プロローグ①
鳳町にある鳳町立籠目小学校。
この4年2組のクラスに、どの小学校にも有るようなありふれた光景があった。
時間は朝7時50分。
ようやくクラスの生徒たちがぽつぽつと集まり始めた教室に、一人の元気な女の子が飛び込んできた。
「おはようなのだ!」
女の子はみんなが見慣れた黄色のパーカーをいつも羽織っていて、両方の髪を軽く三つ編みにしている姿が印象的だ。
教室ですれ違うどのクラスメートにも大きな声であいさつを交わしていて、クラスのムードメーカー的な存在だということが良く理解できる。
この少女の名前は椎名詩織。鳳町生まれの元気な女の子だ。
そして今度は詩織の後ろから、彼女に引かれるように、もう一人の少女が姿を現した。
肩まで伸びた髪がきちんと整えられていて、そこにはキラリと輝く青い髪飾りが添えられている。
少女は半ば駆け足で教室を回る詩織の後を急ぎ足で付いてきて、詩織同様にクラスメートとあいさつを交わしているが、それは詩織と対照的で非常に物腰が柔らかく、男の子の中にはそのお嬢様的な雰囲気に顔を赤らめる者もいる。
少女は詩織の隣の席に腰を下ろすと、いつものように彼女と笑顔をかわして勉強道具を机に入れ、図書の本を取り出し机の上に置いた。
「シオリちゃん、どうする?今のうちに、図書館に本を返しに行く?」
彼女の名前は、朝霧真夢。もちろん詩織の同級生だ。
二人は幼稚園からの幼なじみで、ずっと同じクラスで一緒に育ってきた間柄だ。
自他共に認める親友同士で、周りからも二人一セットの存在と思われている。
今日もいつものように朝に待ち合わせて一緒に登校してきたところで、正に今日の一日がこれから始まろうとしている、本当に何処の小学校にでも有るありふれた光景の一場面と言えよう。
「あ〜、そうだ。」
自分のランドセルから図書の本を取り出そうとした詩織だったが、その時彼女は何か思い出したことがあったらしく、ふと手を止めると真夢の方を向き直し、こんなことを話し始めた。
「そうだ〜マム。忘れていたんだけど、ちょっとニュースがあるのだ。」
「なあに?ニュースって。」
「うん、実はね。来月に授業参観の振り替えが入って、三連休の日があるでしょ。」
「うん。」
「その時に、ナッちゃんたちがうちの叔母ちゃんの所に泊りがけであそびに行くって言ってるんだけど、マムも一緒に行かないか?」
「え?」
真夢はうれしそうな笑顔で詩織の顔を見たが、やがて少し考え込むと、困ったような表情を浮かべた。
「う〜ん。とっても行きたいんだけど、ママがいいって言ってくれるかな〜?」
すると詩織はニンマリと笑い、まるでこの真夢の反応を予想していたかのように言葉を返した。
「それ、ナッちゃんも言ってたのだ。『マムちゃんは礼儀正しいし、お母さんの言いつけもキチンと守る子だから、きっとそういう心配すると思うよ。』ってさ。大丈夫!ナッちゃんマムのパパとママも一緒に説得する方法も考えていたみたいだし、マムママは『行っちゃダメ!』って言う人でも無い気がするのだ。」
真夢は少し考え込むと、顔を傾けた。
「シオリちゃんの叔母さんの家って、何処にあるの?」
「それはね・・・。」
詩織は笑顔をいっぱいに浮かべ、正面の黒板を越える遥か先に視線を向けた。まるでその向こう側に行く先の光景が広がり、彼女たちを迎え入れてくれているかのように。
「それはね、とってもキレイな浜辺の民宿なのだ。今はもう海水浴の季節が終わってるから、泳ぐことはできないけどさ。小さな海水浴場だから人はそんなにいないけど、でも砂浜は真っ白でサラサラしていて、反対側には大きな木が森みたいにいっぱい生えていて、いつも気持の良い風が吹いていてさ。」
「ふ〜ん・・・。」
真夢も詩織と同じ方向に視線を向けると、目を閉じて彼女の言う光景を思い浮かべてみた。
想像力の豊かな真夢の脳裏に、柔らかに射し込む陽の光が輝く海辺、風にそよぐ防風林、どこまでも広い白い砂浜が浮かび、さざ波と海鳥の優しい歌声が響いてくる。
そんな所で、シオリちゃんと一緒にあそべたらいいな〜・・・。
「うん!行きたい!」
真夢は再び詩織の方を向き直すと、改めて彼女に笑顔で応えた。
「でしょ!」
「マムもパパとママを説得する!シオリちゃんと一緒に、そこであそびたい!」
「じゃあ、決まりだね!」
そして二人はお互いに手を握り、ニッコリと微笑んだ。
「よし、それじゃあ旅行計画のスタートなのだ!行き先は海猫ヶ浜。うちの叔母ちゃんがやってる民宿は、『はまなす』って言うんだ!」
「はまなすね。キレイな名前だね!」
「さあ、これからちょっと忙しくなるのだ!あたしもマムも頑張らねば!」
「うん!マムも頑張ってパパとママを説得する!」
詩織と真夢の前に現れた、小さな旅行計画。
しかしこれが、彼女たちの体験する新たな事件の幕開けになるのである。




