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放蕩息子達の故郷5

 災厄〈炎の魔剣〉の恐怖から逃れた翌日の午後。

 ぐっすり眠った爽快感とともに、私は目を覚ました。


『む、起きたか、エーリカ』

「あらあら、これで一安心ね」


 私の顔を覗き込んで安堵する幻獣達に、にっこりと笑みを返す。


 私は気絶した後、〈光の城〉にいた医術師の診察を受けたのだそうだ。

 魔法の反動による危篤状態ではないかと心配されていたが、結局単なる疲労から来る熟睡状態だと判断されたらしい。

 その後、ティルナノグによって〈水の宮殿〉の中に秘密裏に運び込まれたらしい。

 そのあたりの記憶は全くない。


『まあ、俺は全く心配していなかったがな』

「嘘おっしゃい。一睡もせず心配そうに見つめ続けてたくせに」

『ええい、黙れ駄猫め!』


 照れ隠しっぽく繰り出されるティルナノグの攻撃を、パリューグはベッドの上で宙返りしながら避ける。

 相変わらずの仲良しっぷりである。


『あの金髪の王子が物分りが良くて助かったぞ。お前がお忍びで出ていたことは隠蔽してくれた』

「オーギュスト様にそんなことさせてしまったのね……」


 もっとも、その辺りはオーギュストも同じ穴の狢なわけだけれど。

 あの時刻にどこで何をしていたかは、お互いに秘密ということになりそうだ。


「でもねえ、エルンストはかなり面倒な後処理に追われそうよ」


 お父様とパリューグが〈水の宮殿〉に戻って来たのは、かなり夜が更けた頃だったらしい。

 兵器の暴走が再発しないかどうか、確認が取れるまでに何時間もかかったようだ。


 それからお父様はすぐに軍港へとトンボ帰りしたのだそうだ。

 例の旧型空母大破の事後処理のためだ。

 幸いな事に、あの船には人も獣も一匹も乗っていなかったので、物的被害だけで収まっている。

 それでも再び帰って来れたのはつい一時間前なのだとか。


 おかげで私の疲労による熟睡について気づかれていないのは、運が良かったかもしれない。

 まあでも、お父様はかなりお疲れに違いないので、後で労っておかなきゃね。


「あの後、アクトリアス先生は……?」

『例の灰色の魔法使いか。少し前に赤毛の小倅から使いが来ている。

 治療は順調で、命に別状は無いとのことだ。安心しろ』

「そう、良かった……」


 アクトリアス先生はノットリードの名医のいる施療院へ運搬されたらしい。

 あのとき〈光の城〉に招いた医術師では手に負えなかったためだ。


「二人にも迷惑をかけたわね。ありがとう」

「いいのよ〜! あの〈炎の魔剣〉をやっつけるよりは大体楽だと思うわ」

『うむ。エーリカが最大の功労者なのだ。この程度は迷惑とも苦労とも言わぬ』


 二人の幻獣はどこか得意げに頷く。

 私の功績が自分のことのように嬉しいのだとか。


 かくして私達が一通りの情報共有を終えたところで、昼食とともにお父様からの伝言が運ばれて来た。

 昼食後、お父様はアクトリアス先生の運び込まれた施療院へ事情聴取に向かうのだそうだ。

 私も同行したいという旨を召使いに伝え、私は遅めの昼食をとった。


       ☆


 私とお父様は小舟に乗り、教会付きの施療院に移動した。

 ティルナノグやパリューグは小舟でお留守番である。

 施療院は真っ白な建物で、中は薄いヴェールで区切られていた。


 ヴェールの間を進んでいくと、灰色の髪の人物がベッドの上に横たわっているのを見つけた。

 包帯でぐるぐる巻きにされていたが、辛うじてそれがアクトリアス先生だとわかる。

 私達の訪問に気がつくと、彼は泣きそうな顔で微笑んだ。


 私達はベッド横の椅子に座った。

 私が二人の会話に静かに耳を傾ける中、お父様は会話保存のための記録化石(ヒストリオ・エレクトラム)を起動する。

 琥珀の塊の中で、ゆらゆらと炎に似た光が揺れた。


「あの日、君はリーンデースの調査隊の一員として、事故のあった遺跡にいたそうだね」

「はい。最深部に組み込まれていた人工精霊を解体する作業を行っていました」

「なるほど、あの遺跡の技術は(ハーファン)由来の人工精霊だったのだね。

 君はほんの数日前に調査隊に合流したそうだが、どの程度内容を把握しているかね?

 分かる範囲で結構なので、今後の対応のために教えて欲しい」

「……もしかすると、あの遺跡の状況を一番把握できていたのは、私だったのかも知れません」


 アクトリアス先生は包帯で覆われた自分の掌を見つめ、しばし沈黙していた。

 〈炎の魔剣〉の封じられていた遺跡について、ゆっくりと語り始める。


「私はリーンデースの資料室で、二か月前の調査報告書と過去の資料を照合していました。

 遺跡の作られた六百年前の資料と、遺跡を封印、封鎖した二百年前の資料です。

 その結果、重大な危険の可能性を発見し、急遽追加人員を申請し、現地に駆けつけたのです」

「ふむ、その危険というのは?」

「二百年前に閉鎖されたはずの危険な機能が、再び本体の呪文群に接続されていたのです。

 ええと……難読化されているので分かりにくいですが、こちらの資料の写しをご覧下さい」


 アクトリアス先生は右手だけで苦労しながらヨレヨレになった三枚の犢皮紙を広げる。

 二ヶ月前と書かれた資料の印の付けられた箇所が、確かに二百年前ではなく六百年前の資料と一致している。


「この箇所というのが、既知の〈炎の魔剣〉より更に大規模な大量破壊能力に関する部分でした。

 高位の炎の精霊あるいは幻獣に反応し、付近の霊脈を巻き込んだ連鎖爆発を起こす、というものです。

 何を目的に組み込まれたのかは謎ですが……起動した場合、西北部一帯を蒸発させうる規模だろうと予想されていました」

「ふむ……技術を隠匿するための自爆装置にしては、少々過剰だな。

 人工精霊の兵器利用は禁止されているし、炎の幻獣もここ百年ほどの間確認されていないが……」

「それでも、万が一があり得ないとは言い切れませんので」


 アクトリアス先生の言葉に、お父様も頷く。

 あれ? これって、もしかしてパリューグが調査に踏み込んでたら、とんでもない事故が起こっていたのでは?

 幻獣の侵入を阻む結界がなかったら、まさに万が一の災害に繋がっていた。

 二か月前の調査報告書に調査した人がいなかったら。

 あるいは、アクトリアス先生が資料の不審箇所に気がつかなかったら。

 最悪の事態を想像して、私はぞっとした。


「事故当時、リーンデースから派遣された、結界に秀でた五人の講師や学徒が処理にあたっていました。

 解体する前に、人工精霊を厳重に隔離する必要があったからです。

 結界の構築が不十分だったのか、それとも何らかの魔法が解体と誤認されたのか、それは定かではありません。

 知っての通り、〈炎の魔剣〉の呪文は調査隊を目標として発動し、高熱の溶岩が実体化しました」


 アクトリアス先生は淡々と告白するように、事件の流れを語った。


「私は爆発による遺跡の崩壊に巻き込まれながら、流れ込んできた溶岩と炎に飲み込まれそうになりました。

 しかし、激痛と高熱を感じた次の瞬間には〈光の城〉で倒れていました。

 おそらく、すぐ側に居た同僚によって転移させられたのでしょう。

 あの城は太い霊脈上に建造されているので、咄嗟の転移先として照準しやすかったのかも知れません」


 灰色の瞳が、わずかに揺れる。

 今まで抑えていた感情が溢れ出たような、不安に満ちた瞳だった。


「彼は、いえ……あの場にいた私以外の人員は、どうなったんですか?

 もし他の霊脈経由で転移したとすると、〈水の宮殿〉か大聖堂に転送されたはずですが、彼らは……?」


 アクトリアス先生の問いに、お父様は目を伏せ、首を振った。

 しばしの逡巡の後、お父様は厳かな声で応える。


「残念だが君以外の調査隊全滅を確認している」

「え…………、そんな……」


 アクトリアス先生は呆然としながら涙をこぼした。

 その涙は止まらずに、しばらく嗚咽が続く。

 私は大人の男の人の、こんな泣き声を聞いたのは初めてかもしれない。


 お父様が記録化石(ヒストリオ・エレクトラム)を停止すると、琥珀の中に炎のような煌めきが刻み込まれた。

 アクトリアス先生が落ち着くのを待ち、お父様は立ち上がった。


「リーンデースでは新たな人員を集めて調査隊を編成し直しているそうだ。

 調査や封印は、より安全を期した形で再開されるらしい」

「……そうですね、それが良いと私も思います」


 アクトリアス先生は穏やかな声で頷いた。

 本当はまだ動揺しているのに、平静であろうとして無理矢理取り繕っている表情に見える。

 それを裏付けるように、彼の涙はまだこぼれ続けていた。

 私は、彼にどんな言葉をかけたら良いか分からずに、結局何も言えなかった。


 私達はそれ以上言葉を交わすことなく、アクトリアス先生の病室を後にした。


 施療院からの帰り道。

 小舟の上で、お父様が私の頭を撫でて言った。


「医術師に聞いたのだが、エルリック君の身体に障害はほぼ残らないそうだよ。

 発見が早かったのと、応急処置が適切だったのが幸いしたらしい。

 火傷の痕も数年かけて皮膚の移植を行い、魔法治療を続ければ元通りになるだろう。

 しかし……彼の心の傷は、時間が癒してくれるのを待つしかないだろうね」

「……はい」


 運河の上から眺めるノットリードの街は、にわかにお祭りムードになっていた。


 河岸や渡し船には色とりどりの装飾がされ、人々は陽気に酒を酌み交わしている。

 誰もがみな伝説の災厄から逃れられた幸運を祝っている。

 船の上で、仮装した人々や仮面を付けた道化師達が踊り、吟遊詩人も楽器を奏で歌を唄う。


 死んでしまった人々のためには涙が流れ、生き残った人々のためには音楽が流れていた。


       ☆


 その日の夜、すなわち、私がノットリードで過ごす最後の夜が来た。


 〈水の宮殿〉での晩餐会には普段以上に人が集まっていた。

 昨夜起こった〈炎の魔剣〉事件の功労者を一目見ようという人々が多かったためだ。

 そう、あの三人のうち一人が、広域浮遊(レビテート)への関与がバレてしまったのである。


 耳を澄ませば、その功労者の名が囁かれているのが聞こえてくる。

 その名は、ハロルド・ニーベルハイム三世。


(まさか、霊視の魔眼(グラムサイト)の情報から、浮遊(レビテート)の作成者が誰なのか知られちゃうなんてね)


 あの時は対処にいっぱいいっぱいで、そんなことまで気が回らなかった。

 ハーファン式の魔法ではないので、実行者の名前が開示されなかったのが不幸中の幸いである。


 広間の入り口付近で、どっと歓声が上がる。

 ニーベルハイム伯に連れられて、ハロルドが現れたらしい。

 二人を取り巻く人々は「十年に一人の奇才」、「百年に一人の逸材」などと幼い功労者を讃えていた。


 ハロルドは大人達からもみくちゃにされ、まんざらでもなさそうに笑っている。

 とても喜ばしい事だと思う。


 でも、なぜか私はこの生者のための宴が少しだけ心苦しくなった。

 賑やかさから逃げ出してバルコニーへ向う。

 この美しい夜景を見るのも、今夜が最後になるだろうか。

 いつの間にか、私の足元には小型ゴーレムと猫に化けた幻獣が寄り添っていた。


『エーリカよ、あの赤毛の小倅のところには行かないのか?』

「人気者みたいだし、私が行っても邪魔になるだけよ」

「じゃ、オーギュストの所に行きましょうよ〜!」

「パリューグ一匹で行ってきて良いのよ?」

「ええ〜〜、イヤよ〜! なんだか恥ずかしいもの!」

『小娘でもあるまいに……』


 二匹の幻獣と軽口を叩きながら、空を眺める。

 濃紺の夜空を背に、猫の爪のような月が浮かんでいた。

 月の光が普段より大人しいお陰で、弱い光の星々までがキラキラと輝いているのが見えた。

 そうしていると、少し落ち着いてきたような気がする。


「やあ、エーリカ。私もお邪魔していいかな?」


 カーテンの向こうから、ひょこりとオーギュストが顔を出す。

 光沢のある白絹の礼装で、こちらの地方の正装にあわせたのか金色の髪を結い上げていた。

 にゃああ〜〜ん、と金色の猫が甘い声で鳴いた。

 今夜の猫はとってもご満悦そうである。


「王子様のお仕事はいいんですか、オーギュスト様」

「たまには羽根を伸ばしてもいいだろ? 今日の主役はあのハロルドのようだしなー」

「最近は羽根を伸ばしっぱなしに見えますよ?

 ああ、でも無理もありませんね。オーギュスト様の本職は天使でしたっけ」

「手厳しいなあ。まあ、私をいじめるのは後にして、まずは乾杯しないか?」


 オーギュストは二つ持っていたうちの一つのグラスを私に渡してきた。

 透明な薄緑色の液体は、おそらく葡萄の果汁だろう。


「何にですか?」

「豊かに富める美しき黄金の国(アウレリア)に。そして私達の手で勝ち取った平和な夜に、かな?」


 私とオーギュストはグラスを触れ合わせる。

 グラス同士の奏でる硬質な音が響いた。


「しかし、 エーリカも名乗り出なくていいのか? お前だって功労者だろ?」

「そういうの苦手なんです。お忍びだったので父にも言い訳しなくてはなりませんし。

 オーギュスト様だって、名乗り出ないんですか?」

「私はそういうの得意だけど、同じくお忍びだったからパスだな」


 グラスに口をつけると、やはり葡萄の味がした。

 秋の豊穣の味だ。


 二人で他愛も無い話をしていると、質問攻めからやっと抜け出したらしいハロルドがバルコニーにやってきた。


「ああ〜〜、探したよ! 何で二人ともこんな分かりにくいところにいるのさー!」


 ハロルドは、きっちりとした濃緑色の礼装で、赤い髪をきちんと撫で付けていた。

 とてもじゃないが短杖屋の小倅には見えない高貴な出で立ちである。


「へえ、お前もそう言う格好をするとちゃんと小さな貴公子に見えるんだなー」

「良かったじゃない、ハロルド。凄い人気で」

「ほんと他人事だな〜……笑い事じゃないんだってば。

 みんなに根掘り葉掘りつっこまれても、俺は頑張って二人の関与を黙秘してんのにっ!

 そのせいで俺がどんだけ奇妙な嘘を言わなきゃならなかったことか」


 ため息を一つついた後、ハロルドは捲し立てた。

 空から舞い降りてきた人に助けてもらった、とか。

 たまたま阻害値が異様に高い人が通りがかってくれたので杖を振ってもらった、とか。

 その人は顔を隠していたのでどこの誰かも分からない、とか。

 私とオーギュストとティルナノグの特徴を、敢えて混同させるつもりで断片だけ明かしているのだそうだ。


 ちなみにニーベルハイムの使用人には全員口止め済みらしい。

 もっと詳しいギルベルトに対しては、脅迫まがいで口止めしたとか。

 いやあ、口が堅い友人は素晴らしいね。


「そのせいでどんだけ変な噂が広まっちゃったか、知ってるのかよ!?」

「いいえ、初耳よ」

「へえ、どんな噂なんだ?」


 ハロルドのデタラメ話は、予想外の方向に広がってしまったらしい。

 というのも、ここ数日、ノットリードではとある怪人物が目撃されていたからだ。


 曰く、ノットリードの教会の上空を、金髪の美青年が飛び去っていった。

 曰く、ニーベルハイム付近の遺跡で、後光を背負った銀髪の美少女が現れ、目を離した隙に忽然と消えてしまった。

 細かな目撃例は他にもたくさんあるらしい。

 これらの一連の怪人物は、ノットリードに降臨した天使なのではないかと噂されていた。


 足元に目を向けると、ティルナノグがパリューグの脇腹にゴスゴスとツッコミを入れていた。

 パリューグはわざとらしく明後日の方を向いて沈黙している。

 この噂、どう考えてもパリューグだよね。

 多分、調査中に苛烈王ジャンの姿で軽くジャンプしたり、始祖王ギヨームの姿で自分を照明代わりにしたんだろうな。


「そしたら、俺の証言とその天使だか聖女だかの噂が変に混ざっちゃってさ。

 きっと天使様が街を救って下さったに違いないとか、とんでもない話になっちゃって!

 下手に高位の錬金術師や魔法使いの目撃証言まであるから、妙な信憑性まで出ちゃって!」


 都市伝説・ノットリードの天使の完成である。

 これで真相は都合の良いことに藪の中だ。

 私としては好都合この上ない。


「感謝するわ、ハロルド。私、これ以上面倒ごとに関わりたくないの」

「私もフラフラしてるのがバレると、昔の醜聞が蒸し返されかねないからなー」

「ですよね〜、素行が悪い私達は、お行儀よくしてるフリを続けないと」

「そうそう、咲いた花から摘まれるって言うからな。控えめに生きていかなきゃ」

「悪目立ちしたくないですからね〜」


 オーギュストと一緒になってのらくらとやり過ごすと、ハロルドは悔しそうに悶える。


「こ、この不良王子と悪徳令嬢め……」


 ハロルドが蚊の鳴くような小さな声で呟く。

 誰が聞いているか分からないし、こんなところで王太子殿下と公爵令嬢を罵れないよね。

 ああ、可哀相なハロルド。


 しかし、私達に苦労をかけられているワリには、ハロルドの表情はとても生き生きとしてる。

 そういえば、彼を取り巻く状況も好転してるのかな。


「でも良かったわね。この件を認められたなら、堂々と短杖作成の道にすすめるんじゃないの?」


 私の言葉にハロルドは満面の笑みで答える。


「うん、父さんからリーンデース入学の許可がでたし、ついでに飛び級して地元の学校にも入る事にしたんだ」

「えっ、まだ八歳なのに?」

「家庭教師に教わるような内容は大体終わったから、冶金関連を先に治めようと思ってる。

 こっちに居るうちに、こっちで覚えられる事は修得しておきたくてさ」

「へえ〜、飛び級か、すごいな」


 ハロルドの言葉にオーギュストも感心していた。

 そんなこんなで私達が仲良く話をしていると、室内の方からどよめきが上がった。


 中心にいるのはニーベルハイム伯とトゥルム副伯とギルベルト、そしてトゥルム老だった。

 例の磁器の試作をテーブルに並べ、ギルベルトが立て板に水といった風情で喋っている。

 そして時々ニーベルハイム伯やトゥルム老が補足説明を追加する。


「おー、兄貴達が始めたみたいだ」

「ギルベルトさんはああいうの得意そうよね」


 まず一部の、おそらく芸術に造詣の深い貴族達の目の色が変わった。

 磁器は黄金に次いで価値のある品物の一つである。

 完成度においても、特殊性においても、ギルベルトの磁器は目を見張るものがあるはずだ。


 一目で価値を理解した貴族たちから、じわりじわりと周囲に熱が伝播していく。

 ギルベルトの後援者三人はいずれも堅実で信頼のおける人物ばかり。

 真贋が分からない者も、それだけでこれらの磁器が価値のあるものだとすぐに理解できるのだ。


 磁器の美しさに、人々は目が眩み、熱狂が生まれていく。

 ギルベルトの言葉に乗せられて、人々は欲望を掻き立てられ、熱狂が広がっていく。


 熱狂はお金を生む。

 熱狂を広めてしまえば、商売相手には事欠かなくなる。

 債権者たちも安心して金の生る木が実るまで待ってくれることだろう。


 ギルベルトが父であるトゥルム老や兄であるトゥルム副伯と微笑み合うのが見えた。

 彼は帰るべき場所に帰ることができたのだ。


「この調子なら大成功間違い無しだよな。前祝いと行きますか」

「じゃあ、まずは乾杯だな。若き天才の前途に?」

「オーギュスト殿下ぁ、それはやめてくださいよ〜〜」

「ははは、それじゃあ、ニーベルハイム家とノットリードの繁栄に!」


 オーギュストが笑って杯を掲げる。

 ハロルドは、半笑いの半泣きだった。


「乾杯だ!」

「乾杯」


 ノットリードの賑わいと喧噪は夜が更けても衰えず、人々はとても幸福そうだった。

 いつの間にか、私は自分が笑っていることに気づいた。

 笑いに溢れた人々の雰囲気に染まることで、やっと私も生者の宴に加わることが出来るような気がした。


 このようにして、私の第三の死亡フラグを巡る冒険はひとまず幕を下ろしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何というか…悪役令嬢の死亡フラグ、一本一本が壮大すぎて完全に個人の事案から外れているハズなのに、平和なはずの前世の影響で淡々としちゃえる主人公、パないすね……!
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