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運河の都7

「さてと、まだ内部魔力について知らないんだったな。

 そうすると、初歩の初歩から始めなきゃな」


 棚の奥から引きずり出してきた黒板にギルベルトが息を吹きかけると、埃が舞い上がった。

 彼はケホケホと小さく咳き込む。

 教える側はコミカルな仕草だが、私達はつとめて真面目に静聴していた。

 ハロルドなどは手元に小さな黒板を持って白亜(チョーク)を構えている。


「異能、超自然的な力、超常能力……って言って分かるかな?

 血に依存する力全般のことなんだけど」

「それってイグニシアの感応能力とかですか?」

「お、詳しいね、お嬢さん。もちろんイグニシアの力もそうだ」


 ギルベルトは白亜(チョーク)を使って黒板に三頭身くらいの人間のイラストを描く。

 甲冑を着た騎士と、毛皮を被った戦士をデフォルメしたもののようだ。

 職人の子だからなのか、さりげなく絵が上手い。


「この大陸で有名な異能の一つは、お嬢さんの言った竜騎士の国(イグニシア)の感応。

 もう一つは剣士の国(ルーカンラント)の治癒と、それに伴う生体強化。

 他の大陸の能力者に会うことは滅多にないだろうから、とりあえずこの二つだな」


 ギルベルトは騎士と戦士のイラストを消すと、もっとシンプルな人型を描く。

 丸っこい感じが、先程食べたジンジャークッキーに似ている。


「民族や個人によって扱える異能の力は多種多様。

 体系化しようとした学者さんたちは、みんなサジを投げちまった。

 これらの神秘の能力を実現しているのは、生物の内部に取り込まれた魔力と、生まれつき備わっている生体回路だ」


 ギルベルトは人型の中にナルトの渦巻きみたいな模様を、外側にはカミナリのようなマークを描く。

 渦巻きマークには生体回路、カミナリマークには発現した異能と注釈が書き加えられた。


「人間が実行可能な超自然的な力は、通常は内部魔力を使って発露する。

 その強弱を決定づけるのは、内部魔力の量や生体回路の出来の良し悪しだ。

 これは血筋によって大きな影響を受けやすい」


 人型の足元に、階段のような線が引かれた。

 渦巻きのついた人型より下の段に、しょんぼりうなだれた無印の人型を書き加える。


「だから、内部魔力の生成量や生体回路の質が劣った人間は、優れた人間には絶対に勝てなかった。

 まったく、悔しいよな。

 生まれつき恵まれた奴の前では、どんな努力も知恵も工夫も無駄なんだ」


 渦巻きの人型の横に、ギルベルトは新しく二つの人型を描き足した。


「この不平等を失くす方法が、二つある。ハーファンの魔法とアウレリアの錬金術だ」


 ギルベルトは新しい人型の片方に長杖(スタッフ)を持たせる。

 クラウスやアクトリアス先生と同じ、魔法使いのスタイルだ。


「ハーファンの連中は概ね内部魔力生成量や生体回路の質が劣っていた。

 しかし、弱い代わりに、こいつらは発想力に優れた努力家だった。

 彼らは体内にある有限な内部魔力ではなく、外界に漂う無限の力──外部魔力に目をつけた」


 そう言って、ギルベルトは魔法使いの頭上から腹部に一本の矢印を引く。

 更に矢印の先端を中心として、渦巻きを書いた。


「ハーファンの魔法使いは、まず外部魔力を取り込み、加工しやすい内部魔力に変換する。

 しかし、これだけでは貧弱な生体回路に無限の魔力が乗っただけだ。

 だから魔法使いはもう一手間かける。

 こいつはガワを似せただけのサンプルだが、見たことはあるかな?」


 ギルベルトはテーブルの上に複雑な図形や文字の書かれた犢皮紙(ヴェラム)の札を広げた。

 あ、これは見たことがある。

 クラウスが大量に保持してるアレだ。


呪符(スペルカード)ですね」

「そう、呪符だ。呪符か詠唱、あるいはその両方を部品として、体外で魔力に異能を実行させるための魔法陣が構築される。

 ハーファンの魔法使いはいくつもの部品を組み合わせることで、望んだ異能を自由に発生させることができるんだ」

「魔法陣が、他の民族の能力者で言うところの生体回路に相当するってわけか」

「うん、概ねその理解で問題ないぜ。優秀な生徒ばっかりで、先生は嬉しいよ」


 ギルベルトはイラストの長杖の周囲に小さな四角を数個書き込み、その上から大きなカミナリマークを入れた。


「魔法の発展によって、人々は生まれに左右されず、努力しさえすれば超常の力が使えるようになった。

 しかし、この外部魔力が曲者でさ、内部魔力に変換しないと生体回路で使えないんだ。

 しかも人間が生来持っている魔力変換能力は、微々たるものでね」


 トントン、とギルベルトは白亜(チョーク)の先端で魔法使いの絵のお腹の辺りを突く。


「魔法使い達は気の遠くなるような時間をかけて変換能力を訓練する。

 そこに才能の出る幕はない。純粋な努力と根性の世界だ。

 最初は本当に取るに足らない量の外部魔力を何時間もかけて変換することから始めて、何年も何十年もかけて、大量の魔力を変換できるようになるんだ。

 故に、魔法は誰もが使える可能性があるが、誰もが使えるわけではない。鋼鉄のように強固な信念が必要なのさ」


 一度言葉を切って、ギルベルトは四つ目の人型の手に小さな杖を持たせた。

 ようやく錬金術師の登場である。


「最後に現れたのは、海の彼方からやってきた〈来航者の一族〉だ。

 彼らは外部魔力に対して、全く別のアプローチを行った。

 ……と言うかな、そもそも、この錬金術だけは発生の経緯が異なっていたんだ」


 ギルベルトは錬金術師の横に、大鍋のような絵を描いた。


「兄貴。それって、錬金炉(アタノール)?」

「錬金炉ですか……実物は見たことないですね」

「まあ、どっかの学園に通えば授業で触ることもあるだろうな。

 あとは学者先生やら戦艦乗りになれば、錬金炉を扱うのが主な仕事になる。

 近年じゃあ、そんな認識だろうね。

 だが、最初に錬金術の奇蹟が発生した場所は、この錬金炉の中なんだそうだ」


 ギルベルトは錬金炉の絵にマンガのような吹き出しをつけた。

 その中には、地金(インゴット)の絵と黄金という文字。


「ご存知の通り、錬金術師の最終到達目標は理想金属たる黄金の生成だ。

 まあ、結果は知っての通り、黄金の生成は現在でも一度として成功してはいない。

 それでも錬金術師達は黄金錬成の準備段階として、さまざまな物質を作るための試行錯誤を続けていた。

 しかし、この時、思わぬことが起こった」


 ギルベルトは錬金炉の上にいくつかの丸を描き、そこから炉の中心へ矢印を伸ばす。

 そして炉から下に伸びる大きな矢印とカミナリマークを描く。

 上方の丸には素材、カミナリマークには魔法と追記する。


「いくつかの素材の組み合わせに外部魔力が介在したとき、偶然の産物として魔法が生まれた。

 錬金術師達は炉の中で起きた奇蹟の研究を続け、一つの大きな転換点に至る。

 発達した錬金術は、炉の外でも同じ奇蹟を起こすことを可能にした。

 あるいは、縮小した炉と言い換えてもいいかも知れないが……」


 ギルベルトは錬金炉の絵と錬金術師の持つ短杖を矢印でつなぐ。


「ああ! 短杖(ワンド)って、元は錬金炉なのか!」

「そうそう。見た目も規模も手間も大違いだけど、元は同じものなわけだよ」

「と言うことは、錬金炉の奇蹟を起こしたのが外部魔力だから、もしかして短杖に込められているのも?」

「ご名答。短杖に充填されているのは内部魔力ではなく、外部魔力なのさ。

 そしてこの外部魔力が大問題なんだよな。……ふい〜、やっと本題に着いた」


 ギルベルトは白亜を置き、水で濡らしたハンカチで手を拭く。

 彼は綺麗になった指で眉間を揉み解しながら、ちょっとおじさんっぽい声で一息ついた。


「どういうことなんだよ、兄貴」

「坊ちゃん、逆に訊こうか。どうして短杖を使う時に、錬金術師の手袋なんて物が必要なんだと思う?」

「そんなの当たり前じゃないか。

 手袋がなきゃ、杖の反動が…………あ!」


 ハロルドははっとして黒板のイラストを見つめる。

 そうか。私も何となく分かってきた。


「反動の正体が、外部魔力なんですね?」

「大正解。杖を使う時、人と杖の間にあるいくつかの穴が繋がる。

 このとき、杖に込められた外部魔力が人体に流れ込んでくる。

 ただの外部魔力なら無視できるんだが、呪文として構築されていると有害な効果を及ぼしちまう」


 ギルベルトは黒板をひっくり返し、何も書かれていなかった反対側の面に杖と手の絵を描く。

 そして、手の形に沿ってもう一本線を引く。


「坊ちゃんみたいな例外を除いて、普通の人間は生まれつき外部魔力を阻害する力を持っている。

 さっき〈虹の革紐〉で測った阻害値ってのがそれだ。

 阻害値には一から六の格付けがあって、虹の本数が多ければ多いほど杖の反動を受けにくい。

 錬金術師の手袋は人体の阻害効果を人工的に再現したものだ。

 これがあれば、阻害値が低い人間にも比較的安全に杖を振ることが出来る」

「じゃあ、俺は……」

「阻害値ゼロの人間に対応した手袋があるかどうかはわからないな。

 坊ちゃんみたいな例は本当に稀だから、果たして研究している学者すらいるかどうか」


 ギルベルトの言葉を聞き、ハロルドは肩を落として俯いた。

 かなり辛いのだろう。

 あんなに杖を扱うのが好きなのに、一生杖は振れないと宣告されたようなものなのだから。


「気を落とすなよ、坊ちゃん。

 言っただろ? 奇蹟の体質だって。

 阻害値が低いことが、却ってプラスに働く分野だってあるんだぜ」

「ど、どういうことだよ、兄貴?」


 ギルベルトは数本かの矢印を手から杖に伸ばし、阻害値を表した線で跳ね返される矢印を更に数本描く。


「外部魔力を使って呪文を構築したり、杖に魔法を充填する時、阻害値の存在が却って仇となる。

 使い手の身を守るはずの阻害能力だが、作り手に対しては邪魔をするんだ。

 杖に呪文を充填するときの感覚ってのは個人差があるから、一口に言うのは難しいが、『魔力の集束が乱れる』とか『呪文の形が歪む』とか、そういう現象が起こるそうだ」

「じゃあ、阻害値ゼロの俺の場合は……?」


 ギルベルトはハロルドを見てニヤッと笑った。


「逆に、どんなに難しい呪文だろうと、自由自在に構築し、充填できるはずさ。

 坊ちゃんの手にかかれば、外部魔力は無風の湖面のように静的で安定したまま杖に詰め込まれていくだろう」

「そんな力が、俺の手に……?」

「数百年に一人いるかどうかのレアな力だよ。

 どんな複雑で難解な魔法でも、飴細工みたいに作り上げられる。

 普通の錬金術師が構築に一時間以上かかるような魔法も、思考と同じ速度で組み上がる。

 つまりは奇蹟の手ってわけ」


 まあ、坊ちゃんの努力次第だけどな、と付け加えてギルベルトは話を締めくくった。

 しばしの間、ハロルドはぽかんとした顔でギルベルトを見つめていた。

 不意に我に返り、彼は自分の手に視線を落とす。


「奇蹟って言われても、まだ今一ピンと来ないや。

 けど……けどさ、なんか俺、いま凄く嬉しい」


 ハロルドが自らの手を見つめながら言う。

 心なしか、彼の深緑色の瞳が潤んでいるように見えた。


「うん。杖は使えなくていい。多分これでいいのさ。

 きっと、杖の制作者として生きていくのが、俺の運命なんだ」


 ハロルドは頭上に手のひらをかざしながら、感慨深げに決意表明していた。

 よかった。ハロルドは立ち直れそうだ。

 それどころか、講義が始まる前よりも生き生きしている。

 ギルベルトは肩をすくめ、私に小声で話しかける。


「はは、メゲないヤツだねえ」

「前向きなのはいいことですよ」

「せっかくだし、お嬢さんも〈虹の革紐〉を試しておくかね?」

「ええ、そうですね。貸してもらえます?」


 ギルベルトは〈虹の革紐〉を私に差し出した。

 私は手袋を脱いで〈虹の革紐〉を受け取る。


「ええっと、こうでしたっけ?」


 そう言えば、私も杖が作れない方の体質だったけれど、この場合どんな反応があるのだろうか。

 私は〈虹の革紐〉を持つ手に力を込めた。

 その瞬間、結晶から色彩が溢れた。


(えっ!? な、なんなの、これっ?)


 虹色の光の爆発。

 そうとしか表現できない閃光が〈虹の革紐〉から放たれ、私は思わず目を閉じた。


「おいおい、嘘だろ?」

「うわ……何だこれ……」


 二人が茫然と呟く声が聞こえる。

 しばらくして瞼の向こうで光が収まったのを感じ、恐る恐る目を開いた。


 まばゆく輝く結晶を中心に、幅広のリボンのような虹が私を取り巻いている。

 一本、二本、三本……数えてみると、七本もあった。

 七本?

 さっきまで、六本までしか話に出てなかったのに。


 困惑したまま虹を見つめていると、不意に七本の虹のリボンが動き出した。

 ぴんと真上に向けて、七本の虹が直立する。

 先端の星水晶は更に光を強め、内部の星鉄鋼も黄金に似た輝きを放ちはじめた。

 ぐいぐいと、空の彼方で何者かが虹のリボンを握って引っ張っているような錯覚。


 私は、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 綺麗だけれど、何だか恐ろしい。


 私は思わず〈虹の革紐〉から手を離した。

 その瞬間に七本の虹は消失し、〈虹の革紐〉に宿っていた光も少しずつ小さくなって行った。

 今更ながらに、心臓がどきどきと早鐘を打っているのに気づく。


「びっくりした……」

「な、何なんだよ、今の? どうなってんの、兄貴?」

「待て待て、俺も混乱してるんだ。ちょっと落ち着く時間をくれ。

 ホント、何なんだよ今日は。特異体質がいっぺんに二人とか……」


 ギルベルトは呟きながら、シードルを一杯呷る。

 私は床に転がった〈虹の革紐〉とギルベルトを交互に見ながら訊ねた。


「あ、あの、私もギルベルト兄貴とお呼びすればいいのかしら」

「ごふっ!? いやいや、お嬢さんはそう言うのはいいから!

 こうなったら知ってる限り教えておかないと、俺の寝覚めが悪いからな」


 そうして軽い休憩を挟んで、ギルベルトの講義の補足が始まったのだった。

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