言ってた。」
「いいえ、これハマナスではありません。」
「ん?」
「リコさんも名前だけはご存知ですよね。これはハマナスでは無くて、【マンドレイク】です。」
「え?」
絵里子は意外な顔をして声を上げた。
「マンドレイク?それってよくファンタジーなんかに出てくる植物だよね。引っこ抜くと殺人音波を振りまくやつ。」
「ええ。名前はファンタジーやお伽噺の方がよく知られていますけど、これは実在する植物です。もちろん引き抜くと悲鳴を上げるようなものではありません。本当は日本には自生していないはずなのですが、きっと誰かが品種改良をして持ち込んだのでしょうね。」
「危険なものなの?」
「使い方によっては人も殺せますよ。この公園が何も規制されていないところを見ると、きっと警察の方も気付いていないのでしょうね。」
「へぇ〜、さすがに博識だね〜。これもイギリスにいた時に勉強したの?」
「ええ。一応医学の道に進むつもりでいますからね。」
「へいへい。生意気なやつ。」
輝蘭の話によると、マンドレイクの根にはアトロピンとスコポラミンという二種の成分が含まれているのだという。これらの成分は神経毒として有名で、大人への致死量は200ミリグラムもあれば充分ということだった。
またこれらの成分は主に副交感神経に作用し、麻薬として使用されていた歴史もあるということも合わせて絵里子に伝えられた。
「なるほどね。それが大権教の使った向精神薬になったってことか。言われてみれば、確か大権教はこの辺りの土地のことでホテルとトラブってたわけだから・・・。」
そして二人は顔を見合わせてから、児童公園の敷地をゆっくりと見回した。
「ここでマンドレイクを栽培していたってことね・・。」
やがてしばらくすると、二人のもとにやっと七海が戻ってきた。
七海は誰が見ても一目で判るほどに顔を赤らめていて、落ち着かない様子を見せている。
「ナミさん、どうかしましたか?」
「そうだよ、ナミ。なんだかずいぶん顔が赤いけど、酒でも呑んだか?」
ナミはしばらくモジモジしていたが、なんとなく興味ありげに見ている輝蘭と絵里子の顔を見て、蚊が鳴くような小さな声で答えた。
「あのね・・・・・・プロポーズされた・・・。」
「え?」
「あのね・・・ハルキさんに・・・プロポーズされたの。」
「ええ〜!!??」
輝蘭と絵里子は、まるで火山が噴火するかのような大きな声を上げた。
無理もない。それはとても文章で表すことが出来ないほどの、大きな衝撃だったのだから。
「え?え?それでナミ!なんて返事したの!?」
「リコ!大きな声出さないでよ!シオリたちが来ちゃうでしょ!」
「私も興味あります!ナミさん!なんて答えましたか!?」
「キララももっと声を小さくしてよ!断ったってば!」
「ええ〜?なんで!?三億円宝くじなんか目じゃ無いじゃん!」
すると詩織と真夢が、七海たちが何やら騒いでいることに気付き、いかにも興味深々といった様子でジャングルジムの上から声をかけてきた。。
「どうしたのだ?ナッちゃん!」
「プロポーズがなんとかって聞こえたよ!」
隠そうと思っていた幼い二人までもが、何事かといったように七海のもとに走り寄ってくる。
その事に気付いた七海は顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな顔で悲鳴を上げた。
「もう〜!言うんじゃ無かった!!」




