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偽りの銀鉱脈2

「おはよう、ハロルド。待たせてしまったかしら?」

「いいや、俺も今来たところさ」

「ギルベルトさんはまだなの?」

「うーん、そろそろのハズなんだけど……っと、そちらの人も御付きの人なわけ?」


 ハロルドがアクトリアス先生に気がついて尋ねる。

 アクトリアス先生は穏やかに微笑んで答えた。


「いいえ、従者じゃなくて兄の友人なのよ。さっき偶々会ったの」

「初めまして、エルリック・アクトリアスと申します。

 王の学徒(キングズスカラー)としてリーンデースに所属している者です」

「お〜〜、魔法学園都市リーンデース! 王の学徒!

 すごい! 特待生じゃないですか!

 俺はハロルドって言います、よろしく!」


 握手を求めるハロルドに、アクトリアス先生はとてもフレンドリーに応えた。


「ちょっと事情があって、ハロルドの知恵を借りたいんだけど、いいかしら?

 アクトリアス先生に、この時間に開いてる素材店を教えて欲しいの。

 先生がお仕事で使う大事な魔法の鍵を破損してしまったので緊急で修理しなければならないのよ」

「魔法の鍵かあ……あれって、高位の魔法使いじゃないと作れないヤツだよね?

 あんなの自力で修理出来るんだ……すごい!」


 ハロルドの尊敬のまなざしを受けて、アクトリアス先生は笑顔のまま恐縮している。

 ハロルドはすこしだけ考えを巡らしてから口を開いた。


「だったら、普通の素材屋に行くよりも、〈三日月通り〉のトゥルム魔法店がいいですよ。

 ハーファンに太いコネのある店だから、大抵の希少素材があるから。

 まだ準備中だろうけど、短杖(ワンド)屋のハルの紹介だって言えば入れてくれるはずさ」

「おお、何だか良いお店みたいですね。ありがとうございます!」


 ハロルドがあからさまに系列店を薦めている気がする。

 でも、魔法使いトゥルムのコネならば信用が置けるお店だろうな。


「まず、この〈小鬼通り〉から運河を一本渡って〈坩堝通り〉に出てください。

 次に東にまっすぐ向って三つばかり橋を渡った先が〈三日月通り〉になりますよ、学徒さん」

「運河を渡って東に三つですね」

「はい! それで、塔に巻物(スクロール)の看板が目印です」

「うんうん、塔に巻物ですね」


 ハロルドの身振り手振りを交えた説明に、ニコニコしながらアクトリアス先生が頷いていた。


「ありがとうございました! エーリカさん、ハロルド君!」


 向こう岸に渡るための小舟の上で、アクトリアス先生がぶんぶんと手を振る。

 私達は彼が河に落ちないかヒヤヒヤしながら見送った。


 今までアクトリアス先生の顛末を眺めていたティルナノグが呟く。


『慌ただしい男だな……』

「うーん……頭良さそうだし、生まれも育ちも良さそうな学徒さんなのになー」

「ハロルドの見立てだとそんな事も分かるの?」

「ああ、あの人が前に見たギガンティアからの亡命貴族に、肌や髪の色合いが似てたからさ」


 ハロルドの観察結果が的を得ていて驚いてしまう。

 原作ゲームでの知識ではあるけれど、アクトリアス先生もなにやら高貴な生まれだとかいう話だった。

 亡命貴族なら妥当な推理じゃないかな。

 しかし、敵国ギガンティアからの亡命貴族なんて、アクトリアス先生も大変な身の上だなあ。


「なるほど……色々知っているのね」

「へへへ、まあね」

『む、来たようだぞ。あの馬車じゃないのか?』


 ティルナノグの指した方向へ視線を向けた。

 二頭立ての馬車が〈皮剝人通り〉方面からこちらに近づいてくる。

 よく見ると、馬の脚にはゴーレム義足が付けられていた。


 馬車が私達の前で止まると、客席からはギルベルトが降りてきた。


「よし、全員揃ってるな。みんな乗ってくれ」

「うわあ。ゴーレム式馬車なんて、奮発したなあ、兄貴」

『ギルベルトよ。その御者は信用できるのか?』

「ああ、トゥルム家で贔屓にさせてもらってる人だ。

 少なくとも、俺のことを親父に告げ口しない程度には口が堅い」


 ギルベルトがそう言うと、初老の御者が軽口を投げ掛ける。


「そん代わり、ツケはこれっきりだぜ、ギルベルトの坊ちゃん」

「ははは、悪いね」


 場の空気が少し和んだところで、私達四人は馬車に乗り込んだ。

 馬の嘶きとともに、馬車は走り出す。


 そうして私達は呪術銘板(ソーサリータグ)の証拠が残るアージェン伯爵領の外れの転移魔法陣へと向かっていった。


       ☆


「あっ!」


 馬車に揺られながら、西北部の美しい自然を眺めていたその時。

 私の向かいに座っていたハロルドが、突然大きな声をあげた。


「どうしたの、ハロルド?」

「わかった。俺、わかっちゃったかも」

『何がわかったと言うのだ?』

「杖のことだよ。兄貴に言われた大量充填型の杖についてずっと考えてたんだ」


 どうやら、こんな時までハロルドは杖について考えていたらしい。

 無駄にネガティブになるより良いのかな。

 逆にポジティブすぎて尊敬してしまいそうだ。


 ハロルドの隣にいたギルベルトは呆れたような顔で、口に運びかけていた二度焼菓子(ビスケット)を膝に拡げたハンカチの上に置く。


「坊ちゃん、寝ぼけてるのか?

 目的地まではもう少しかかるから、今のうちに寝ておいた方がいいぜ」

「いやいや、意識はハッキリしてるさ。

 さっきまで眠かったけど、一気に眠気も吹っ飛んじゃったよ」


 そう言いながらハロルドは私達の顔を見回した。

 なんだか彼の深緑の瞳がキラキラと輝いている。


「昨晩のうちに準備終えてから手持ち無沙汰でさ、師匠が持ってた大量充填短杖をじっくり観察してたんだ。

 どれだけ見ても、どういう構造になってるんだか見当もつかなくてさ。

 でも、さっき、ぱっと霧が晴れるみたいに答えが見えたんだ」


 ハロルドはまるでロクロを回すような手振りで彼だけが掴んでいる答えについて語る。


「こんな時だけど、忘れないうちに試してみていいかい、みんな?」

『うむ、いいぞ』

「ええ、私も見てみたいし」

「坊ちゃん、無理しないようにな?」


 私達から許可をとると、ハロルドは小さな革鞄を足元から引きずり出してパタンと開ける。

 超小型かつ軽量型の移動式貯蔵庫だ。

 拡張量は少なそうだが、小回りの良さそうな作りをしている。


 先々代の形見なんだよ、と言ってそこから道具を引出し杖を取り出す。

 呪文構築と充填を行うと、魔法陣が一度展開され輝く。

 呪文からその魔法が突風(ガスト)の魔法だということが分かった。


「よし……これなら出来そうだ」


 ハロルドは揺れる馬車の中で一度も部品を取りこぼすことも魔法の構築に失敗することも無かった。

 手品師のような手つきで、彼は短杖を作成していった。

 呪文の構築は回を重ねるごとに高速化していき、驚くべき速度で繊細な魔法が組み上がっていく。


 ハロルドが杖の作成に集中し始めた横で、ギルベルトとティルナノグがしんみりと別の世間話をし始めた。

 聞くとはなしに聞こえてきた話題は、どうやらギルベルトの父親つまりトゥルム短杖店の店主の話のようだ。


『ひどく寂しがってるようだし、後悔しているようだぞ。帰ってやれ』

「ははぁ、あの強気な親父がねえ……すぐには信じらんないねえ……」

『帰る場所があるうちに帰っておくといい。帰る場所がいつまでもあるとは限らないものだ』

「そんなことは知ってるよ、旦那ぁ」


 ギルベルトはやたらと目の辺りをこすっていた。

 涙ぐんでいるのを誤摩化しているのか、それとも単に目が疲れたのか。

 子供と違って大人は簡単には泣けないのだろう。


「そろそろアージェン伯爵領ですよ」


 御者の老人の声が聞こえた。

 辺りを見回すと、杖の呪文構築に見入っているうちにすっかり景色が変わっていた。

 ハロルドも杖の仕上げに入っている。

 ギルベルトとティルナノグも世間話を止め、その様子を真剣に見つめていた。


「これで……最後だ」


 ハロルドがため息を吐きながら充填を終えた。


「おつかれさま、坊ちゃん。まさか、聞きかじった翌日に一発成功するなんてな」

『一つ一つが恐ろしく短時間だったな、お前のような錬金術師をみるのは初めてかもしれぬ』

「へへへ、そっかなあ」


 ハロルドは褒められ慣れていないのか、非常に照れくさそうだ。

 みんなから視線を外し、俯いたままそそくさと道具を片付け始めてしまう。


「おっと、到着したようだ。みんな、準備はいいか?」


 ギルベルトが窓の外を見て告げた。

 それとほぼ同時に、馬の激しい嘶きとともに、馬車が停止する。


 私は時計を確認した。

 〈小鬼通り〉を出て一時間半。

 乗り継ぎのロスなしでこの時間ならば、ゴーレム式馬車を用立ててもらって正解だったと言えるだろう。

 私達は御者に礼を言い、馬車を降りた。


 アージェン伯爵領の鉱山の麓。

 ここからが、時間との勝負である。

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