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空の玉座5

 ルイの竜、シルベチカが空を引き裂くようにイグニシア王に迫る。


 王様や王妃様は、すぐに自分の護衛竜を呼び戻そうとした。

 一瞬遅れて、兵士達や騎士達、貴族達が王様を守るために動き出す。


 しかし、私を含めた数人は既に別の意図を持って動いていた。


 ブラフだ、と最初に思った。

 この場には、ハーファンの魔法使いが何人もいる。

 イグニシア王の殺害は成功しないだろう。

 そもそも、考えただけで竜を操れるのだから、わざわざ命令を口に出すのは変だ。


 ルイの操竜技術は偽物だったけど、オーギュストと互角に渡り合った戦闘における有能さは本物だろう。

 私にもできるような判断を彼が間違うはずがない。


 最初に結論を立て、その後から理由を補いながら、私はホルダーから金縛り(ホールド)の杖を抜く。


 ルイは他の人々から孤立していた私を目がけて駆けてくる。

 その手には兵士から奪った一本の剣。

 どうして?

 きっと、彼の活路がここにあるからだ。

 おそらく、私を人質にするために。


 私の肩を蹴って、パリューグがルイの前に飛び出す。

 今はただの仔猫でしかない元神獣は、あっさりとルイに払い除けられてしまう。

 しかし、杖を振る隙はできた。


 杖を振ると同時に、ルイは半歩斜めにステップする。

 まるで、私の放った金縛り(ホールド)の効果線ごと避けるように。


 見切られている。

 竜騎士の動体視力のせいか、それともお兄様の金縛り(ホールド)を一度見たことがあるせいか。

 ぞっとしながら、私はもう一度杖を振り上げる。

 一秒にも満たない時間が、ひどく長く感じられる。


 オーギュストとエドアルトお兄様も、早期にルイの意図に気づいていたようだ。

 しかし、それでも一手遅い。

 国王へ向かう振りをしたシルベチカは転身してお兄様の杖を砕き、ゴールドベリを牽制する。


 間に合わない。


 ルイは私の手首を握って捻り上げた。

 私は反射的に苦痛の呻きを噛み殺す。

 手から杖が転げ落ちていく。

 ルイは腕を捻り上げたまま、奪った剣を私の首元に突きつけた。


「形勢逆転だなぁ、エドアルト!!

 自分の大事なものを奪われる気分はどうだ!?」


 快哉の声をあげるルイの肩に、再び紫竜シルベチカが着地する。

 私は腕を抜こうと暴れたが、びくともしない。

 靴の踵で思いっきり足を踏みつけたが、硬い甲冑の感触によって無駄を悟った。


 まずい。

 どうして今更こんなことに。

 いや、人質としての価値があるうちは殺されないか?


「おっと、動くなよ、エドアルト、そしてエルンスト卿。

 この娘が大事だったら、二人とも杖から手を離すんだ。

 アンリにオーギュスト、お前らもだ。

 せいぜい竜を大人しくさせておけ。

 僕が死んだら、シルベチカが聖釘(せいてい)をこの女の脊髄に打ち込むぞ」


 お兄様とお父様は抜いていた杖をその場に落とし、オーギュストも竜を止めさせた。

 イグニシア王は他の兵士や貴族達に攻撃しないよう命じる。


 伏せた竜の翼の下に隠れたパリューグと目が合ったが、私は首を振った。

 彼女なら一瞬でルイとシルベチカの両方の動きを封じることが出来るかも知れない。

 しかし、その代償は彼女の命だ。

 せっかく助かったのに、そんなことはさせられない。


 ルイが要求を叫んでいる間に、私は深呼吸した。


 よし。私に何ができる?

 まだ怪我はない。

 右腕は動かせないけど、左腕はフリーだ。

 残ってるのは人に使うには危険すぎる杖ばかりだけど、抜くことは出来る。

 ルイの右腕は私の腕で、左腕は剣で塞がっている。

 視線も王様達の方を見ている。


 問題はシルベチカがいることだ。

 シルベチカはチラチラと私の様子を伺っている。

 杖を抜こうとすれば攻撃されるだろう。

 たぶん、人質が片腕を怪我していても、ルイには何も不都合はないはずだ。


 運良く隙をついて一瞬でルイを昏倒させたとしても、シルベチカを止められない。


 シルベチカはオーギュストの強力な感応能力でも制御下に出来ないようだった。

 そういえば、シルベチカやキャメリアは竜の舞踏に加わって居なかった。

 きっと、釘を打ち込まれた竜はイグニシアの能力の適用外なのだろう。


「わかった。カルキノス行きの外洋船はアウレリアで手配しよう。

 航海士は僕がやる」

「貴様はダメだ、エドアルト」

「丸腰でも? ルイ、君は僕が怖いのか?」

「その手は喰わないぞ、エドアルト。

 女の航海士を用意しろ。

 それが無理なら、枯れ木のような爺の航海士だ」

「わかった。少し時間をくれ」

「期限は日没までだ。それを一瞬でも過ぎたら──」


 そう言って、ルイは刃を私の首に押し付ける。

 剣は鋭く研がれていたけれど、角度にコツがあるのか、皮膚は切れない。

 少しでも動いたら頸動脈が切れそうだ。


 少しでも動いたら。

 ああ、動いたらいいのか。


 剣の圧迫感が緩んだ瞬間を狙って、左手でルイの左手首を握る。

 そのまま、私は刃に自分の頬を押し付けた。

 頬に熱い痛みが走り、ぬるりとした液体が皮膚を垂れ落ちていく。


「この女を道連れに……貴様、何を──ッッ!?」


 私の負傷を引金(トリガー)にして、お父様の施した対誘拐犯用呪文が発動した。

 ドレスにつけられた地味な飾りボタンを起点として発動したのは、範囲型の金縛り(ホールド)

 巻き込まれたルイとシルベチカの体が、一瞬だけ硬直する。

 発動のタイムラグの間に回避しそうなパリューグや、魔法を反射してくるティルナノグ相手には使えなかったけど、普通の人間や竜には効果覿面だ。


 全身をバネにして蹴飛ばすようなつもりで、私はルイの腕から転げ出た。

 オーギュストがこちらに向かって駆け出す。

 お兄様とお父様は既に杖を抜き、ルイとシルベチカに向かって突きつけていた。


武装解除(ディザーム)!」

氷の柩(アイス・コフィン)!」


 ルイの手から剣が弾き飛ばされ、氷に覆われたシルベチカが落下した。

 地面に落ちたシルベチカを、ゴールドベリが抑え込む。


 私はルイから少しでも距離を取ろうとするが、ドレスで足が縺れてしまう。

 バランスを崩し、私は地面に手をついて倒れた。

 硬直から復帰したルイが、私に向かって手を伸ばす。

 私まであと数センチのところで、ルイの手が空を掻いた。


 ルイの腕を、見覚えのある魔法陣が取り巻いている。

 光を纏った呪符(スペルカード)が、彼を拘束(バインド)していた。


「な、何者だ小僧! 僕の邪魔を……!」

「やかましい」


 いつの間にかルイの背後にはクラウスが立っていた。

 彼はとびっきり不機嫌そうな顔でルイを睨み、呪符(スペルカード)を纏った拳で彼の顔を殴りつける。

 同時に飛び込んで来たオーギュストが、反対側から挟み込むようにパンチを合わせた。

 二つの拳をモロに喰らい、ルイの目がぐるんと白目になる。

 彼は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、泡を吹いて気を失った。


 私もようやく安堵し、石畳の上にへたり込む。

 隠れていたパリューグも、ふにゃりと脱力していた。


「こいつ、よくもエーリカの顔に傷を付けたな。許さん」

「大丈夫? これで押さえて」

「あ、ありがとうございます」


 私はオーギュストからハンカチを受け取り、傷口に当てた。

 クラウスは鬼のような形相でルイを見下ろし、悪態をついていた。

 わー、なんてベストタイミング。

 とりあえず大聖堂の出口まで連れて来ててよかった。


「いてて……まだ頭がガンガンする。

 何なんだ。状況がわからん。説明しろ、エーリカ。

 お前はなんでまた危ない目に遭ってるんだ」

「あー……クラウス様、話せば長くなるんですが……」

「待った。彼女は怪我人なんだ。後にしたらいいだろ?」


 やけに気が立っている様子のクラウスの前に、挑戦的な笑みを浮かべたオーギュストが立ち塞がる。

 そう言えば、原作ゲームではこの二人が絡むことがなかったっけ。

 水と油みたいな性格してるけど、大丈夫かな。


「お前な……お前、エーリカに対して馴れ馴れしいぞ。

 ……まあ、だが、女みたいな顔してる癖に、いいパンチだな」

「へえ? 女みたいな顔だって?

 それは私が美しいって意味なのか?」

「言ってろ」


 意外に仲が良さそうだ。

 よかったよかった。

 でも、クラウス。その人はこの国の王子様だから、無礼はその辺でやめようね。


「エーリカ、大丈夫かい? 僕に良く見せて」

「お兄様、ご心配をおかけしました」

「気にしないで。

 それより、守ってあげられなくてごめん。

 うん、洗って消毒しよう。しみるけど少し我慢してね。

 今、父上が医術師を手配しているから、待っててね」


 鞄から取り出した蒸留水とアルコールで、お兄様はあっという間に応急処置を終える。

 さすがです、お兄様。

 チートキャラは何でも出来るんですね。


 お兄様は他に怪我がないか調べた後、立ち上がってルイの方に歩み寄った。

 杖の先を突きつけながら、お兄様はルイの脈を取ったり意識を確認する。


「それにしても、野蛮だよねえ。

 いくら凶悪犯が相手だからって、もう少しスマートに出来なかったのかい?」

「いや、エドアルト、分かったから慈悲の死(マーシフル・デス)の杖を仕舞ってくれ、危ない」

「ひっ! 怒りをお鎮めください、お兄様」

「あははは。大袈裟だなあ。

 僕は全く怒ってないよ。

 怒っていない。むしろ心は氷のように冷えている」


 エドアルトお兄様は見た目だけは優しげに微笑んでそう言った。

 でも、どう見ても奈落の底から立ち上る瘴気みたいなオーラを纏っている。


「おい、誰かこの男を止めろ!」

「クラウス、だっけ? お前が止めたらいいんじゃないか?」

「俺はこいつのお守りなんて二度と御免だ!」

『にゃはぁ〜〜ん』


 いつの間にか私のところに戻って来たパリューグが、イケメンたちに囲まれて幸せそうな声で鳴く。

 なんやかんやと騒いでいるうちに、お父様に連れられて医術師がやってきた。

 大勢の人々に見守られながら、私は担架で施療院に運ばれていく。


 こうして私は、ようやく休息についたのであった。

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