はまなす
昨日の晴樹の印象がよほど良かったらしく、詩織と真夢はもう一度彼に会いたいということで、勝手に大権様の調査を始めた七海と絵里子を民宿に置いて、輝蘭、詩織、真夢の三人はフォルネウスホテルのある風の丘に向かって歩いていた。
晴樹がホテルに支配人ということで、行ってもそう簡単に会えたりはしないだろうと輝蘭は思っていたが、風の丘が海猫ヶ浜を一望できるビュースポットであることは噂で聞いていたし、それなりにあそべる場所もあるのではと考えていたので、詩織たちの提案に賛成してお守役を買って出ていたのである。
風の丘に続く坂道は傾斜のきつい道だったが、遊歩道も設置されていて観光地としても整備されつつある場所であることがよく判る。
そして坂道を登りきった時、フォルネウスホテルがその姿を現した。
それは、本当に豪華な建物だった。
ホテル自体は白と青を基調としたシンプルな色彩で彩られていたが、単純なマンションのようにただ幾何学系の部屋が並ぶだけの高層ビルのようなものでは無く、それぞれの階層の部屋に、オリジナルの様々な形のベランダが並んでいる。それらには奇妙な統一性があり、遠景から見ると不思議に落ち着いた印象を与えていた。
敷地には広大な駐車場が区画毎に分けられていて、プールやテニス場の他、サイクリングロードや小さな遊園地のようなものも設けられている。
正面玄関には大きな噴水があり、その中には二体の白い天使像が宿泊客を迎えるように並べられていて、噴水の周りは小さな花畑が数多く設置されている。
「はあ〜、やっぱりお金は有る所には有るんですね〜。」
ホテルの豪華さに輝蘭は小さなため息をついていたが、そのうちに彼女はこのホテルの持つ違和感に気付いた。
七海の叔母の話によると、このホテルはもうすぐオープンするという話だった。実際に昨日に彼女がフォルネウスホテルを見た時には、その周辺はホテル開業に向け、かなり慌ただしい様子だったことを憶えている。
しかし今改めて見てみると、ホテルの周辺は思いの外静かで、人の居る気配が全く無いのである。あるいはホテル内での作業に追われ、従業員のほとんどが建物の中に居るということも考えられるが、正面玄関からフロントを覗いてみても、全く人はいない。
試しに輝蘭は詩織と真夢を連れてフロントに向かい、そこにあった呼び鈴を何度も鳴らしてみたが、やはり誰も出てくる気配が無い。
「晴樹さん、今日はいないのかな?」
少し異様にも感じる雰囲気に、真夢が輝蘭の手をギュッとつかむ。
輝蘭は真夢の表情に、彼女が少しその雰囲気を怪訝に感じていることに気付き、できるだけ詩織と真夢が心配しないようにわざと明るく答えた。
「もうすぐオープンという話でしたからね。きっとみなさん忙しくて、フロントまで手が回らないのでしょう。」
「キイちゃん(キララのこと)、中まで入ってみる?」
詩織も真夢と同じように、輝蘭の手をつかんだ。
「あまり中まで入ってしまうと、従業員の方々の迷惑になってしまいますよ。外に児童公園みたいなものがありましたから、そちらであそばせてもらうことにしましょうか。」
「うん!」
そして三人はホテルから出ると、児童公園へ向かった。
児童公園はホテル側が造った施設ということが設置されているプレートに記述されていたが、併せて一般の方々も使用可能と但し書きがあり、輝蘭も詩織も真夢も公園に入ると、設置された遊具であそび始めた。
設置されている遊具はブランコやジャングルジムなどのありふれた物から、小さなアスレチックコースや巨大なすべり台まである。それは鳳町にある公園に比べても内容が非常に豊富で、特に詩織と真夢は喜んであそび回り、輝蘭はその様子をにこやかに眺めていた。
それから1時間ほど過ぎた頃だろうか。
さすがにあそび疲れた詩織と真夢は、輝蘭の隣のベンチに腰を下ろし、足をブラブラとさせながら海岸沿いの風景を眺めていたが、不意に詩織が公園の片隅にある雑草に気が付き、真夢を誘って雑草の傍に歩み寄った。
雑草は小さくキレイな紫色の花を咲かせていて、その可愛らしさが印象的に見える。
「マム。これがはまなすなのだ。」
「へえ〜。これがシオリちゃんの叔母さんの民宿の名前になったんだね。」
輝蘭も詩織と真夢の傍により、一緒に小さな紫色の花を見つめていたが、不意に彼女の表情が厳しいものに変化し、驚いたように詩織に声をかけた。
「・・・シオリちゃん。この花の名前、誰から教わりましたか?」
「誰って・・・みんなそう言ってるのだ。」
輝蘭は詩織の言葉を聞いても、青変わらず厳しい表情で彼女が「はまなす」と呼んだ花を見つめている。そして不意にその花を土から掘り起こすと根を確認し、再び埋め戻した。
「キララさん、どうしたんですか?」
輝蘭の行動を奇妙に思った真夢が声をかけると、輝蘭はしばらく無言でいたが、やがていつもの優しい笑顔に戻ると、にっこりとして真夢に返事をした。
「いえ、なんでもありませんよ。もうすぐナミさんとリコさんが来ると思いますから、それからお昼ご飯をどうするか、一緒に決めましょうか。」




