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秘密の工房3

 かなり夜が更けた頃、私達はノットリードに到着した。

 馬車で夜の街を駆け抜けていると、夜警(ナイトウォッチ)の歌が切り替わった。

 都市を巡回する夜警たちは一時間ごとに決められた歌を唄うため、それを聞けばおおよその時間が分かるようになっている。

 夜の街は彼らの歌によって時を刻むのだ。


 運河の水面は、小さな街路灯のオレンジ色の光を写して輝いていた。

 ぽつぽつと点在する酒場宿からは、暖かい光と陽気な声が響く。

 仕事を終えた人達が今夜も酒を飲み語らっているのだろう。


『没落の運命とやらはもう問題なさそうだな』

「そうね、これから好転していくはずよ」


 ニーベルハイム伯爵家を嵌めた詐欺事件は予想外の事業の立ち上げに繋がった。

 お陰でハロルドの没落フラグ回避に加えてギルベルトの夢の実現も出来て、大団円も間近である。


 私は一息ついて、隣のティルナノグに視線を移す。

 面甲に隠されて感情が読み取りにくいはずなのに、彼も喜んでいるように見える。

 おや、もしかして。


「なんだか今晩は気分が良さそうね、ティル」

『ククク、そうだな、悪くない気分だ。

 俺もこのような心持ちになるとは思わなかったのだがな。

 お前がお人好しな理由が分かったような気がするぞ』


 ティルナノグはそう言って私の頭をポンポンと撫でる。

 実のところ、私は利己的にしか動いていないつもりだし、結局のところ彼らを助けたのは彼ら自身な訳だ。

 私に出来たことなんて……あれ? 何があったっけ?

 だけど、優しいこの(ヒト)の言葉を否定する必要はないだろう。


 世は全てこともなし。

 おかげで今夜のノットリードの街の灯は一際暖かく感じたし、夜警の歌も一際耳に優しく響くような気がしてしまった。


       ☆


 〈水の宮殿〉に帰宅すると、ワゴンで食事を自室に運んでもらうように手配した。

 本日の夜食用である。

 今夜のメニューは豚肉とピスタチオのパテに、玉葱や人参などの野菜の酢漬け。

 きっと使用人から大食いの烙印を捺されてそうだけど、気にしないぞ。


「二人とも、今日はお疲れさま」


 使用人が去ったのを確認し、パリューグとティルナノグに呼びかける。

 隣の部屋から猫の姿のパリューグとぬいぐるみサイズのティルナノグがそろりと姿を現した。


『今日のニーベルハイム家周りで起こったことの、おおよその顛末は猫に伝えておいたぞ』

「ありがとう、ティル」


 私は食事の並べられたテーブルに着いた。

 すると、パリューグが労いのつもりなのか膝の上に乗ってくる。

 折角なので、優しい手触りの毛皮と堪能する。


「これで伯爵家の没落は起こらなそうってことよね?」

「ええ、白磁の錬金術師がイグニシアで殺されなくて、本当よかったわ」

『巡り巡って、あの金髪の王子の手柄になるな』

「うふふ〜、さっすがオーギュストよね!」

「う、うん……そうかな、そうだね……」


 オーギュストが〈伝令の島〉で起こした混乱がハロルドやギルベルトの運命を切り開いたことを伝えると、パリューグは上機嫌になった。

 この件をオーギュスト本人が知ったら、むしろ反応に困りそうだけどね。


 そんな風にパリューグと話している間、ティルナノグがディッシュカバーを開けていた。

 彼はぬいぐるみサイズの短い腕を器用に動かし、料理を取り分けていく。

 ティルナノグが給仕(サーブ)してくれたパテと酢漬けの乗った皿を受け取ると、パリューグも隣の椅子にするりと移動した。


『それにしても、今日は色々なことがあったな』

「ええ、鉱山で契約や転送魔法の検証、ギルドホールで話を聞いて、進水式に出席して、青ガラスを作って……最後に河を上って磁器工房の見学」

「うわあ、移動するだけでも大仕事だったわね〜」


 まったくである。

 私は今日の出来事を指折り思い出しながら、どっと疲労を感じた。

 でも徒労に終わった訳ではなく好転しているのだから、良しとしよう。

 しかし、ティルナノグは私の言葉に不思議そうに首を傾げた。


『いや、エーリカよ。あと一つあっただろう?』

「あと一つ?」

『朝方盛大に転んだ学徒が、何やら物騒な案件を抱えていなかったか?』

「え〜、なになに、物騒なことがあったの?」


 ええっと、何があったっけ?

 ズレた眼鏡をかけた灰色の青年が脳裏にチラついた。

 転んでボロボロになりながらも儚げに微笑むエルリック・アクトリアス先生。

 学徒である彼が、はるばる交易都市ノットリードにやって来たのは何故だったっけ。


「あ……謎の危険そうな遺跡!」


 ティルナノグがうんうんと頷く。

 どうしてこんな大事な事を忘れてたんだろう。

 没落フラグを回避しても、死亡フラグが単独で襲ってくる可能性だってまだ残ってるのだ。


 私はアクトリアス先生から聞いた情報をパリューグとも共有する。

 この都市の何処かに、大昔の大量殺戮兵器が封じられた遺跡があるというお話だ。


「聞くからに怪しいじゃない。絶対に何か邪悪なものが封印されてるでしょ、例えばコイツみたいなのとか」

『うむ、まさにコレみたいな凶暴な輩が彷徨(うろつ)いていそうだぞ』

「不吉だわ……」

『危険だな……』


 二匹の幻獣はお互いを指差しながら嫌悪感をあらわにする。

 ですよねー。

 やっぱりこの話を聞いたら連想してしまうよね。


「でも軍事施設らしいから、私の死の運命に関わるような幻獣がいる可能性は低いと思うの」

「その大量殺戮兵器とやらに、何らかの幻獣や精霊が利用されていたら?」

『幻獣が関わらなくとも、南の内通していた竜騎士の例もあるぞ』

「なるほど、言われてみれば……やっぱり調べておくべきかしら?」


 蛇の道は蛇と言うし、同じ人外のことは人外が分かっているのかもしれない。

 ここは年長者二人の意見を取り入れておこう。


「分かったわ……ティルもパリューグも同じ意見なら、調べましょう」

「じゃあ、今夜の(わたし)の予定は祭壇巡りからその遺跡調査に変更ね!」

「ええ、お願いするわ、パリューグ」


 私の決定を聞くと、パリューグはするりと優雅に椅子から降りた。

 どうやら彼女は早々に出発するつもりらしい。

 彼女はひらりと宙返りし、肩までの銀髪に褐色肌の美少年の姿に化けた。


「今回は始祖王ギヨームで行くの?」

「学徒の服でも拝借すれば、見習いっぽく見えるでしょう?

 ジャンの姿も気に入っているんだけどね」


 そう言ってパリューグはウインクをした。

 確かに筋肉質な苛烈王よりも、見た感じ華奢な始祖王の方が学徒の中に紛れ込みやすいかも知れない。


「気をつけてね、パリューグ」

『いざとなったら俺を呼べ。今宵は気分がいいから、お前の手助けをしてやっても良いぞ』

「やだ〜、優しくて気持ち悪〜い。

 いいわよ、そんなの。ゆっくり食事や湯浴みでもして寝てなさいな。

 今晩すぐに荒事になるような無理はしないわよ」


 そう言い残すと、パリューグはいつものように窓から飛び出した。

 彼女は街の灯に煌めく運河を軽やかに飛び越え、真夜中の街に消えていったのだった。


       ☆


 交易都市ノットリード四日目の朝。


 私は誰かに抱きかかえられる感覚で意識を取り戻す。

 目を開けると、華やかな美女姿のパリューグと目が合った。


「……あら、起こしちゃった?」

「パリューグ、お帰りなさい……?」


 どうやら昨晩は本を読みながら長椅子で寝てしまったみたいだ。

 集めた資料の中に遺跡に関することがないか調べようと思っていたのに。


 パリューグは私を天蓋付きの豪華なベッドに運んだ。

 私をシーツの上に横たえた後、彼女は眠っていたティルナノグに忍び寄る。


「お前の方はとっとと起きると良いわ」

『ぐおっ!?』


 パリューグはティルナノグの尻尾をつかんで持ち上げると、ぶんぶん振り回して放り投げた。

 ボールのように転がったティルナノグは、ベッドの足に当たって床の上にぺしゃりと倒れ臥す。

 相変わらず雑な扱いである。

 ティルナノグは寝ぼけたまま体勢を立て直すと、ベッドによじ登って私の傍らにやってくる。

 パリューグもベッドの片隅に腰掛けた。


「そちらの成果はどうだった? パリューグ」

『遺跡の在処くらいは見付かったのか?』

「場所はヴァルナリス河を少し遡った辺りね。ニーベルハイム伯爵領との境にある遺跡だったわ」

「よく一晩で特定出来たわね……」

「はっきりした霊脈(レイライン)の流れの上にあったから、そう難しくはなかったわよ。

 でも遺跡の内部へは進入出来なかったの。

 強力な結界が何重にも張られていて、(わたし)や蛇のような存在が正面から入るのは骨が折れそうよ」


 パリューグは申し訳無さそうに言った。

 力を取り戻しつつあるとは言え、熟練の魔法使いが張った結界を破るのは困難なのだろう。


『ならば、お前の鼻の方はどうだ? 何か居そうな匂いはしたか?』

「濃密な炎の力は感じ取れたけど、獣の匂い(・・・・)ではなかったわ。

 あまり生物的ではない、どちらかと言うと純粋な魔法の力っぽい感じね」

「幻獣はいないってこと?」

「感じ取れた範囲ではね。

 精霊の可能性もあるけれど、結界が厚かったせいでこの辺が限界よ。

 学徒や人夫が何人もうろうろしてたから、容易には近づけなかったし」


 真夜中なのに学徒や人夫がうろうろ?

 アクトリアス先生の情報によって、緊急に何らかの対応が始まっているのかも知れない。


「その中にアクトリアス先生はいなかった?」

「灰色頭に眼鏡の魔法使い、だったかしら?

 うーん、(わたし)が入り込める範囲には見当たらなかったわね」


 パリューグは懸命に思い出しながら首を傾げた。

 彼女はアクトリアス先生を見たことがないので、印象に残らなかった可能性もある。

 私が直接アクトリアス先生に会って現状を聞けたらいいんだけれど。


「あまりお役に立てなかったかしら」

「ううん、今の段階では充分だと思うよ」

『そうだぞ。猫よ、それは充分なヒントだ。炎に精霊だと言ったな?』


 パリューグの話を聞いて考え込んでいたティルナノグが力強く頷く。

 彼はベッドから降りると、長椅子に積んであった本を手にして戻ってくる。

 それは書店街の〈毒殺者通り〉で購入した、七人の巡礼者の説話集だ。


『お前が寝た後、俺が代わりに続きを読んでいたのだ。

 この中に、炎も精霊も登場する話があったぞ』


 ティルナノグはぱらぱらと頁をめくり、私とパリューグに見せる。

 それは、藍色の空に浮かぶ巨大な赤い剣の絵だった。


『こいつは「剣の王子と争って炎の魔剣を造った錬金術師の話」という物語の挿絵だ』


 その物語は、こんなあらすじだった。


 昔々、西の王弟と北の王子がノットリードの利権を巡って争っていた。

 あるとき、そこに北の民を憎悪していた東の魔法使いが現れる。

 その魔法使いは西の王弟を唆し、両者の力関係を崩そうと考えたのだ。


 王弟は東から持ち込まれた精霊を利用し、北の王子を退けるために呪われた炎の魔剣を鍛造する。

 幾つもの巨大な魔剣がノットリードの空を覆った。

「我らに従わなければ、天より炎の魔剣を降らせ、この地を焼き尽くす。

 その災厄は、この地の全てを滅ぼすだろう。

 魔剣の災いを防ぐ手段を知っているのは、我ら西の錬金術師だけだ」

 そう言って、王弟は王子を恫喝した。


 しかし、北の王子はその恫喝を受けても、一瞬たりとも迷うことは無かった。

 彼はすぐさま錬金術師達の眼前まで踏み込むと、あっと驚く間もなく王弟の首を落としたそうである。


 その結果、止める手立てのなくなった呪われた魔剣は一つ残らずノットリードに降り注いだ。

 西の王弟の言葉どおり、魔剣の災いは西北の全ての土地を焼き尽くしてしまったのである。


 北の民は誇りのために死ぬことを恐れない。

 誇り高く残酷な戦士達は、恫喝などでは飼い馴らせない。

 侮れば肉も髄も食い千切る狼の本性を現すのだ、という巡礼者の教訓じみた言葉で話は締めくくられる。


「炎、精霊ねえ……それは不吉な符合だわねえ……」

『これならば精霊由来の軍事施設という仮説にも合致するのだが、どうだ?』

「冴えているわ、ティル。きっとこの魔剣が兵器の正体だと思う。

 ニーベルハイム家の件が一段落したら、私とティルも夜の探索に加わるわ」

『うむ、それが良かろう』


 私は鞄の中を漁って、今回の打開策になりそうな道具を取り出す。

 お目当ての祭壇が埋もれているケースを想定した杖を持って来ていたのである。


「あった、これよ。掘削(ディッギング)の杖。

 なりふり構わないなら、これをハロルドに大量充填してもらって短杖拡張(ワンド・オルタレーション)で一気に突入しましょう」

「あら、なかなか過激ね」

『充填が間に合わなければ、俺や猫の爪を使うといいだろう』

「え〜! (わたし)の爪は踏鋤(スコップ)じゃないんだけど……」


 遺跡侵入の手口の相談していたら、使用人のノックの音が聞こえた。

 いつの間にか着替えの時間になっていたようだ。

 今日も変身したパリューグと入れ替わり、私はティルナノグと一緒に街へと抜け出す。


 遺跡の件は夜に回すとして、まずはギルベルトの工房に向かうことにしよう。

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