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運河の都8

「今度は、逆に阻害値が高い人間はどうなのかっていう話。

 実を言うと、この辺のことはあんまり詳しくない。

 俺自身も虹三本で、どっちかと言うと少ない方だからな」


 ギルベルトは黒板を念入りに拭きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 時折白亜(チョーク)を手に、何か書こうとしてやめている。

 まだ話すべきことが頭の中で上手くまとまっていないのだろう。


「阻害値が高いほど、杖を作成するときの『歪み』や『乱れ』の感覚が大きくなる。

 そういう人間が作成を行うには、相当な時間をかける必要がある。

 呪文構築にかかる精神集中の負担も、とんでもないことになっちまう」


 ギルベルトの手にした白亜(チョーク)が小気味よい音を立てて黒板を滑り始める。

 おお、講義再開ですね。

 そう思っていたら、彼が描き始めたのは、踊る二頭身のゴーレムだった。

 何書けばいいのか分からなくなったんですね、分かります。


「だいたい、一般的な最低値である虹一本の錬金術師が一時間かけて充填できる魔法があるとする。

 訓練次第で前後するが、虹四本なら二時間、虹五本で三時間、最大値の虹六本の錬金術師に至っては六時間ってのが目安となる。

 だから、そうだなあ……七本なんて聞いたことがないから、あくまで理論値だけど、十二時間かそれ以上か……」


 ギルベルトは思い出したように黒板に二行組みの表を描いた。

 上段には虹の本数、下段には所要時間。

 順番に数字を埋めていたギルベルトの手が、七本のところで止まった。

 彼はしばらく考えた末に空欄のまま白亜(チョーク)を置く。


 虹七本が仮に六本の二倍かかるとしても、一般的な制作者の六倍から十二倍か。

 その分だけ必要な集中力も増大してしまうのであれば、私が一度も杖制作に成功していないのも自然な話だ。

 錬金術師としてかなり痛いペナルティである。


「そう言えば、私が呪文を構築しても、すぐに歪んで壊れてしまいました」

「杖の呪文構築は諦めた方がいいよ。

 あくまでも推測だけれど、ゼロ本のやつが杖を振れないのと同じなんじゃないかな。

 虹七本は杖が作れないもんだと思った方がいい」

「ああ、杖が作れないとは聞いてたけれど、まさか、あんた一生作れないのか。

 そんなの、可哀相すぎるだろ……」


 ハロルドからは本気で可哀想なモノを見る目で見られてしまっている。

 私と同じ極端でレアな体質のはずなのに。


「うーん、どうしても呪文構築をしたければ、魔法使いの技を学ぶのも一つの手かもね」

「えっ、魔法使いの呪文は使えるんですか?」

「ああ、ちょいと説明しておこう」


 ギルベルトはまた黒板をひっくり返し、大きめの人型を描く。

 その左手に長杖(スタッフ)、右手に短杖(ワンド)を持たせると、両方の脇腹に丸を描いた。


「外部魔力を変換する穴と、外部魔力をそのまま取り込む穴がある。

 うーん、穴っていうより(ポート)かな」


 ギルベルトは黒板に人型に描いた丸から、二本の矢印を描く。

 左からは、一旦お腹の中で渦巻きになってから長杖につながる矢印。

 右からは、そのまま滑らかにカーブして短杖につながる矢印。


「それぞれの支流の河口に港が作られているのと同様に、この二つの港は異なる場所にあるんだ。

 船に喩えるなら、品物を一旦港町で加工して内陸に運ぶのが魔法使いの港。

 そのまま河を遡って内陸に運ぶのが錬金術師の港だな。

 変換の方の港に何も問題がなければ、ハーファンの魔法が使える可能性はあるよ。

 君の年齢から始めるとなると、相当な努力が必要になるだろうけどね」

「なるほど、そうだったんですか」


 私は黒板に書かれたイラストを見つめた。

 それしか方法がないなら、魔法使いになる道も視野に入れるべきだろうか。

 でも、せっかく錬金術師の家に生まれたのだから、諦めたくはない。


「とにかく、虹七本のお嬢さんは例外中の例外、とんでもないレア体質なはずだよ。

 虹ゼロ本の制作者は長い歴史の中でちらほら現れたそうだけれど、七本なんてのは俺も初耳なんだ。

 杖を行使するときに、どれだけ有利になるのか、俺ごときには計り知れないよ」


 え、有利?

 もしかして、ハロルドと同様に一つのことができない分だけ、杖使用の才能に特化しているのだろうか。


「いやー、お嬢さんはとびきりの就職口が確定したようなもんだなあ」

「どういうことだよ、兄貴?」

「お嬢さんを適当に鍛えて丈夫なお船に突っ込めば、それだけで戦艦になるよ。

 虹五本以上の錬金術師が放つ短杖(ワンド)の砲撃は、錬金炉(アタノール)砲なんて目じゃない破壊力だそうだ。

 再装填の手間もいらないし、柔軟性も高い。

 虹七本となれば、どれだけ杖を使っても疲れない、究極の砲台になるんじゃないか?」

「え、何それ、すげー!! やったな、エーリカ!」


 ハロルドは興奮した様子で私の肩を揺する。

 え、でもギルベルトさん、こんな小さな女児に軍隊勤めを勧めるって、どういうことなの?


「そんな就職口があるんですか」

「戦艦に乗る錬金術師は、とんでもない規模の魔法を使うからな。

 軍事機密なんで正確なところはわからないが、虹五本以上はないと務まらないって言われてる。

 有名な所だと当代アウレリア公爵、長腕のエルンストだねえ。

 超長距離型で、星の丸みを計算して水平線の向こうを砲撃するらしいじゃないか。

 ギガンティアとの海戦では、通常の戦艦の射程外から数え切れないほどの超大型巨人を海の藻屑にしたって聞くぜ」


 確かに、エルンストお父様の得意技は杖の射程延長だったっけ。

 そんなとんでもない技が使えるなら、実はお父様も私と同じ虹七本なのかな?

 いや、お父様は呪文の構築・充填も出来たはずだ。

 虹は五、六本ぐらいなのだろう。


「先の戦争では邪眼のボルツって人もすごかったらしいね。

 製法を独占した特殊な視覚魔法を使って、とんでもない広域に同時照準。

 そこに威力拡張した必殺の魔弾(マジックミサイル)で、船団ごと一網打尽って話さ。

 強欲で有名な人で、王室領だった領土やら、南西諸島の一部を報賞として得たらしい」

「そうなんですか」 

「歴代最強の錬金術師と名高いのは苛烈王ジャンの時代のアウレリア王・魔弾のエーリク。

 絢爛にして玲瓏なる美貌、残酷で傲慢で容赦なき我らが王だ。

 魔弾(マジックミサイル)なんかの主要な攻撃用短杖は、この人の時代に開発されたらしい」

「なるほど」

「杖なんて自分で作んなくても、軍属錬金術師がお嬢さんのためにたくさん誂えてくれるよ。

 戦争を二三切り抜けば、領地として南西の諸島の幾つかを貰えるくらいだ。

 老後は南国の農場経営でウハウハだな」

「うわ〜、いいなそれ!」

「夢があるよな〜。あとは戦争さえ起こればな〜」


 なんだかハロルドにもギルベルトにも戦艦乗りの受けがいいのはどういうことだろう。

 男子はみんな軍艦(おふね)が好きなのだろうか。


 熱く語ってもらっておいて申し訳なけれど、私としては戦争なんて起こって欲しくない。

 絶対ろくなことにならない気がする。

 手柄を立てるどころか、活躍する前にうっかり死亡してそうだもの。


「というわけで、だ。

 軍属錬金術師が使うっていう、特殊な技法を試してみないか」

「そんな技法があるんですか?」

短杖拡張(ワンド・オルタレーション)とかいうらしい。

 杖の実行時に呪文に直接干渉して、効果距離を延長したりまとめ撃ちしたりする。

 本当なら炉の中に手を突っ込むような危険な技なんだけど、阻害能力の高さで無理矢理実行しちまえるんだとさ。

 俺はさわりしか知らないから大雑把にしか説明できないけど、虹七本のお嬢さんなら案外一発で成功しちゃうかもね」

「お、いいね、ギルベルトの兄貴!」


 私以外の二人が率先して盛り上がっている。

 二人は早くも黒板など講義に使われたものを片付け始めている。


「そんな風に言われても……それも座学じゃだめなんですか?」

「いやあ、教えようにも、俺が拡張を使えるわけじゃないし。

 実践練習した方が分かりやすいよ」

「いいじゃないか、エーリカ。

 試作品の杖もまだまだたくさんあるから、使ってみなよ」


 しょうがない。

 私は渋々また杖を使うことを了承した。


 今度はギルベルトも加えて、三人で試験場に移動する。

 再びハロルドは的となるゴーレム作成のための文字を地面に刻む。


「私も手伝うわ」

「おお、ありがたい!」


 一発で成功するとは限らないので、的は多いに越したことはない。

 二人掛かりでゴーレムを仕上げると、ハロルドがゴーレムを起動した。

 三十を越える土塊(つちくれ)のゴーレムが起き上がる。

 全長は二メートル程度。

 的になりさえすればいいので、歩行機能も省略して、等間隔に棒立ちしているだけ。


 ハロルドは私に新しい杖を渡してくる。

 パリューグとの戦いで使ったことのある石錐の雨(レイン・オブ・ストーン)の杖の、ハロルド流アレンジバージョンだ。


「無数の翡翠の破片を生成し、広範囲に降り注がせる呪文が充填してある。

 こいつは使った素材に変な癖があったらしくて、実体化している時間がちょっとばかり短いんだけどさ」


 私はお兄様の作った石錐の雨(レイン・オブ・ストーン)の杖を思い出した。

 確かあれは五分ほど形を保っていたような気がする。


「ねえ、ハロルド。こういうのって、どのくらいの時間実体化しているのが一般的なの?」

「物質変化じゃなく純粋な物質生成や物質創造なら、相当熟練した作成者でも十分を越えられない。

 石錐に使ってる翡翠みたいな貴石や、大量の質量を一度に実体化させるなら、五分が限度だね。

 俺なら四分くらいはいけるはずなんだけど、この杖は二分半くらいさー」


 なるほど。エドアルトお兄様は限界の五分まで行けるのか。

 さすがです、お兄様。

 万能のチート錬金術師は、短杖の作成においてもただ者ではないんですね。


「では、まずは普通に試してみますね」


 ハロルドから返してもらった手袋をはめて、杖を一度だけ振る。

 照準したゴーレムの上空に翡翠色の魔法陣が展開し、生成された幾つもの鋭い石の破片が降り注いで突き刺さる。

 ハロルド製の石錐の雨は、お兄様のものより発生から降石までが早い感じだ。

 その分、降り注ぐ範囲が少し小さめだろうか。

 今のところ、私の力が作用したような部分は無い。


 その様子を見ていたギルベルトが口を開いた。


「とりあえず、まとめ撃ちとかやってみるかい?」

「まとめ撃ちですか。どうすればいいんでしょうか?」

「うん、まあ、ぶっちゃけ具体的なことはほとんど知らないんだけど。

 こう、何となく無理矢理杖から呪文をたくさん引っ張り出すイメージで?」


 ギルベルトは何だかものすごく大雑把で適当なことを言った。

 私は杖を握ったまま、目を閉じて何となく念じてみる。


 杖にガラス玉みたいな形で、たくさんの魔法が詰め込まれている。

 私はそれを、杖を振ると同時に、ザラザラとまとめて取り出す。

 錯覚かも知れないけれど、手にした杖の中で何かたくさんの塊が転がる感覚を覚えた。


 イメージが固まった。


「試してみます」


 軽く杖を振る。


「……あ」


 イメージの中の魔法の玉が、止める間もなく一斉に転げ落ちてしまった。

 ゴーレムたちの上空を、翡翠色に輝く無数の魔法陣が覆う。

 ざっと見た感じ、三十くらい一気に展開してしまったようだ。


 一瞬の静寂。


 そして鳴り響く轟音。

 もうもうと土煙が舞い上がり、視界を覆う。


 しばらくして轟音が止み、土埃がおさまる。

 そこにあった全てのゴーレムが打ち砕かれ、残骸となって転がっていた。

 ほとんど粉砕されて土塊に戻っていて、わずかに原型が残った破片も蜂の巣のような穴が空いている。


「おおー! すげー破壊力! これ本当に石錐の雨かよ!」

「一気にまとめ撃ちしすぎましたね。まさか一回の攻撃で全部粉々になるとは」

「……怖っ、何これ、怖っ!

 でも、本当に一回目で成功するなんて、さすが虹七本のレア能力者だな。

 すごいね、お嬢さん、人間相手なら即死なんじゃないか?」


 それは困る。

 殲滅戦専用すぎるし、杖の消費量が多すぎて気安く対人戦では使えない。

 しかし、極めれば幻獣に対しても有効な攻撃たりえるかも知れない。

 訓練する価値はあるだろう。


「あんた、すごいな。モルモッ……サンプルとして最っ高だよ」


 ハロルドが目をキラキラさせて両手を握ってきた。

 慌てて言い直してるけど、物騒な本音が九割がた聞こえてしまっている。


(こ、こいつめ……)


 同い年の少女をモルモット扱いとは、なかなかマッドサイエンティスト気質じゃないか。

 私としてはモルモットなんてお断りだ。


「はいはい、それはどうも」

「俺の相棒になってくれ! どう考えても俺たち運命だろ」

「は?」

「杖を作れないけど、使用者としては無敵のエーリカ。

 杖は使えないけど、制作者としては天才的な俺。

 お互いが補い合うような才能じゃないか! 俺達は生まれながらの相棒なんだよ!」


 確かに相性は良さそうな気はする。

 でもノットリード近郊に住んでない私を、相棒という名のモルモットにするのは難しいんじゃないかな。


「お願いだよ!」


 私が顔を逸らした方向に回り込み、ハロルドは私の手を握って頼み込む。

 なんだか、元気な中型犬にわふわふ懐かれてる感じに似てる。

 どうしよう。

 どうにか機嫌を損ねないように、モルモット役を断りたい。


「こらこらこら、坊ちゃん。だめだろ、そんな言い方じゃ。

 口説くならもうちょっと相手のことを考えなきゃ、迷惑だ」

「そんなあ、兄貴ぃ……」


 ギルベルトがハロルドの肩を叩いて諌める。

 その助け舟に、私はほっとする。大人で分別のある人がいてよかった。

 ハロルドの手が緩んだので、私は握り込まれた手をするりと抜く。


 いきなり距離を詰められるのは、実を言うとあまり得意ではない。

 例の詐欺の件もあるから、そこそこのコネクションは残したいけれど、仲良くなりすぎるのも困る。

 程々にアドバイスして破滅を回避したら、自然にフェードアウトしたいのだ。


「そろそろ見積もりも終わった頃じゃないかしら。

 連れも待っているし、お店に戻りたいのだけど、いいかしら?」

「あっ、そうだった。お客さんだったんだよね」


 ハロルドがはっとして顔を上げる。

 よし、いい感じに逃げられそうだ。


「ああ、お嬢さんって親父のとこのお客様だったのか」

「戻んなきゃ、あの黒尽くめの旦那に心配されちゃうな」

「それではギルベルトさん、今日はありがとうございました」

「ははは、次の機会があったらもう少しちゃんと講義できるように、拡張(オルタレーション)のことも少しは勉強しておくよ」


 私が頭を下げると、ギルベルトはどこか居心地悪そうに笑う。

 ギルベルトは手を振って私達を見送ると、また店主から隠れるために貯蔵庫(ヴンダーカンマー)の奥へと消えたのだった。

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