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天使の玄室8

「……」

『……』

「……な、なーんだ?」

『……』


 沈黙が非常に気まずい。

 加えて、笑みの消え去ったパリューグの表情が何とも読みづらいのが、それに輪をかけて辛い。

 何か反応して下さいお願いします。


 なんであんなこと言っちゃったんだろう、自分のドヤ顔が恥ずかしい。

 いや、恥ずかしいのはまだいい。

 戦闘せずに知恵競べで決着というのが、最後の頼みの綱だった。

 それが誤情報だったとなると、この後の私の生存が危うい。

 やっぱり、このまま踊り食い一直線なのかな。


『うふっ』


 不意に、パリューグの方から変な声がした。

 次第に彼女の顔が引きつっていき、とうとう我慢できないと言わんばかりのにやけ顔に変わる。


『うふ、うふふふ。何で知ってるの?

 やだもう、うふふふふ。あれは(わたし)と我が王とのヒミツだったのにいー。

 えー、何百年も経ってるのに、どうやって調べたの?

 うふふっ、あーん、恥ずかしいわー』


 パリューグは顔を覆い、指の隙間からチラチラとこっちを見ながら、尻尾をくねらせて悶える。

 楽しそうですね、神獣さん。

 シリアスさんはいったいどこにいったんだろう。

 あ、いや、忙しければ、シリアスさんは無理に帰って来なくていいですよ。

 確実にギャグ路線に進んでくれた方が、生存率は高まるはずだし。


 それにしても、本当に謎かけで勝負してもいいのか。

 死にかけるほど切羽詰まってるはずなのに、そんなに謎かけ好きなのかな、この人。


『まさか、(わたし)に謎かけを挑むような人間が、この時代にいるなんてね!

 覚悟はいいかしら、錬金術師の娘。

 ここは運命の分水嶺。想像を絶する苦難へのとば口。

 一度勝負を始めてしまえば、神すらも止めることは出来ないわ。撤回するなら今のうちよ?』


「自ら問題を出しておいて、今更逃げはしないわ! 勝負よ、神の伝令!」


 撤回するも何も、踊り食いで猫まっしぐら状態からの起死回生である。

 少々厳しい勝負になろうとも、座して死を待つより絶対ましだ。


『ああ! 我が神の忌々しい呪い!

 矮小な人間を溺愛する神が(わたし)にかけた、逃れ得ぬ頸木(くびき)

 仕方ないわね、本当は嫌だけど、ほんっとーに嫌だけど!

 この謎かけ、付き合ってあげるわ』


 パリューグは芝居がかった調子で大袈裟に嘆き、苦しみ、自分を抱きしめるポーズをとった。

 どう見てもこの天使、ノリノリである。


『普通に勝負するだけでは、(わたし)が圧勝してしまうわ。

 それではつまらないし、我が神との契約違反にもなる。

 だから、ただの人間であるお前にも、(わたし)に勝てるチャンスをあげる。

 交互に問題を出し合い、(わたし)が一度でも間違えたら、(わたし)の負け。お前は三度間違えた時点で負けよ』


 パリューグは三本の指を立て、私に突きつけて言った。

 ハンデをくれるってことらしい。

 この際だから、もらえるものは幾らでももらっておこう。


「分かったわ。私は二回までは間違えられるってことね?」

『ええ、その代わり、一度間違えるごとに、お前の体の所有権を三分の一ずついただくわ』

「あの……パリューグさん、三分の一も捥がれたら人間は死んでしまうわ」

『ちょ……恐いこと言わないでよ。ちょっと印を付けるだけよ』

「印って?」

『安心なさい。お前が勝ったら元通りにしてあげる』


 その言葉に私は声を出さずに何度も頷いた。

 印って何だろう。

 怖いけど、元に戻せるなら大丈夫かなあ。


『では、解答するわ。

 朝には四本、昼には二本、夕方には三本の足を持つ生き物……。

 四肢をもって這う赤児、長じては二本の足で歩き、歳経ては杖をつく老人──

 つまり、答えは人間ね?』


「……正解よ」


 第一問があっさりとクリアされてしまった。

 もしかして南の大陸では、前世の世界で言う所のスフィンクスのなぞなぞは有名なのかな?


 悔やんでもしょうがない、前向きに考えよう。

 咄嗟の思いつきで、これだけ有利な状況を引っ張りだせたんだから、御の字だ。

 案外、簡単に解いたように見えて、今までの口上が時間稼ぎだったのかも知れないしね。


 私は何とかネガティブにならないよう、ギリギリで踏みとどまる。

 それと対照的に、パリューグは思わず飛び跳ねてしまうほど喜んでいた。


『やったーー! やったわー!

 さすが(わたし)! なんて賢いのかしら!

 さーて、今度は(わたし)が問う番ね?』


 パリューグさんは拳法っぽい謎のポーズをキメながら、どことなく興奮した様子で言った。

 見た目はともかく、幼い子供のように無邪気な対応だ。

 そう言えばこの怪物(ヒト)、オーギュストに発見されるまで長らくぼっち生活だったんだよね。


『彼は毎夜死に、毎朝蘇る。

 彼は一日に万里を駆け、どんなに疲れても歩みを止めることはない。

 彼は何者か?』


 いきなりワケが分からないのが来てしまった。

 毎晩死んで甦るって、ゾンビなの?

 それとも、私の知らない、どこかの大陸の魔獣とか幻獣なの?


 いや、そんなズルい問題であるはずが無い。

 パリューグは人間に有利にしないと神との契約違反になると言っていた。

 だとすると、人間が絶対に解けない問題も、契約違反になるはずだ。


 夜には存在が消え、日が昇ると復活するもの。

 影?

 でも影は万里を移動なんてしない。

 他に日の出、日の入りと連動したものって、何かあったっけ?

 いや、待って。

 むしろ、連動しているというよりも──


「答えは、夜に沈み、朝に顔を出し、この星の上を巡るもの──太陽よ!」

『うふふふふ、正解よ。もしかして簡単だったかしら?』

「いいえ、とても難しかったわ」

『あらあら、それは重畳ね。次は謙遜する余裕もないような問題にさせてもらうわよ?』


 パリューグは満面の笑みで答えた。

 しまったなあ、もう少し苦戦してるフリをするべきだったのか。


『でも、その前に、エーリカ・アウレリア、お前が問う番よ』


 待ち切れないとばかりに、パリューグは手招きする。

 さて、どんな謎をかけよう?

 特になぞなぞ大好きだったわけでもないから、何も準備してないのである。


 パリューグは、見るからに謎かけが好きそうだ。

 彼女はこの世界の典型的な謎かけは網羅していることだろう。

 ならば、今こそいわゆる現代知識チートの活躍どころだ。

 前世の世界では一般的ななぞなぞでも、こちらの世界では誰も知らない問題になってくれるはずだ。


 しばし迷った後、私はパリューグに問いかける。

 選んだのは、向こうの世界なら子供でも答えを知っているシンプルな問題。


「上は大洪水、下は大火事、これは何?」


 パリューグの口元に笑みが浮かんだ。

 こちらの世界には存在しないなぞなぞが、神獣の興味を引いたらしい。

 よし、このまま長考してくれれば、次の問題を考えるための時間ができる、というのは流石に浅はかな考えだったらしい。


『ううーん、大洪水というには、鍋では大袈裟。

 海底火山は、まだ人が知っているはずが無いし。

 ああ、思い出した。大昔、南の大陸でそれを見たことがあるわ。

 ──答えは、風呂。

 物知りなのね、錬金術師の娘。だけど残念ながら(わたし)の知識の方が上回っていたようだわ』


「う……正解です」


 あっという間に現代知識チートが敗北してしまった。

 いや、むしろここまで瞬殺だとチートですらなかったね。

 ただの現代知識だったね。


 よくよく考えてみれば、この世界にも湯沸かしタイプのお風呂が存在して良かったのかも知れない。

 無かったら、問題が破綻してしまっていた。

 反則に対する罰則が、怪物の感性で行われたらと思うとぞっとする。

 私は心の中で密かに古代の技術に感謝した。


 私の葛藤を知ってか知らずか、パリューグは明るく大袈裟な身振りで私をびしっと指差す。


『さあ、今度は(わたし)の番よ!

 それは時に死に至る重い病。

 どんなに強力な魔法も、どんな名医もそれを癒すことはできない。

 しかし、その病は人も獣も幸福にするだろう。

 女の子にとっては簡単すぎる問題かしら?』


 どうしよう、全然分からない。

 死に至る病ときたら絶望じゃないの?

 でも絶望が人も獣も幸せにするなんて、意味不明だ。

 しかも、女の子なら簡単?

 ますます絶望という答えとは噛み合ない。


 困った……。

 何度考え直しても、思考が「答え:絶望」に戻ってしまう。

 現代知識が私の謎解きを邪魔している。


 結局、堂々巡りで他の答えが思いつかなくなってしまった。

 ダメで元々、答えないよりマシだ。

 そう思って口を開く。


「……絶望?」


『あーら、ついに間違えたわね! 残念!

 答えは恋。

 簡単だと思ったのにー』


 パリューグは相変わらず大袈裟に喜びを表現する。

 しかし、不意にその表情が曇った。


『ん? ちょっと待って、絶望? あれ? どうしてそんな答えが出てくるのよ』

「え……、恋なんかで幸せになれるものなの?」

『え……?』

「フィクションの──お芝居とかの恋愛なら見ている間は幸せだけど……」


 パリューグは目を見開き、口を半開きにし、埴輪みたいに表情が抜け落ちたような顔になった。

 彼女はその表情のまま、数歩私から遠ざかった。

 え? もしかして、パリューグに引かれてる?


「恋愛って本当に幸せになれるの? 面倒そうだし、思い通りにならないと苦しいんでしょう?」


 パリューグは、ますますドン引きのご様子である。

 なんだか可哀相な子を見る目になって来た。


『そういう暗い面があるのは否定しないわ。

 恋故に死に至るのはそのせいだしね。

 でも、それでも、恋をしてると幸せにならない?

 ほら、なんて言うのかしら、こう胸のあたりがきゅーーんってなって、その人のことを考えるとメロメロになって心が弾んでしまうの。

 (わたし)も生まれてこのかた四桁くらい恋をしてるけど、全部幸せだったわ』


「……!」


 四桁か、すごい恋愛猛者ぶりだ。

 私はどうも、ゲームとかマンガとか小説ならば楽しいけど実体験はちょっと嫌だな。

 恋愛とか本気で怖い。

 なにより他人のそういう感情に巻き込まれて酷い目にあってきたので拒否感が酷い。


『……恋を語るには幼すぎたかしら……まだ十にも満たないのよね。

 でも、どういうことなの?

 絶望が幸せと感じるなんて、いったい……それこそまだ十にも満たないのに、どんな人生を送ってるのよ』


 いえ、流石に絶望は幸せじゃないと思うんだけど、思いつかなかったから。

 そんな風に弁解しようと思ったけれど、続く言葉を聞いて、喉まで出かかっていた口上を引っ込める。


『……これは(わたし)の出題ミスね。代わりの問題を出させてもらうわ』


 なんだかゴネて得してしまった。

 しかし、パリューグの恩情には感謝である。


『それは何もできないが、何でもできる。

 それは何の役にも立たないが、何よりも尊い。

 それは存在そのものが祝福であり、接する者に救いと幸福をもたらす。

 しかし、万人がそれを望むとは限らない。

 それは何者か?』


 パリューグの出した二度目の問題を吟味する。

 今度は少し考えただけで簡単に答えに辿り着いた。


 聖典には、それが全知全能で、至高の存在であると書かれている。

 でも、実際には何かしてくれるわけではない。

 存在そのものが祝福で、救済と幸福をもたらすと言われている。

 しかし、信仰するかどうかの選択は、人に委ねられている。


 答えはきっと神だ。

 いかにも神の使いらしい問題だ。


「それは、神様ですね?」


 パリューグはしてやったり、といった顔をした。


『残念。

 かなりイイ線いってるけど、違うの。

 神様だと、ほんの少しは人の役に立ってしまうのよね。

 この謎の正しい答え、それは赤ん坊よ』

「う……!」


 しまった。

 神の使いがいるんだから、神も実在してるはずじゃないか。

 伝承や聖典で伝えられている奇跡が一つでも真実なら、何もできない・何の役にも立たないという条件に合致しなくなる。

 それに、言われてみれば、赤ん坊はこれらの条件にぴったりだ。


『うふふふ。やっと間違えてくれたわね。それでは約束通り、お前の体の三分の一を頂くわ』

「ちょ、ちょっと待って」

『だーめ。(わたし)の方は散々待たされているんだから』


 パリューグの腕が、薄紅色に発光する。

 炎の爪よりは柔らかな光だけれど、だからと言って全く安心できない。

 彼女は私目がけて光る腕を振りかぶる。

 あまりのまぶしさに、私は目を閉じてしまった。


『うん、いい出来』


 しばらくして、パリューグの満足そうな声を合図に、私は目を開く。

 痛みは無い。

 捥がれたり、抉られたり、引っ掻かれたり、噛まれたりはしていないらしい。


(よかった、まだ食べられてない……本当に、生きたまま齧られるのは勘弁願いたい!)


 念のため、私は体中を触って、無事を確かめる。

 うん、大丈夫。

 指も全部あるし、足もついてる、動かないところはない。

 どこも血が出ているところはない。

 両目とも見えるし、鼻もある、耳も──


 ──もふ。


(え? もふ……?)


 頭を触っていて、その違和感に気づいた。

 本来ならば耳のついているはずの場所のやや上方に、何かついてる。

 私は慌てて鞄から小さな手鏡を取り出す。


 何も失われてはいなかった。

 だけれど、余計なものが増えていた。


 その色合いは、目の前にいるパリューグのものに似た金色だ。

 しかし、パリューグのものが丸いライオン型のものに対し、私のそれは、三角に尖っていた。

 私の頭の上で、それがぴょこぴょこと動く。



 私の頭には、猫耳が生えていた。

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