放蕩息子達の故郷1
私とハロルドは〈光の城〉からギルベルトの工房へ戻り、残っていたティルナノグとギルベルトにニーベルハイム伯との顛末を伝える。
ハロルドは気恥ずかしかったのか、親子和解の下りは省いていた。
まあ、その辺りを話すと三十分以上泣いて、そのあと顔を洗ったり色々してたことも伝えなければだしね。
『ううむ、それにしてもクズ石の利用とはな。そんな手があったのか』
「いやいやいや、そんな詐欺じみたうまい話が転がってる訳ないだろ?」
「俺の父さんは詐欺が出来るような男じゃないよ。そういうところは歯痒いくらい不器用だからね」
ティルナノグは感心した様子だったが、ギルベルトは今イチ信じきれていないようだった。
そんな彼を見てハロルドは言葉をかける。
「これで材料は揃ったし、カネもモノもこのまま上手いこと回りそうだね……でも、結局兄貴はどうするの?」
「ん? どうって、何がだよ」
「あんただって考え込んでたじゃん。いつになったら師匠のところに行くのさ」
はあ、とワザとらしくため息をつくギルベルト。
「これが完成するまで親父に顔向け出来ないって長年自分に言い訳してたんだけど、もう出来ちまったしなあ。
小振りな食器の試作も先ほど完成しちまったし、何を言い訳にしようかねえ」
ギルベルトは伝説の怪物の描かれた皿を指先で撫でる。
「俺はね、ずっと親父との繋がりを俺が壊しちまったんだと思ってた。
壊れた物は戻らない。
ちょうど、俺が壊しちまった親父の大事な飾り皿の様に。
だからせめて、俺は自分の手でもう一度それを作りたかったんだろうなあ」
まるで他人事のようにギルベルトは自分自身の心を内を明かしてから押し黙る。
確かに壊れた物はもう元通りには戻らないけど、それでも金で継いだあの皿をトゥルム老は大事に飾っているのに。
ん? おや? 何だかギルベルトと認識にズレがあるような気がする。
もしかしてギルベルトは自分が割った皿が復元されていることを知らないのでは?
「そう言えば、ギルベルトさん、あなたが壊したという大皿は綺麗に修復されているのよ」
「は……? あんなに細かく割れちまった磁器をどうやってだ?
磁器の修復ってのは、単に接着しただけじゃ目も当てられないんだぞ。
共継ぎするには絵が細か過ぎるし、だったらアレか?
いやどっちにしろ漆を使う。漆なんてこの大陸に無いし、何で代替したんだ……?」
ギルベルトは私の出した餌に食いついてきた。
磁器に人生を捧げた人としては、詳細が気になる話だよね。
しかし、あえて私は意味有りげに微笑み、沈黙してみた。
だんまりを決め込んだ私を見て、ハロルドやティルナノグもピンと来たらしい。
「そう言えば、金かけて修復したって言ってたな〜」
「は……どういうことだよ、坊ちゃん!?」
「いや〜、師匠はそれはそれは苦労して伝手を探してね〜!
話すととっても長いから、俺も全部は覚えちゃいないさー」
『はて、俺も店主から聞いたような気はするが、あの技術は何と言ったかな』
「へへへ、気になるでしょ、兄貴?」
「なんだよ、それ! 寄ってたかって!」
ギルベルトは、修復の話をすればするほど、なんだか困り果てた顔になっていった。
私は頃合いを見て、最後の一押しをする。
本当は家に帰るための理由が欲しいに違いないギルベルトの背中を押す、決め手の一言だ。
「とても綺麗に直っているから、トゥルム短杖店の裏手に行ってみてはどうかしら。
素人の私達に聞くよりも、専門家のギルベルトさんが自分の目で見た方が確実でしょう?」
私に指摘されて、ギルベルトは目を見開いた。
眉間に皺を寄せて悩んでいたギルベルトの喉から、次第に忍び笑いのような声が漏れ出てくる。
忍び笑いはだんだんと大きくなり、ついに彼は哄笑をあげながら天を仰いだ。
「ははは……参った! こいつぁ降参だ!
俺はその修復の出来を見に行かなきゃいけない。
帰らないための理屈を探してたのに、帰る理由が出来ちまった!」
「って言うか兄貴、あんだけ近くにいたのに、店の裏手にも近寄らないってどんだけ臆病なんだよ!」
「知るか! 俺はそういう性格なんだよ! ああ、お節介どもめ、わかった、わかったよ!」
そうしてギルベルトはぶつくさ言いながら帰省に向けて準備を始めた。
外套を羽織り、帽子を被り、そして例の皿を大事に丁寧に鞄にしまいこむ。
帽子を目深に被った彼の口元が、幸せそうに緩んでいたことに誰もが気づいていただろうけど、それをはやし立てるような人物はここには居ない。
「参ったよなあ。会うのはまだ怖いのに、何だかワクワクしてるんだ。
まさか、今更、本当は親父に会いたかったなんてことを気づかされるとはね。
あー……なんだ、その……みんな、ありがとうよ」
柄にもなく照れた様子で、ギルベルトはつぶやいた。
返事を聞くのも恥ずかしかったのか、彼は急いで鞄を抱えると、足早に歩き出す。
私達は無言で、しかし温かい視線で見送った。
〈百貨の街〉へ向かうギルベルトの足取りは軽く、その背中はどこか誇らしげに見えた。
☆
ギルベルトの帰省を見送った後、ハロルドは遅めの昼食をとることを提案した。
今日もまたお昼抜きになりかけていたので、ありがたい話である。
メニューはハロルドが買って来たギーゼラおばさん特製の飴色玉葱のタルトだった。
「これ、私も気になってたから、今度買ってみようかなって思ってたのよ」
「へへっ、丁度良かったな!」
ハロルドは手際良くタルトを切り分けていく。
ああ、そう言えば、彼に頼みたい作業があったんだよね。
例の遺跡探索で使うために、掘削などの地下探索用の杖を大量充填してもらわなければならない。
磁器関連の作業も一段落したし、手を借りるなら今が最適かも。
「ねえ、ハロルド」
「なになに? 心配しなくても、一番美味しそうなところをあげるよ?」
「いいえ、タルトのことじゃなくてね。食事が終わってからでいいから、杖の大量充填を頼みたいの」
「おおー、いいね。何の杖さ?」
最低限必要な杖は何だろうかと指折り数えてみる。
こんなときに役に立つのは〈来航者の遺跡〉での探索の経験だ。
あの時は幾つかの魔法をクラウスに任せることができたけれど、今回はそれも一人で賄わなければならない。
「掘削、霊視の魔眼、魔法の地図、それと浮遊や軟着陸も必要ね」
「……今すぐに大量充填するには多分素材が足りないけど、うちに戻れば何とかなるよ。
それにしても、すごい量だなあ。今度は金か金剛石の鉱脈でも探すつもり?」
「いえ、そう言うわけじゃないけど……あ、そうだ。ついでに何か冷却系の攻撃用短杖でお勧めがあれば」
攻撃用という言葉を聞いて、ハロルドの顔が一瞬引き攣った。
「本当、エーリカって裏で何企んでる訳?」
「それは……長くなりそうだから、食べながらにしましょう」
「へえー? まあ、俺もお腹は減ってるから、ありがたいけどね」
ハロルドは肩をすくめ、切り分けたタルトを私やティルナノグに配る。
その時、鎧戸が風にあおられてガタガタと激しく音を立てた。
「古いから立て付け悪いのかな。
参ったなあ。本格的に工房として使うなら、先に修理が──うわっ!?」
窓から外を覗いたハロルドが絶句する。
彼の持ち上げた鎧戸の隙間から、空から地上に舞い降りる竜の姿が見えた。
そう言えば、こんな感じの竜を進水式で見かけたような気がする。
「何だ、あれ!?」
『竜だな。大きさから見て、十メートル級か』
「灰色の竜みたいね。綺麗な鱗だわ」
「なんであんたらはそんな落ち着いてんの! そうじゃなくて、どうして巡回空域でもないのに竜なんかが降下してきてるんだよ」
「どうしてかしら。巡回じゃないとしたら観光とか?」
『うむ、おおかた観光だろうな』
「いや、無いだろ!」
慌てふためくハロルドを揶揄っている間に、灰色竜の背からは軽装の少年が優雅に降り立った。
「あー、やっぱりオーギュスト様か……」
「へっ!? オーギュストって例のイグニシア王子? なんでそんな偉い人がこんな田舎側に来てるの?」
「うーん、例えば探しものとか」
『探し人ではないのか?』
ティルナノグは意味有りげに私を見つめた。
私を探しているってことだろうか。
確かに、言われてみるとそれはありそうな気がする。
オーギュストが灰色竜の額を撫で、何か囁く。
竜はオーギュストの指示を受けて飛翔し、数度上空を旋回した後、どこかに飛び去っていった。
彼は地面についた足跡をじっと見つめた後、迷いなく工房に近づいてきた。
完全に居所がばれている。
私は工房の扉を開き、オーギュストを招き入れることにした。
「御機嫌よう、オーギュスト様。一国の王子がこんな辺鄙な所に何か御用ですか……?」
「そりゃあもちろん、こんな辺鄙な所に隠れてる公爵令嬢に会いに来たんだよ」
オーギュストは屈託のない笑みを浮かべた。
彼は私の肩越しに、興味深そうに工房の内部を見回す。
今のところ作業用のゴーレム達は奥の方で休憩中みたいだけど、どこまでバラしていいのかな。
そう思っていたら、不意にオーギュストの視線が一点で止まった。
振り返ると、そこには緊張で硬直しているハロルドがいる。
オーギュストは小鳥を見つけた猫のような、楽しげで人の悪そうな表情を浮かべた。
「あ、あの、俺……」
「少し待ってくれ。当ててみよう。この都市に来た時に、お前と似た顔を見たことがある。
確か、ニーベルハイム伯ハロルド二世と言ったか」
「えっ、どうして父の名前を……」
「人の顔と名前を覚えるのが仕事みたいなものだからな。私はオーギュスト・イグニシアだ」
オーギュストが差し出した手を、ハロルドは恐る恐るといった様子で握る。
「えっと……ハロルドです」
「父親と同じ名前だな。よろしく、ハロルド三世」
「は、はい」
ハロルドは萎縮してガチガチになったまま頷く。
無理もない。まさか突然こんな場所に王子様が降ってくるなんて思いもしなかっただろう。
「うーん、そんなに緊張しないで欲しいんだけどなあ」
「見た目こそ完全無欠の王子様だけど、中身は好奇心旺盛な悪戯者の仔猫みたいな人だから、ちょっとくらい失礼があっても、笑って許してくれるわよ、ハロルド」
「ははは、エーリカ。むしろ私にそこまで失礼なこと言えるのは、お前くらいだぜ」
オーギュストはじゃれるように私を肘でつつく真似をする。
ひとしきり笑った後、彼は不意に私の顔を見つめ、優しい微笑みを浮かべた。
「その様子だと、どうやら悩み事は解決したみたいだな」
「あら、私、顔に出てましたか?」
「顔よりも態度かな。むしろお前の表情はかなり読みにくいぜ。
進水式の時に何だか上の空で深刻そうにしてるとは思っていたんだ。
どうせお前のことだから、また厄介な問題にでも首を突っ込んでいたんだろう?」
「お見通しでしたか。流石オーギュスト様ですね」
「お前のことだけはしっかり見てなきゃ、危なっかしいからな」
オーギュストにまで問題児扱いされていたとは。
気にかけてもらえるのは助かると言うか、ありがたい面もあるけれど。
「あーあ、一足遅かったなあ。暇つぶしになりそうだと思ったのに」
「他人の悩みを暇つぶしに使うのはどうかと思いますよ」
「だって悩みって言うより、悪巧みだったみたいだからなあ。
こんなに大掛かりな工房で、ニーベルハイムの跡継ぎまで引っ張り込んだりして」
オーギュストは悪戯っ子のような表情でそう言って、周囲を興味深そうに見回した。
コロコロと猫の目のように変わるオーギュストの態度に、ハロルドは更に警戒心を強めているようだ。
だいたいその対応で間違っていないところが悩ましい。
私もオーギュストが今にも工房の中を探検しそうでハラハラしている。
どうしよう。まだ外部に見せるには早いものも色々あるのに。
いや、待てよ。
いっそオーギュストも計画に組み込んでしまえばいいのではないだろうか。
そう考えてみると、彼の立場や人望は非常に使える。
「オーギュスト様、立ち話もなんですから、続きは何か召し上がりながらというのはどうでしょう?
ちょうど、タルトを切ったところだったんですよ」
「それは良い提案だな。頂こう」
「ではあちらへどうぞ。お口に合えばいいのですが」
私は先程昼食の準備をしていた一室を指し、オーギュストを促した。
そのついでに、ティルナノグに隠れて様子を窺っていたハロルドを呼び止める。
「ハロルド、お茶を淹れてきてもらえるかしら。ティーセットの場所を知ってるでしょう?」
「え? うん、いいけど」
「王子様にお出しするものだから、一番良いものを選んできてね」
「うん? あ……ああ、そうか! 分かった、任せてよ!
オーギュスト殿下が見たことのないような逸品をお出し致しますよ」
ハロルドは私が言いたかった真の意味に気づき、大きく頷く。
彼は先程とは打って変わった生き生きした様子で、工房の奥へと引っ込んでいく。
オーギュストは怪訝そうに首を捻る。
「やっぱり、何か企んでるんだな?」
「さて何のことやら」
「新種の茶葉かな? いや、茶葉を加工するような工房には見えない。
とすると、ティーセットに何か……」
「見てのお楽しみです」
私は営業スマイルを浮かべ、悪巧みの正体について推論を続けるオーギュストの前に立って案内する。
さて、興味は引くことができた。
磁器の実物を見れば、彼が食いつくのは間違いない。
あとはどうやって共犯者に仕立て上げるか。そこが私の腕の見せ所である。