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坩堝通り4

「やれやれ、学園にいた時に、少しは杖のことも齧ってればよかったんだが……」


 ギルベルトは試射場に着いてからも、短杖(ワンド)の教本らしい冊子をめくっていた。

 冊子には栞兼メモ用紙代わりの犢皮紙の切れ端をたくさん挟んであり、今回の講義のために頑張ってくれたのがうかがえる。

 アウレリア領に帰る前に、何かお礼をした方がいいかもね。


「兄貴はどこの学園にいたのさ? 地元の錬金術学園?」

「んー。リーンデース」

「え! すっげー! 魔法学園都市!? いいなあ、俺も行ってみたいんだよなあ。

 父さんが許してくれたらなあ……」

「ああ、将来的にハーファン由来の魔法も杖に組み込んでいく方針なら、その方がいいだろうな。

 あそこなら、他の地域の異能も含めて総合的に学べるから」


 私はゴーレムを準備しながら、二人の会話に聞き耳を立てていた。

 リーンデースには私も入学する予定なので、その情報は気になるところだ。


「俺は主に生成系の錬金術や魔法が専攻だったからなあ」

「あれ? よく師匠が入学を許してくれたね。短杖専攻じゃなかったんでしょ?」

「リーンデースに行ったのは、家を飛び出した後だよ。

 親父のことは関係ない……っと、喋りすぎたな。坊ちゃんも手を動かそうぜ」

「はいはい」


 確か、作りたいものがあったんだっけ?

 彼の昔語りはティルナノグがトゥルム老から聞いた話と一致する。

 それにしても、トゥルム副伯の子として入学したんじゃないなら、特待生?

 あるいはどこかの貴族が後援者になって、一種の奨学生として入ったのだろうか。


「よしよし、このページだ。うーん、やっぱりイメージが重要とかそんな感じだな。

 まずはこの中から真似してみなよ」


 私はギルベルトが開いたページを覗き込む。

 杖の中の魔法をどのように認識するかという例が掲載されていた。

 細かい砂の集合体として認識する方法、絵の具として認識する方法、坩堝の中の金属として認識する方法──

 私も昨日から自分なりに考えてはみたけれど、こうして見るともっと自由な発想でよかったらしい。


「自分の中でしっくりくるのがあれば、そのやり方で研鑽していくと良いそうだ」

「わかりました」

「ああ、でも、短杖の実物がないとな。おーい、坊ちゃん」

「はいはい。まったくもー、人使いが荒いんだからー」


 ゴーレムを作り終えたハロルドが、何本かの杖を持ってくる。

 ハロルドには珍しく、ごく普通の造りだ。


「俺ならもっと、尖った性能の杖だって作れるのに」

「使用者の技術の練習なのに、特殊な杖使わせてどうすんだよ」

「それは、まあ、そうだけどさ」


 私はその中から魔弾(マジックミサイル)の杖を選ぶ。

 攻撃系の中でも、これが一番癖がないような印象がある。


 私は杖を手に、いくつかのイメージを試してみた。

 砂、絵の具、坩堝、植物の種、煉瓦、粘土細工。

 どれも少し違うような印象を覚えた。


 そして、教本に掲載されていた最後の一つ。

 偶然にもそれは、昨夜私が思いついた方法と一致していた。


 糸。


 私が思いついたのは、編み物に使う毛糸のイメージだった。

 でも、冊子に掲載されていたのはもっと細い、手芸糸くらいのものだ。

 だから、私は更に進んで、もっと細い、絹糸のようなものを思い浮かべることにした。

 実を言うと、昨日見たものの中に、ちょうどいいイメージソースがあったんだよね。


 私はイメージを元に、杖に込められた力を引き出す。


「おっ……!?」

「何だこれ!? エーリカ!?」


 手にした短杖の周りを、金色に輝く細い魔力の糸が取り巻いていた。

 ハロルドが〈虹の革紐〉を使ったときに出た光の糸をイメージしてみたわけである。


「まさか、お嬢ちゃんが杖から力を引き出すイメージが、俺達にも見えてるのか?」

「……って言うよりも、本当に魔力を引っ張り出してるような」


 私は引っ張り出された魔力の糸を解きほぐし、望んだ形に編み直していく。

 いくつかの結び目や編み目を作ると、不意に杖が嫌がり、手の中で暴れているような錯覚を覚えた。

 ここが限界のようだ。


 私は魔力の糸を再び杖の中に納め、杖頭をゴーレムに向ける。

 さて、一発目。


 杖の先に、三重の魔法陣が広がった。

 魔法陣はギリギリと捻じ曲がりながら融合し、一つの歪な魔法陣になる。

 私が杖を振ると、魔法陣は速やかに一発の魔力の弾丸を形成する。


 パシッ、という小さな音が遠くから聞こえた。

 反対側の壁に積まれた土嚢が一つ破け、サラサラと砂がこぼれている。

 その手前のゴーレムをよく見ると、心臓にあたる部分に小さな穴が空いていた。


「すげえ貫通力……これ、本当にただの魔弾(マジックミサイル)?」

「あれ? あの土嚢、特殊加工で耐久力上げてあるんじゃなかったか?」


 本当は真理(エメス)の文字を狙ったんだけどなあ。

 倒れないところを見ると、少しズレてしまったようだ。

 流石に狙いの正確さについては、練習あるのみか。


 二発目。というよりも、最後の一撃。

 私は頭上に向かって杖を振る。

 金色に輝く、一つの大きな魔法陣が、頭上に展開した。


「げっ!? 待った待った!」

「何だこれ、うわっ!?」


 ハロルドとギルベルトは、天井一杯に展開した魔法陣を見て、思わず入り口に駆け戻る。

 あ、ちゃんとゴーレムに照準してあるって説明しておくべきだったかな。

 まあいいか。

 私は杖に込められた全ての魔力を解放し、範囲拡張型魔弾(マジックミサイル)を発動させる。


 降り注ぐ閃光。

 打ち抜かれて崩壊していくゴーレム達。

 もうもうと巻き上がる土埃。


 視界がクリアになったとき、的になった五体のゴーレムは全て崩壊し、土の山に戻っていた。

 私は五体全てが胸だけを穿たれているのを見て頷いた。


「広範囲に拡張しても、元の魔弾(マジックミサイル)の照準した箇所を狙う要素はちゃんと残ったみたいね」

「ちょ……何かすごいこと言ってるし!」


 退避していた二人が戻ってきて、破壊されたゴーレムを見て驚嘆する。


「すげえなあ。こんなに跡形もなく弄れるのか。作成するときにここまでやったら、杖が壊れちゃうのに」

「たった一日でコツを攫んじまったのか。すごい才能だな」


 絶賛の嵐だった。

 イメージ次第でどうにでもなってしまうのは、怖くもあり便利でもある。

 行使する時に杖の抵抗を感じたから、アレが負荷になるんだろうね。

 上手く行ったところ、反省すべきところを反芻する。

 帰ったらこれも、手帳にまとめた方がよさそうだ。


 脳内反省会を終えて、先ほどから気になってる事を私はギルベルトに聞いてみる事にした。


「ギルベルトさん、拡張(オルタレーション)って攻撃用の杖だけなんですか?」

「いや、いろいろ出来るハズだよ。視覚とか空間とか位置情報を弄るヤツでも有効だったかな」

「過去視や未来視もですか?」

「うーん、さすがに時間と空間を一緒に弄るヤツは、負荷も高いだろうなあ。

 それ以前に過去視も未来視も一回の使用だけで莫大に金がかかるから、おいそれとは試せないし」

「なるほど……そうですね」


 残念。

 一年前を過去視できたり、六年後を未来視できたら便利かなって思ったんだけど。

 でも、それを差し引いても、この拡張(オルタレーション)はなかなか有益な技術なのかもしれない。

 これから幻獣と会ったり戦ったりする可能性が高い私としては、攻撃力を高められるだけ高めておいた方がいい。


「しかしまあ、拡張した杖をいくら使っても怪我の心配ないのは羨ましいな〜」

「ええ、これだけやっても、まだ余裕そうです」

「お嬢さんにお勧めは、大量に呪文を詰め込んだタイプの短杖かな。

 汎用性があるし比較的廉価だし。

 ああ、そうだ──」


 ギルベルトはぽんと手を叩き、私達の注目を引く。


「お嬢さんに杖拡張の限界を試してもらいつつ、杖の改良するなんてどうかな?

 坊ちゃんの趣味にもいいし、きっと特製短杖(ワンド)の研究は大金を産むよ。

 その金でもっと色んな杖も作れるし、お嬢さんだってもっと沢山杖が使えるだろう」


 なるほど。

 ハロルドに試作の短杖を作ってもらう事が出来るならば、私の武器の貯蔵も楽になる。

 代償が金銭でなくハロルドへの結果報告(レポート)で済むなら万々歳だ。


「それは魅力的な提案ですね」


 私はハロルドを見つめて頷いた。


「あはは、やったな、坊ちゃん。素晴らしい協力者が出来ちまったぜ」

「兄貴……!」

「ほーら、他人を口説くときは、自分のことだけじゃなくて相手にも得になる事をアピールしないとな」


 ハロルドは真っ赤になって、絡んでくるギルベルトを押しのける。

 まあまあ、大人と子供の差があるんだから、恥ずかしがる必要はないと思うな。

 交渉力はこれから伸ばしていけばいいんだろうね。


「いいのかな、俺に付き合ってもらっても」

「ええ、よろしくね」


 そう言って微笑むと、ハロルドが両手で私の手を握り込んできた。


「やった、これであんたは俺の相棒だからな!」

「ええ……」


 相棒なんてなんだか大袈裟でちょっと恥ずかしいけど、まあいいか。

 これで私達は利害の一致した相棒になったのだ。


「よかったよかった。

 これなら、ニーベルハイム伯爵も喜ぶんじゃないの、坊ちゃん?」


 私達の様子をニコニコと眺めていたギルベルトの言葉に、ぴくりとハロルドが反応する。

 ハロルドの表情がいくらか曇ったような感じがした。


「いや、俺の父さんはさ。俺が杖を使うのも、作るのもいい顔しないよ」

「ええ〜、なんでよ。ニーベルハイム家がなんで?」

「俺の父さんは、あんまり短杖好きじゃないんだよね」


 そう言えばハロルドは前にも同じようなことを言っていたような。

 ギルベルトは訳知り顔でハロルドに言った。


「ははあ、今のニーベルハイム伯は軍需で儲けた先代と、あんまり仲がよくなかったのかね?」

「俺の父さんと祖父さんはとても仲が良かったよ」

「え〜、親子関係のイザコザだと思ったのに」

「うちはさ、むしろ俺とあの人がぎくしゃくしてるんだよね」


 ハロルドは観念したように目をつぶってため息を吐く。


「でもってそれはさ、きっと俺のせいなんだよね」


 それからハロルドは自分の身の上におこった不幸な事故について、ぽつりぽつりと話し始めた。


 まだ三歳だったハロルドは、好奇心旺盛な子供だった。

 その頃の彼は父の貯蔵庫(ヴンダーカンマー)にこっそり忍び込むのが大好きだったのだそうだ。


 そこは小さな子供にとって、宝の山だった。

 沢山の錬金術の素材、使い込まれた小型の錬金炉(アタノール)、ピカピカの調合用のビーカーや試験管、鋳とけて固まった鉛や、真鍮の削り屑。

 ハロルドは貯蔵庫を見ているだけで何時間も過ごせたのだそうだ。


 事故の起こったその日のこと。

 たまたまニーベルハイム家お得意の特製な短杖が床の上に転がっていた。

 ニーベルハイム伯が護身用にいつも持ち歩いてるものだった。

 おそらく使いさしで、これから充填する予定だったのが、せめてもの救いだったのだろうか。


 好奇心旺盛な三歳児は、父の杖がかっこ良くて大好きだった。

 そんな大好きな大人だけの宝物が床に落ちているのを見たら、きっとみんな同じことをするだろう。


 大音響に驚いて駆けつけたハロルドの父が見たのは、荒れ果てた部屋にぐったりと倒れた息子の姿だったという。

 右手は赤く焼け爛れ、その皮膚の上にはまだ魔力が炎のようにくすぶっていたそうだ。


 ハロルドの父は応急処置をし、大急ぎで医術師の家に向う。

 処置を終えた医術師は、完治を諦めるようにとハロルドの父に告げる。

 表面的な怪我は治るだろうが、身体に留まった異物な魔力を抜くのは難しい。

 故に、この子の右手は一生萎えたままだろう、と。


 ハロルドの右手は、二年ほどの間ぴくりとも動かなかった。

 その後、楽隠居を始めたトゥルム老に頼み込んで治療を施してもらうこと一年ほど。

 やっと普通の人並みに右腕が動くようになったのが六歳頃だと言う。


「それ以来、あの人は趣味でやっていた短杖(ワンド)の作成をやめたし、護身用の短杖すら持ち歩かなくなった」

「そりゃあ……辛い話だな」


 何気なく振った話題が意外に重かったのだろう。

 ギルベルトは申し訳無さそうにボリボリと頭を掻いた。


「ところが師匠のところに居た俺は、すっかり短杖作成にハマっちゃってさ。

 それから俺とあの人は、すれ違いっぱなし。

 俺はあの人の事を尊敬してるし、大好きなんだけどさ……。

 あの人にとっては、俺は扱いづらい子供みたいだ」


 ハロルドは左手で右腕をさする。

 まだ後遺症が残っているのか、それとも不安なときの癖なのか。


「まあ、あの人は仕事でずっと忙しいから、まともに会話する機会も無いしさ。

 今じゃどうにもこうにもしがたい訳。

 ここ一年はずっと新しい銀鉱脈の採掘権のために奔走してるし」

「採掘権ですって……?」

「ああ、ニーベルハイム領の銀鉱脈は低質なところまでも枯れ果てそうなんだ。

 新しい精錬方法を開発したって鉱石が全く取れなくなっちゃ話にならないだろ?」


 銀鉱脈の採掘権という言葉で頭の中に赤信号が点る。

 ニーベルハイム伯爵家の没落にはたしか銀鉱脈の詐欺が絡んでいたけど、大丈夫なのかな。


「しかし銀鉱脈の採掘権ねえ……おっきな金の動く話だなあ」

「最近やっと上質な銀鉱脈の採掘権を買ったばっかりなんだ。領地を担保にして借金までしてね」

「ふーん、上質ねえ。どこの銀鉱脈なの?」

「アージェン伯爵領のだって。元は王室領の一部だった手つかずの優良銀鉱脈があるらしくて」


 アージェン伯爵領。

 その言葉に私は聞き覚えがあった。

 そしてそれが確かなら、もう既にニーベルハイム伯爵は詐欺に嵌められている。

 そうか、もう詐欺師の仕事の後だったから話題が拾えなかったのか。


「いえ、アージェン伯爵領の銀鉱脈採掘権が売りに出される事はけっして無いはずよ」

「へ?」

「んん、どういうことだい、お嬢さん?」


 ハロルドとギルベルトがびっくりした顔で私を見つめた。


 私はその銀鉱脈の採掘権が決して売りに出されないことを知ってる。

 だってそこは私が亡き母から受け継ぐ予定の領地だからだ。


「その領地と爵位を受け継ぐ継嗣(けいし)はまだ十歳にも満たないためその権利を行使するはずがないの」


 すっと体温が下がるような感覚を覚える。

 ハロルドは目に見えて血の気の引いた顔をしていた。

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