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偽りの銀鉱脈1

 交易都市ノットリード三日目の早朝。

 早々に帰宅して仮眠をとっていたパリューグと交代し、ティルナノグと私は街へと出発した。


 朝靄の漂う街の方々から、ゆったりとした歌が聞こえてくる。

 夜警(ナイトウォッチ)の歌う、明け方の歌だ。

 黒い制服姿の男達が、街灯の火の始末をしている姿がちらほらと見られた。


 人影は夜警だけではない。

 早朝の〈百貨の街〉は、私が思っていたよりもずっと人通りがあり、開いている店すらあった。


「どうしようかしら。寄り道していく余裕はあると思う?」

『何をするのだ?』

「坑道の中に閉じ込められたり、予想外の場所に転移した時の備えは必要かなって」

『ふむ、取り越し苦労だとは思うが……お前のことだ、絶対にないとは言えんな』

「そうよね」


 というわけで、少しアイテムを買っておくことにした。

 食料品にちょっとした魔法道具。

 短杖はいつも通り沢山持ち歩いているから、杖でカバーできない部分を埋めるつもりで。


 船に乗らずに徒歩で移動しながら、食料品店や雑貨屋を物色する。

 二度焼菓子(ビスケット)に鉱水、方位磁針(コンパス)など。

 魔法道具店に入ろうとすると、店から大急ぎで出て行く一人の青年とすれ違った。


(ん……?)


 なんだか、見覚えのある顔だったような。

 ごく普通の地味な格好だったけど、絶妙な違和感があった。

 そう、なんだか、たとえば、眼鏡がズレていたような?

 私は振り返り、その人物の姿を探す。


『どうした、エーリカよ』

「アクトリアス先生っぽい人がいたような気がしたんだけど」

『ほう、あの灰色の魔法使いか』


 エルリック・アクトリアス。

 魔法学園都市(リーンデース)の学徒にして、少々ドジっ子なメガネ男子。

 ゲーム『リベル・モンストロルム』の攻略対象の一人であり、私の兄エドアルトの友人だ。

 でも、何事もなければ基本的にリーンデースにいるはずの人なのに。

 何故こんなところに?


「エルリック・アクトリアスせんせーい!」


 私は行き交う人々の流れに向かって名前を呼んでみた。

 道の反対側で、灰色の髪がぴたりと止まった。

 あ、あそこに居たんだ。

 やっぱりアクトリアス先生で大当たりだったようだ。


 アクトリアス先生はキョロキョロとあたりを見回す。

 何度か視線が私のいる場所を通過するが、そのうちにようやく気がついたようだ。


 ぱっと朗らかな笑みを浮かべ、手を振ってこちらに近づいてくる。

 小走りに馬車用の通路を渡ろうとした瞬間、彼は自分の長杖(スタッフ)に足を引っかけた。


「エーリカさ、ふぉあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!?」

「あぶな…………、あーーーーっ!?」


 アクトリアス先生が転び、投げ出された彼の鞄が空中で口を開ける。

 鞄の中身が、まるで意志があるかのように飛び出して行く。

 色とりどりの水薬(ポーション)が入った壜、何本もの巻物(スクロール)、こまごまとした魔法道具。

 おそらくは貴重なものも含まれた荷物が、道いっぱいに転がった。

 そして、駄目押しとばかりに、新鮮な果物を乗せた荷馬車がその上を過ぎ去って行く。


 後に残されたのは、無惨に破壊された魔法道具の残骸と、倒れたまま残骸に手を伸ばす涙目の魔法使い。


 なんという惨事、なんという不幸。

 私は不用意にアクトリアス先生を呼び止めたことを激しく後悔した。

 本当にごめんなさい。

 でも、流石に前世知識があってもドジフラグ回避は無理です。


 私は我に返り、すぐさまボロボロのアクトリアス先生に駆寄った。

 彼はすくっと身を起こし、泥で汚れた眼鏡を拾い上げる。

 奇跡的に眼鏡だけは無事だったらしい。

 彼は泥に汚れたままの眼鏡をかけ、こんな惨事の後なのにほのぼのと微笑んだ。

 そしてやっぱり、眼鏡が微妙にズレている。


「あはは……お久しぶりです、エーリカさん。

 いやぁ〜、みっともないところ見せちゃって、お恥ずかしい限りです」

「大丈夫ですか? お怪我は?」

「大丈夫ですよ〜、私はこう見えて、体だけは丈夫な方なんです」

「ごめんなさい、私がいきなり声をかけたせいで、こんな事に」

「いやいや、私がうっかりしてただけですから」


 アクトリアス先生は破損した道具を、拾い集め、無造作に鞄に突っ込んでいく。

 馬の足跡ついた巻物に、割れて中身のなくなった薬壜、その他がらくたと化した魔法道具。

 私とティルナノグも散らばった物品の回収を、出来る範囲で手伝う。


「あっ、この鍵……破損してしまったかな……まいったなあ……」


 困り果てたアクトリアス先生の声に、私は顔を上げる。

 彼の手の上には、泥にまみれた小さな銀色の金属片が乗っていた。

 無惨にねじ曲がっているが、元は鍵の形をしていたのだろう。

 柄にハーファンの魔法文字が刻まれていることから、何らかの魔法道具なのかもしれない。


「もしかして、お高いものですか?」

「ああ、いえいえ、お構いなく。安価な材料で作り直せますから」


 アクトリアス先生は財布を取り出そうとする私を手で制する。

 気を使おうとすると余計に困ってしまう様子だったので、私の方が引き下がることにした。


「何の鍵なんですか? 緊急のものでしたら、知り合いに頼んで鍵屋を紹介してもらいますけど」

「いえ、それには及びませんよ。

 こちらの鍵は、リーンデースの調査隊が設置した転移魔法陣の分岐認証鍵なんです。

 材料さえあれば、私にも簡単に作れるんですよ」

「それならよかったです」

「それに、機密保持の都合で一般の鍵屋には任せられませんので」


 転移魔法陣はいろいろと権限やら機密やらで、管理が厳しいんだっけ。

 遠くまで転がっていた巻物を集めてきたティルナノグも戻ってきて、会話に加わる。


『予備の材料を持ってるのだな。用意周到なことだ』

「ええ、それは当然……、あ、ない。机の上に準備してたはずなのに。

 これからどこかで調達しなければなりませんね。

 困ったなあ……この時間にあれを扱っているお店が開いてるかなあ……」


 ティルナノグが指摘すると、アクトリアス先生は顔を青ざめさせ、頭を抱えた。

 相変わらず、そそっかしくて危なっかしい人である。


「この辺りに詳しい人がいるので、紹介しましょうか?

 彼なら早朝でも都合のつく素材屋を知っているかもしれません」

『うむ。あの赤毛の小倅なら、伝手があるやも知れぬな』

「ああぁ〜〜、助かります、エーリカさん。是非ともお願いします」


 私の提案に、アクトリアス先生は地獄に仏といった様子で何度も頭を下げた。

 ひょんな事から新たな同行者を交え、私達は集合場所への移動を再開する。

 道すがら、アクトリアス先生はティルナノグの方をちらちらと気にしているようだった。

 ようやく同行者の異様な容貌に気づいたらしい。


「そちらの方は?」

「使用人ですよ。一人で街歩きは不用心ですから」


 面の皮を四割増にして、笑顔で受け流す。

 最近、嘘を涼しい顔で言えるようになってきた気がする。

 アクトリアス先生は納得したような表情で頷いた。


「とても強そうな方ですね」

「ええ、とても信頼のおける使用人です」

「そうだったんですかー」


 たったこれだけの説明で、アクトリアス先生は疑問の欠片もないような表情である。

 助かるけれど、却って彼のことが心配になる。


「あっ、そう言えばエーリカさんは、どうしてノットリードへ?」

「新型空母の進水式のために、父と一緒に参りました。

 今朝は少し時間がとれたので、社会見学のために街歩きをしております。

 アクトリアス先生こそ、どのようなご理由でノットリードにいらっしゃったのですか?」


 私の問いに、アクトリアス先生が少々曇り顔になる。


「私はですね、いささか急用がありまして。

 ノットリード付近で工事を行っていた業者が、遺跡らしきものを見つけたのです。

 その遺跡に強い魔法の反応があったので、急遽リーンデースから調査隊が送られたのですが……」

「調査隊に、何か問題が?」

「たまたま私が検証していた文献に、その遺跡に関する重要な記述が含まれていたんです。

 このままでは予期せぬ事故が発生する恐れがあるということで、取り急ぎ私が警告に参りました。

 追加の調査隊を組むよりも、一人の方が書類上の手続きが早いですからね」


 これか!

 遂に、怪しい遺跡という情報が浮かび上がって来た。

 きっと、その遺跡に私を六年後に殺す怪物(モンストロ)がいるのだろう。


「危険な幻獣が封印されているような遺跡なんですね?」

「ん? いやいや、どちらかというと軍事用魔法設備の遺跡になります」

「軍事用の……?」


 おおっと、思っていたようなのとは違うのか。

 しかし、この都市に軍事用の遺跡があったなんて初耳である。


「文献によると、六百年前くらい前の大規模破壊兵器の可能性が高いようです。

 各国の〈戦争の法〉が制定される前のものですので、大変危険です」


 〈戦争の法〉とは、連合王国において、あらゆる組織が戦争などの極限状態であろうとも従うべきと定めた法の事だ。

 大規模環境破壊や大量虐殺、暗殺、洗脳、拷問などが主な禁止事項になっている。


「では、それを伝えに来たんですね」

「はい。調査隊の方々に情報を伝えなければ、万一の事が起こりえます。

 先発した調査隊は、主に錬金術師を中心に組まれています。

 もし文献の記述が正しければ、魔法使いの力も必要なはずなので」


 アクトリアス先生はズレたメガネを自分できっちり直して山岳部の方を睨んだ。

 おや、こういう表情をすると、なかなか凛々しい人なんだな。


「今は特に、進水式で近隣地域の重要人物が集まっていますからね」

「あっ、それは確かに危険ですね」


 なるほど、今は時期が悪い。

 進水式には、近隣地域の有力者だけではなく、イグニシアの貴族や王族も集まってくる。

 この場所で大規模破壊魔法なんてものが起動したら、どんな大惨事になるだろうか。

 背筋を寒気が走った。


「そんなわけで、その遺跡に入るための鍵が必要なんです」

「転移魔法陣の鍵でしたっけ?」

「はい。既に調査関係者以外が立ち入らないように、遺跡は厳重に封鎖されていますから。

 遺跡への転移魔法陣も、認証呪文を組み込んだ鍵で解錠する必要があります。

 正規の手順を踏まなければ、別の安全な場所に転移してしまう仕組みになっているんです」


 興味深い技術だ。

 分岐転移の仕組みは、いずれ学んでみたいものだ。

 迷宮攻略や貯蔵庫の作成に応用が利きそうな気がする。


 そんな事を話しているうちに〈小鬼通り〉に着いた。

 鶴嘴(つるはし)と小鬼の橋の前には、準備万端といった風情の赤毛の少年が待っていた。

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