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運河の都6

「やれやれ、怖いお嬢さんだなあ。

 俺は怪しいもんじゃないよ。この部屋の持ち主さ」


 私が杖を向けたままなのを見て、その赤毛の青年は両手を挙げて肩をすくめた。

 確かに良く見れば、トゥルム短杖店の店主にそっくりな顔立ちをしている。

 考えてみれば、こんな造りの部屋なのだから、不審者が侵入するはずもない。

 私が杖を下ろすと、青年はニッと笑って部屋の中に入ってくる。


「あーあ、散らかしてくれちゃって」

「だ、誰だよっ!? どうやってこの部屋に入ってきたんだよ!」

「落ち着けよ、ハロルド坊ちゃん。とって食いやしないよ」


 横倒しに転がっていた椅子立て、青年は腰をおろす。

 ハロルドは軽いパニックになっているのか、青年の言葉が頭に入っていないようだ。


「さっきこの人が言ったように、部屋の持ち主なのよ。

 だから、合鍵だって持っているでしょうね」

「そっちのお嬢さんは察しがいいなあ」


 青年は面白そうに言って、足を組んだ。

 ぬるりとした輝きを持つ馬の尻革(コードバン)で作られた靴が目に入る。


 着ているものは、光沢感からして絹製らしい濃灰色の礼服。

 首元には滑らかなミルク色の絹のクラバット。

 他には一切特徴になるような装飾品を身につけていない。

 杖屋の息子なのに短杖を身につけていないのが意外だ。


 年齢はエドアルトお兄様と同じくらいだろうか。

 おおよそ二十代前半に見える。

 広い額に高い鼻、傲慢そうな薄い唇。

 お調子者っぽい仕草は、思考を悟らせないための演技なのではないだろうか。

 どこか鋭さを感じる薄緑色の瞳を見ていると、そんな印象を覚えた。


 青年はあきれ顔で、散らかりきった貯蔵庫を見回す。


「しっかし、久しぶりに帰ってきたらコレだもんなあ」

「あんた、もしかして師匠の末息子の、ええっと、何て言ったっけ!?」

「ギルベルトだよ」

「そうだ、ギルベルトだ!

 あんたとっとと師匠に会ってきなよ。

 どっかで野垂れ死んでるんじゃないかって心配して──」

「おっと、その話はそこまでだ。

 俺の家のことに、それ以上首を突っ込むんじゃない」


 ギルベルトは不意に低い声でハロルドを制止する。

 ハロルドは驚いて、びくりと身を竦めた。


「色々訳ありで、親父のところに顔出すの難しいんだよなあ。

 俺のことは置いておけよ。その時が来たら、勝手に会いにいくさ。

 それまで俺がここにいることは親父には内緒だ。いいな」


 ギルベルトは人懐っこい笑顔を浮かべていたが、一切有無を言わさない口調で釘を刺した。


「それより酷いもんだな、ハロルド坊ちゃん。

 ちゃんと体質測ってんの?」

「体質……って、俺が杖の反動を受けやすいのは知ってるよ。

 よく分かんないけど、兎に角危険なんだろ? それがどうしたんだよ?」


 ハロルドは不機嫌そうな顔でエプロンをはたく。

 乾燥したカモミールの花がぱらぱらと散った。

 悩んでいた体質の件をつつかれ、ヘソを曲げているようだ。


「部屋がこんなことになってごめんなさい。

 私が無理やり杖を使うことを勧めたからなの」

「いや、まあ、そういう意味で言ったんじゃないんだけどね。

 さて何処に仕舞ってあったかな……」


 私が謝ると、ギルベルトは困惑したような顔で肩をすくめた。

 彼は立ち上がり、様々な物が詰め込まれた棚を漁る。


「十歳にもならない子供の失敗に、小うるさい口を叩くつもりはないさ。

 ただ、最近は阻害物質が進歩しちゃって、どいつもこいつも手袋さえしてれば安全だと──

 お、あったあった。これだよ、これ」


 ギルベルトは何か短杖に似た棒状の物をハロルドに投げた。

 その棒は緩やかな放物線を描いて、ハロルドの手の中に納まる。


 それは星水晶の結晶に取っ手を付けたような道具だった。

 短杖(ワンド)として見ると短すぎるけれど、よく似た造りをしている。

 結晶の中には、星形に固まった星鉄鋼がいくつか浮かんでいた。

 周囲の魔力に反応して、結晶は薄青い光を放っている。


「使ってみなよ」

「使えって言われても……。

 杖にしては短いし、照明にしては見たこともない被覆剤(コーティング)使ってるし。

 これ、何なのさ?」

「おおー、ジェネレーションギャップだなあ。

 俺が小さい頃は、みんなこいつで阻害値を測ってたもんなんだが」


 ギルベルトは大袈裟に顔を覆った。


「手袋外して、かるく握って内部魔力を放出してみな」

「内部……?」

「分からないなら、そうだな。何となく念じてみろ」


 ハロルドはギルベルトに言われた通りに素手で取っ手を握ってみる。

 彼が目を閉じ、手に力を込めると、星水晶が白く輝いた。

 光は細く集束し、糸のようにくるくるとハロルドの拳の周りを取り巻いた。


(え……なんで白いの? 星水晶の輝きは青だったはずなのに?)


「このように、阻害物質の量や組成に応じて、各人の阻害能力を数値として表すための代物さ。

 計測された阻害値は七色の虹の本数として現れる。

 それ故に、錬金術師たちはこの結晶を──〈虹の革紐〉と呼んでいるのさ」


「え、白いよ? ぜんぜん虹じゃないんだけど?」

「待て待て、それは俺も想定外だったんで驚いてるところだ」


 〈虹の革紐〉をテーブルに置いたハロルドが、ギルベルトの肩を揺さぶった。


 念のためと言って、ギルベルト自身も〈虹の革紐〉を握ってみる。

 結晶からは三本の虹色の帯が発生した。

 壊れているわけではないようだ。


 ハロルドが落ち着くのを待ち、ギルベルトは再び口を開いた。


「聞いたことはあるけど、実物を見たのは初めてだぜ。

 よりによって奇跡の体質か。

 もし坊ちゃんが魔法道具の作成者になるなら、最高の資質だよ」

「どういうことだよ?」

「うーん、詳しく説明すると、ちょっと長くなっちゃうんだよなあ。

 ……言わなきゃダメ?」


 ギルベルトは面倒くさそうに明後日の方向に視線を逸らした。

 でも、ちらりと見えた目が笑っていたような。


「そんな気になること言っておいて、薄情じゃないか。

 教えてくれたら、あんたのこと第二の師匠として尊敬するよ」

「ううーん、そこまで言われたら教えてあげても良いかな〜。

 でも、師匠よりは兄貴とか呼ばれたいな〜」

「……ギルベルト兄貴!」


 どうみても楽しんでいるギルベルトに、ハロルドは必死に食いついて行く。

 ギルベルトも人が悪い。

 あんなこと言われたら、続きが気になるに決まっている。


「兄貴、兄貴かあ。いい響きだよなあー。そうだよな、弟分のハロルド君」

「そうだね、兄貴!」


 ハロルドが兄貴と呼ぶ度に、ギルベルトはどこか嬉しそうな様子だ。

 そう言えば、彼は末の息子だとか言ってたっけ。


「そう言えば喉渇いちゃったな〜。

 長い説明するまえに喉を潤したいな〜」

「こんなところに秘蔵のシードルに天然発泡鉱水が! 飲むかい、兄貴!」

「お、いいねえ、シードル貰おうかなあ」


 ハロルドは何処からか二本の壜を取り出した。

 彼はギルベルトの注文に従って手際よく栓を抜き、これまた何処からか取り出した陶器のコップで給仕していく。


「ああでも、腹も減ったな〜。

 頭使うと甘い物が欲しくなるんだよね〜」

「こんなところに香辛料入りの薄焼き菓子が! 喰うかい、兄貴ぃ!」

「わ〜、懐かしいな。ギーゼラおばちゃんの店だろ? あの人元気?」

「おばちゃんはいつだって元気だよ。後で顔出してきなよ」


 ギルベルトはハロルドの取り出した焼き菓子を見て、懐かしそうに目を細めた。

 こうしていると最初の印象はどこへ行ったのか、ぜんぜん怖く見えない。


 ギルベルトは物資を巻き上げるだけでなく、私とハロルドにも薄焼き菓子と鉱水を分けてくれた。

 まあ元々ハロルドの物だから、彼にとっては分けるも何もないけれど。


 お菓子はシンプルな人型に型抜きしたものだった。

 クリスマスなどに食べるジンジャークッキーに似ている。

 薄く焼かれた生地は、一口齧るとサラリと舌の上で溶けた。

 優しい甘さの中に、シナモンやジンジャーなどの香辛料がたっぷり。


「は〜、生き返った!

 さーて、こんなに持てなされちゃ仕方がないなあ。

 ギルベルト先生の魔法講座、はじまりはじまりと行こうか」


 パンパンと手を叩いて拍手を促すギルベルト。

 ハロルドは素直に兄貴分に続いて拍手した。


 こうして、私もハロルドのおまけでギルベルトの講義を受けることになったのである。

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